サボリ司祭


 荒野をグランドリザードが引く荷車が走って行く。


 荷車の車輪が回るのは、整備された街道があるからだ。ロクイドルからドワーフの王国“ガセババル”まで続く鉄鉱石を運ぶ為の街道を走っていた。

 重い物を運ぶために整備された街道は、平坦が続いている。これほどの街道を整備するために、いったいどれほどの時間と人手がかかったのだろうか。


 さらに、今日は積んでいないが、鉄鉱石を運ぶ際は、鉄の匂いを消す処理をしてから運ぶそうだ。それでも鉄丸虫の襲撃が無くなるわけではないが、かなり減るらしい。


 ロクイドルを出てドワーフの王国の方面を目指したのは、道がいいからだ。砂漠を越えずに済むなら、それに越したことはない。そもそも、ロクイドルの人の出入りは、ガセババル側が圧倒的に多い。

 地理的にはメギトスに属していても、経済はガセババルに頼っているんだ。


「なぁ、アジフさんよ、凄腕なんだろ? 呑気に荷車に揺られてないで依頼手伝ってくれよ」


 そう言ったのはキャラバンの護衛冒険者だ。商隊という意味ではキャラバンだが、内実は荷車隊と言ったほうが良さそうだが。


「キャラバンに便乗するのに料金まで払って、何故そこまで仕事をしなきゃならない。手伝いとヒールくらいならするから、護衛よろしく」


 出発にあたっては護衛依頼は受注してなかった。護衛依頼は足を使うので向いてないからだ。

 鉄丸虫が転がってきたら、義足で守りきるのは無理がある。


 周囲の警戒は冒険者にまかせ、一面の茶色の荒野を眺めながら荷台に揺られていた。荷馬車の上げる土煙も乾いた風に飛ばされていく。マントを焦がす日差しに思わず空を仰いだ。

 空にはいつも通りの青空が広がっていて、雲一つ見えなかった。


「晴れた、か」


「そりゃ、この季節は晴ればっかりだろ」


 ただ呟いただけだったが、キャラバンのメンバーに聞かれて突っ込まれた。


「そうだった」


「変なことを言う奴だな」


「そうでもないさ」


「どっちだよ!」


 再び突っ込まれたが、笑ってごまかした。



 整備された街道は揺れも少なくキャラバンのペースも早い。


 このペースなら、待ち伏せされていなければ、襲撃される魔物はかなり限定される。護衛冒険者たちが、後方から追いかけてきたポイズン・コヨーテの対応に回った。

 

 これは光魔法スキルLv3で使えるようになった『キュア・ポイズン』の出番か?と、思ったのだが、残念ながら冒険者たちは無事噛まれずに撃退したようだ。


「噛まれても良かったのに」


「Fランクの魔物にそんなに簡単に噛まれてたまるかっ! 噂話と全然違うじゃねぇかっ! このサボリ司祭!」


 よしよし、噂の修正は順調だな。


「噂話なんてそんなモノだろ? わかったら変な期待はするなよ」


 『キュア・ポイズン』は、イメージ以上に便利で普段使う機会の多い呪文だ。虫刺されにもよく効く。毒蛇に噛まれたり、サソリにでも刺されなければ、それで治療に行く人は滅多にいないけども。食中りにも効くが、効果はかなり落ちる。



