ドワーフの国


 ドワーフの王国に近付くにつれて、周囲は木が多くなり、谷には川が流れ、山は高くなっていく。

 まばらに生えていた木が林になり、街道に作られた国境の検問所を通過する頃には、周囲は森へと変わっていた。


 森の木々は不自然に整然とならび、人の手が入っているとわかる。そこかしこで煙が上がっているのが見えるのは、恐らく炭を作っているのだろう。


 森の中で炭焼きして魔物に襲われないのか心配になるが、規則正しく並んだ森は見通しが良い。魔物も襲いにくいのだろう。実際、国境を越えてから魔物の襲撃は一度もなかった。



 昼夜を問わず製鉄炉が焚かれ、鉄鉱石が鉄に変わる街メセババロを越えると、いよいよガセババルへと到着する。近付くほどに山は高くなり、平地のほとんどは農地へと姿を変えていった。

 街道を進む馬車や人も増え、当たり前だが圧倒的にドワーフが多い。


 拓かれた農地を、うねり曲がる谷川沿いの道で進んで行く。曲がって視界が開けた先にそれは姿を現した。

 谷間を埋めるようにそびえ立つ城壁、ガセババルの門だ。


 正確に切り揃えられた石材が隙間なく積まれ、高さにして10mは超えるだろう。広く開け放たれ門番もいない、見上げるほどの城門をくぐる。その内側では街への入り口が3つに分かれていた。


 誰も並んでいない門、荷馬車が出入りする門、人が出入りする門の3種類だ。乗り合い馬車用と思われる停車スペースに馬車が止まり、そこで乗客が降ろされた。ここからは歩きだ。


 街へ入る人の身分証を、黙々と確認する門番の前に並び順番を待つ。大きな都市の門番は、だいたいこんな感じだ。いちいち「身分証もしくは入街税を」とやり取りはしない。みな慣れたものだ。


 こちらも黙って冒険者プレートを差し出す。まず白金色のプレートを見てちょっと目を開き、刻まれた名前を見て顔を上げ、まず一度足を見てからこちらを見た。この反応、ここも噂が回っているのか。


「へぇ、あんたが」


「もういいだろ? 通してくれ」


 冒険者プレートを返してもらい街へ入った。話には聞いていたから、期待はしていなかった。コソコソしてもどうせ上手くいかないので、この街では堂々としてみようと思っていた。


 幸いにも、ガセババルは行き止まりの都市だ。ここから先に噂が広がることもないだろう。

 護衛冒険者に場所を教えてもらい、冒険者ギルドへと足を向けた。



 街を歩くと、ドワーフだらけだった。当然だ。しかし、ドワーフというのは基本的に背が低い。それ以外の種族が歩いていると、背の高さだけで目立ってしまう。だからといって、どうしようもないのだが。


 周囲を囲う山肌までも石造りの家が並ぶ光景は、不快ではない圧迫感があった。遠くを見渡しても、王城のような高い建物は見当たらない。


 その街並みを夕焼けが赤く染めていた。少なくとも表通りから見える範囲では、木造家屋は見当たらない。建物の造りはそろってシンプルに四角く、無骨だが頑丈そうでドワーフそのものを連想させる。

