揚げ物



 岐路に立っていた。例えではない。


 “ネネゼウル”を通過し、到着した次の街“メセロロ”は荒野の終わりにある大きな街だ。

 ドワーフの王国“ガセババル”は北へ向かった山の中にある。このまま鉄鉱石を運ぶ街道を進めば辿り着く。だが、目的地はドワーフの王国ではない。

 目的地のエルフの森へ向かうなら、西へと進んでラバハスク神聖帝国を目指さなくてはならない。

 

 ここメセロロは、分岐点にできた三叉路の街だった。



 普通に道を選ぶのなら、目的地へ向けて進めばいい。しかし、『この先にドワーフの国があるのに素通りしていいのか?』この気持ちが足を止めさせた。


『別に急ぐ旅でもない。ちょっと寄り道くらいしてもいいだろう。ひょっとしたら凄い剣とかあるかもしれないよ?』


 脳内で悪魔が誘惑する。対する天使側の意見はこうだ。


『どうせいい剣なんて買うお金ないんだから、目的地を目指しなさい』


 正確にはお金がないわけではない。旅の路銀を全力でぶち込めば、業物の一本くらいは買えそうなお金はある。その後でどうしようもなく困るだけだ。



 悩んだ結果、ドワーフの王国“ガセババル”へ向かうことにした。


 よく考えれば、別にガセババルへ行ったからといって、必ず無駄使いをしなければならない理由はない。今、使っている剣だって十分いい物だし、サンドスコーピオンの甲殻だって切り裂いてみせた。剣を買いに行くと思わなければいい。これは異世界の見聞を広めるため、社会勉強なのだ。そう、決して寄り道などではないのだ。


 ……結局は行きたかっただけなんだが。


 “財布のひもは固く縛ろう”。そう心に誓って、乗り合い馬車の待合所へ足を向けた。

 馬車、そう馬だ。この街では井戸を掘れば水が出る。ここからはグランドリザードではなく、馬での旅となる。

 久しぶりに見る馬にヒューガのことを思い出した。思い出の中のヒューガは、三頭のメス馬に囲まれていて、そっと記憶を閉じた。


「お客さんかい?」


御者と思われる人が話しかけてきた。


「ガセババル方向の便はいつになる?」


「手前の街メセババロ行きが明朝の出発だよ。2泊3日で銀貨20枚だ」


「わかった、それで頼むよ」


 大銀貨2枚と引き換えに席札をもらう。この先のことを思えば、また馬を買ったほうがいいのかもしれないが、馬車の旅も嫌いではない。回復魔法を得た今、お尻が痛くなるくらい恐るるに足りない。


 翌日の足を確保したので宿に戻ると、宿屋の娘さんが出迎えてくれた。


「エビフさん、お帰りなさい」


「ああ、湯をたのむよ」


 エビフは宿帳に書いた偽名だ。

 街へ入る際に衛兵に冒険者プレートを見せると「おっ! あんたが噂のアジフさんか」と言われたので、念のため用心しておいた。メセロロでは冒険者ギルドでも到着の報告はしなかった。

 別にやましい事がある訳ではないので、コソコソする必要はない。ここで依頼を受けるつもりもなかったので、騒がれても面倒だと思ったんだ。


 お湯をもらって宿の部屋へ戻り、椅子に座ってナイフを取り出した。

切っ先を指先に当て、息を飲む。何度やっても慣れない。軽く刃を滑らせると、軽い痛みと共に、血がにじみ出す。


「メー・レイ・モート・セイ ヒール」


 唱えると、傷口がふさがった。光魔法のスキルレベル上げだ。旅の最中では、ロクイドルの教会ほどヒールを使う機会がない。仕方がないので自傷して、余ったMPを消化しているんだ。

 しかもMPが尽きるまで繰り返さなければならない。無駄に痛い。


 MPが減ったら軽く魔力を動かして感覚を確認し、訓練を終えた。魔力操作の訓練は、歩きながらでもできるし、そのほうが並列思考のスキルレベル上げにもなる。あまり部屋ではやらなくなっていた。