 次の街“ネネゼウル”までは2泊と3日の道程だ。距離は結構あるのだが、なにしろ移動のペースが早い。

 旅程は順調に過ぎていき、夕焼けが荒野を染めた頃、初日の野営地が見えてきた。


 テントを張り、食事の準備ができた頃にはすっかり日が落ちていた。

雲一つない夜空に浮かぶ異世界の半月が、荒野を明るく照らす。


 この世界の月は地球の物より、青みがかかっていて少し小さく見える。記憶にある地球の月はもっと白かった気がするのだが、もうすっかり慣れてしまった。

 ロクイドルでは、街の近くでの魔物退治しか冒険者としては活動していなかった。こうして夜に人の領域の外で過ごすのは久しぶりだ。


「ロクイドルに女がいるんだろう?」


 見張りを共にしていた冒険者が話しかけてきた。


「そうでもないのさ」


「なんだ、そうなのか」


「ああ」


 深く説明する話でもない。

簡単に話を終わらせると、月の光の下に低く蠢く影が見えた。サンドスコーピオン、一匹か。


「俺にやらせてくれ」


 動こうとする冒険者を止めて、剣を抜いた。剣を振りたい気分になっていたんだ。


 無造作に近付いていくと、サンドスコーピオンは両手のハサミを振り上げて威嚇した。


<キィン>


 ハサミに向かって剣を振ると、剣戟の音が荒野に響いた。

ロクイドルに到着する前にも、月明かりの下でサンドスコーピオンと相対したのを思い出す。


 襲い来る尻尾を、ハサミを、ただ弾き返した。あの時よりも、義足はしっかりと地面を捉え、レベルの上がったステータスは余裕を生む。

 攻め込もうと思えばいつでも攻め込めたが、ただ弾き返す。剣戟の音が響く度に、ロクイドルで得た成長を感じられる気がしていた。

 それと同時に、そのために過ごした日々も思い出される。


 だが、それも長くは続かなかった。受け流したハサミの関節を、反射的に返した剣が切り落としてしまったからだ。

 致命的な隙を埋めるべく、サンドスコーピオンが尻尾を振るう。

苦し紛れの一撃を、下段から冷静に弾き返し、上段に剣を構えた。上段に構えるこの型を使うのも、ずいぶんと久しぶりだ。


「せぇぇぇいッ」


 義足側の足を大きく踏み込んで、剣技と、体重と、筋力と、ステータスと、今のありったけを載せた一撃を振り下ろした。


 <ガシュッ>

 硬質な音を立てて、サンドスコーピオンの頭を覆う甲殻が切り裂かれ、剣先が地面へと突き抜けた。


(やっと切れたぜ、ジリド)


 王都で鍛え、ロクイドルで磨いた剣術は、確かに砂漠の魔物を切り裂いた。


 剣を納める前に剣身を眺めると、連地流の道場の面々が思い出される。


(変な噂がラズシッタ王都まで届かないといいのだが)


 そう願わずにはいられなかった。



「おいおい、サンドスコーピオンの甲殻を剣で切っちまうなんて、さすがCランクはすげぇな」


 護衛の冒険者はDランクだった。つい先日まで同じDランクだったのだが…… 肩書の力は恐ろしい。

 手を貸してもらいながらキャンプまでサンドスコーピオンを運び、手伝ってもらいながら解体をする。サソリは部位毎に分かれるので、人手はありがたい。


「それにしても、いつでも倒せそうに見えたのに、なんでさっさとしなかったんだ?」


 解体の手を動かしながら、冒険者がそんなことを言ってきた。さすがに見るべきところを見てるな。


「ああ、ちょっと剣を振りたくてね」


「はは~ん、やっぱりロクイドルの女のことなんだろ?」 


「そうでもないって言ったろ!」


「いや、いいってことさ。皆まで言わなくてもわかってるぜ」


 ああ、またこのパターンか!

学習したんだ。こいつらをこのまま放っておくとろくな事にならない。


 結局、ロクイドルでの事の顛末を、最初から説明することになった。

話をしているうちに、話声を聞いた他のキャラバンのメンバーもテントから出てきて、もう一度最初から話すことに。


 話を終えた感想は


「なるほどなぁ。これはこれで面白ぇ話だ! 本人から聞いた話ってことで自慢できるぜ!」


 だ、そうだ。

噂を訂正してるのか、余計に広めているのかわからない。



 結局どっちにしても墓穴しか掘っていない気がして、その日はふてくされて眠りについた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る