 ロクイドルの教会や建物とほぼ同じ造りだ。だが、それも当然で、あの街の建物も建てたのはドワーフなんだそうだ。


 そのせいもあって、どこか既視感のある冒険者ギルドの建物へと足を踏み入れた。

 中に入ると、受付の隣に酒場が隣接されていて、その辺りはさすがドワーフの街だと思わせる。酒場の喧騒を聞きながら、受付の列へと並んだ。



「到着の報告と、あと街の案内をもらいたい」


 そう言って冒険者プレートを受付嬢へ渡すと、プレートを確認した受付嬢は目を輝かせた。


「アジフ様、ようこそガセババルへ。お会いできて光栄です!」


 残念なことに、あの話は男女問わず受けがいい。街の案内と冒険者プレートを返してもらった。


 メセロロで偽名を使ったのは上手くいかなかった。冒険者プレートの名前が違っているので、仕方のない話だ。

 ならいっそ、本当に冒険者プレートの登録名を変えてしまえばいいかと言うと、そうはいかない。

 養子や結婚、報償などで家名が変わることはあるので、改名の仕組みはある。だが、名前を変えようとすれば、正当な理由を公的機関で証明してもらう必要がある。

 なにしろ身分証を兼ねている。そんなに簡単に変えれはしないんだ。


 そのまま冒険者ギルド出口へ向かおうとすると、進路を数人のドワーフ冒険者に遮られた。


「何か用か?」


「あんたアジフさんなんだろ? ワイバーン退治の話、聞かせてくれよ。酒ならおごるからさぁ」


 ヒゲがたっぷりと生えた風貌からは分かりにくかったが、思ったよりも若い口調で言った。その息は酒の匂いがしている。

 受付の話を聞かれていたのか。隣に酒場があるとろくなことにならないな。


「いや、悪いが街を回りたい。通してくれ」


 ドワーフの酒の肴にされるのは勘弁してほしい。


「そうつれない事言わずに、頼むよ」

「そうだぜ! いいじゃねぇか」「聞かせてくれ!」


 同じパーティなのか、周囲の3人も賛同して声をあげ、包囲の輪が縮まった。


 だが、何もしなかった。その輪の後ろに、2人の冒険者が怒りの表情を浮かべていたからだ。



<ゴゴゴゴン>

「あうっ!」「いてッ」「お゛っ」「ぐっ」


 4つの拳骨が、周囲を囲っていた冒険者の頭に落とされた。


「若いのが迷惑をかけた。酒の飲み方をわきまえねぇなんて、ドワーフの風上にもおけねぇ。きっちり教育しとくから勘弁してくれ」


 見た目から装備の良いその2人だけではなく、周囲の数人も含めて頭を下げられた。


「いや、それでは気が済まない。こちらからも罰を与えさせてもらおうか」


「なに!?」


 綺麗にまとまりそうだった空気をぶち壊して、いまだ頭をさする若い冒険者に向けて手をかざした。


「ナナ・レーン・マス・ナル キュア・ポイズン!」


 唱えると、赤みがかっていた若い冒険者の顔色が良くなり、次に青くなって


「す、すみませんでしたッ!」


 唐突に態度を改めて頭を下げた。

 


「お、おい、何をしたんだ?」


「体の中の酒を解毒したのさ。酔っ払いにはこれが一番効く」


 ロクイドルの教会でも、夜中の治療でよくやったものだ。


「ぶはははっ! ドワーフから酒を抜くなんてひでぇことするじゃねぇか。噂通り面白ぇヤツだ。どうだ、これから若いのの教育に付き合わねぇか?」


 そう言って、酒場を指さした。こういう誘いなら乗ってもいいか。最近、肴にされてばかりだったから、たまにはやり返してもよかろう。


 その後、若者たちは酒を飲んでは酔いを醒まされ、説教をされながら周囲だけがどんどん酔っていく空気にげんなりしていた。

 酒を飲みつつ頃合いを見て、若者の背後から一人ずつ『キュア・ポイズン』をかけたんだ。

 とは言え、4人に魔法を使えばMPは程なくして無くなり、若者たちは解放された。ここからは気持ちよく飲んでもらおう。



「今日ほど光魔法を恐しいと感じたことはなかったぜ」


 平和になったテーブルで冒険者たちとジョッキを交わす。


「メムリキア様の奇跡だぞ? ありがたく受け取りたまえ」


「そうだな、恐ろしいのは光魔法じゃねぇ、アジフ、お前だ。お前はドワーフの酔いを殺す男だ」


「酔い殺し……」「酔い殺しだ……」

「酔い殺しアジフ……」


 周囲がその名を畏れる様に騒めく。


 こうして『酔い殺しアジフ』は、ガセババルの冒険者ギルド酒場で畏れられる存在となった。



 それに対してできるのは、黙ってジョッキを傾ける、それだけだった。



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