 剣の鍛錬は、外で義足でやると目立つので自粛だ。


 とても窮屈だ。早く噂圏内を出たい。ならばさっさと先に進めばいいのに、と再び理性と欲望がケンカを始めるが、既に馬車の席は確保してしまった。

 宿屋の固いベッドでしばらくゴロゴロして、おとなしく眠りについた。



 翌朝に宿を引き払い、馬車で街を出て次の街メセババロへと向う。相変わらず整備された街道を半日ほど進むと、だんだんと周囲の景色に緑が混じってきた。それだけで景色の印象は全然違う。


 途中、久しぶりに見たコボルトの襲撃があったものの、護衛の冒険者が難なく撃退して初日の野営地へとたどり着いた。

 野営地は岩山をくりぬかれた岩窟になっていた。割と奥が深く、入り口だけの警戒で済みそうだ。


「見張り、手伝うか?」


「いや、ウチのパーティで回すよ。慣れてるしな」


 護衛の冒険者に申し出たが、必要ないらしい。遠慮なくお言葉に甘えさせてもらおう。

 だが、ぐっすり寝ていると夜半に馬のいななきと、見張りの冒険者の声に起こされた。


「クレイ・レオパルドだ! 馬を狙ってるぞ!」


 アイツか、馬を狙われるのはマズイ。緩めてあった装備の紐を締め直し、外に出ると戦闘は既に始まっていた。護衛の冒険者4人に対し、クレイ・レオパルドは2匹。


「レット・メイズ・メイ・ドル ファイヤーアロー!」


 後方の魔術師が、一人の剣士が抑えるクレイ・レオパルドに向けて火の矢を放った。不自然な軌道を描いて、矢がクレイ・レオパルドの纏う土の装甲へ着弾する。だが、嫌そうに身をよじっただけで、大きな効果は見られない。


 クレイ・レオパルドは土属性の魔物だ。図書館で読んだ魔術の基礎知識だが、属性には相性があって 水→火→風→土→水 闇←→光 の相克関係になっている。火では土に対して相性は普通だ。風属性は持っていないのだろう。


 もう一匹は、大盾持ちと戦槌使いが着実に削っているので、剣士と魔術師の援護に回ろうとした。

 まさにその時に、剣士が前脚で一撃を受けてしまった。


「代わるっ」


 一声かけて、クレイ・レオパルドと相対する。


「ガウゥゥゥ」


 追撃を邪魔されて、不機嫌そうな唸りを上げにらまれた。ここは1人で無理するところじゃない。じっくりと相手が前に出ようとすれば牽制し、退がろうとすれば前に出る。


 だが、先に焦れたクレイ・レオパルドは、前脚を振るって飛び掛かってきた。それを、下段に構えた剣で円を描くように切り払う。


「ギャウッ」


 迎撃された前脚から血飛沫が舞い、飛び退かれる。そこに魔術師の火の矢が、夜の闇を切り裂いて襲い掛かった。

 体勢の整っていなかったクレイ・レオパルドは、装甲の薄い脇腹に火の矢を受けた。そのダメージがさらに身体をぐらつかせる。その隙は見逃せないな。


「せぇぇぃッ!」


 大きく踏み込んで下段に構えた剣を、首元を狙って下から振り抜く。一度戦い、解体したから、装甲の薄い所は知っていた。よっぽど隙がないと狙えはしないが。


 クレイ・レオパルドの切り裂かれた首から血が噴き出す。酸素を求めるように口を開けたが、声を出すことなくそのまま地面に倒れた。


 もう一匹を確認すると、こちらに来ようとしていた復帰した剣士と目が合った。剣士は軽く手をあげ、もう一匹へ向かって行った。

 後は、魔術師が参戦する必要もなく、3人がかりで危なげなくもう一匹も仕留められた。


「怪我人はいるか?」


「俺はポーションを飲んだから大丈夫だ。だけど馬が怪我をした」


 剣士は大丈夫そうだが、馬がやられたらしい。馬の様子を見てみると、後ろ脚に生々しい爪痕がしっかりと付いて血が出ている。これは痛そうだ。


「メー・レイ・モート・セイ ヒール!」


回復魔法で治してやると、馬は落ち着きを取り戻したように見えた。


「あ、あんた、回復魔法を使う義足の剣士。ひょっとして……」


 む、まずいな


「なぁ、名前を教えてくれないか?」


「エビフだ」


「え!?」


予想と違ったのだろう、冒険者はポカンとしていた。



怪しまれて「冒険者プレートを見せてくれ」と頼まれ、すぐにバレたが。


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