新しい旅


「レッテロット、世話になった。この足と籠手に仕込まれた魔道杖、大切にするよ」


「大切にしてくれるのはありがたいけどね、道具は使って初めて輝くモンだよ。遠慮なんかするんじゃないよ」


「ああ、わかってる。そんな心配しなくても、コイツにはレッテロットと義足を作ったロクイドルが詰まってる。輝くに決まってるさ」


「……馬鹿なこと言ってんじゃないよっ!」


 そうは言ったが、その顔はまんざらでもなさそうだった。


「レッテロット、感謝してる。素晴らしい義足をありがとう」


「アタシこそ面白い仕事をさせてもらったよ」


 お互いの右腕を組み合わせる。ドワーフの腕は短い。少し深く組んで肩に乗せ、左手で肩を叩きあった。


 いい職人と出会えた、最初はそれだけだったかもしれない。でも、いい物を目指して語り合い、時にはバカな失敗もして、それでも作り続けた。もう、友人と言ってもいい、いや、断言できる。友人だ。


「達者でやんなよ」


「そっちこそな」


 そう言って、工房を出て一度だけ振り向いた。こちらを見送るレッテロットに力強く拳を上げると、向こうも同じようにドワーフの力強い拳を上げた。


 最後まで男らしいヤツだ。女性だけど。




 冒険者ギルドへの報告、キャラバンの手配に食料の準備などを済ませ、教会へ戻った。


 夕方の礼拝で明日の出発を告げると、その日の夕食は、教会らしく本当にささやかな物だったが、晩餐となった。

 普段、酒を飲む時は街の酒場へと繰り出すゼンリマ神父も、この時は解禁された。


 とは言え、そこは教会。いつ患者が来るともわからないって事もある。すぐに解散となったが。



 自室に戻り、部屋の最後の掃除をした。片付けと大まかな掃除はすでに終わっている。短い間だったが、久しぶりに持った自分の部屋だった。やはり名残惜しいものがある。


<コンコン>

掃除をしていると、部屋の扉がノックされた。


「どうぞ」

そう返事すると、扉を開いたのはルットマだった。


「明日、行っちゃうんですね」


「ああ、明日だ」


 掃除の手を止め、ルットマと向かい合った。思えばあれ以来、こうして茶色の瞳と向かい合うことが増えた気がする。


「やっぱり、旅、やめませんか?」


「そんな訳にはいかないよ」


 わかってて言ってるのだろう。それでも言わずにはいられなかったのか。


「そうですよね……」


 少し下を向いて、でも、もう一度顔を上げた。


「私、ずっとアジフさんに言わなくちゃって思ってたことがあるんです。聞いてもらえますか?」


「もちろん聞くさ。なんの話なんだ?」


「あの時、ワイバーンから助けてくれてありがとうございました。アジフさんは命の恩人です」


 ルットマは、頭を深く下げてそう言った。何を言われるかとちょっと緊張していたので、拍子抜けしてしまった。


「あらたまって何かと思えばその事か、自分の為だって言ったろ。礼には及ばないさ」


 けれど、そう言うと途端に頭を上げて、言葉を続けた。


「私のためじゃないって、そう言われるのが怖くて今まで勇気が出せなかったんです! まったく! ちょっとは察してください!」


 ポカリ、と胸を叩かれ、その手はそこで止まってしまった。


「すまない」


「謝らないでください……」


 しばらくそのままでいた後、上がった顔は少し晴れた様に見えた。


「やっと言えて良かったです。ずっと言いたくて」


 『気にしなくてよかったのに』喉まで出かかったその言葉を危うく飲み込んだ。それは言っちゃいけない気がしたからだ。そのまま何も言えずにいると


「あ、明日は晴れるといいですね! おやすみなさい!」


  ルットマはそれだけを言って、ドアを閉めて出て行ってしまった。その目には、ランプの灯かりで涙が光って見えて『砂漠の街で雨なんて滅多に降らないだろ』そんな事が言えるはずもなかった。


 結局、ずっと黙ったままになってしまったんだ。

 



 翌朝、準備を整えて荷物を背負い、空っぽになったベッドと衣装棚だけとなった部屋の扉を閉めた。


 礼拝堂へとおもむいて一旦、荷物を降ろし、神像の前へと跪いて両手を組んで頭を下げ、目を閉じる。


(メムリキア様、イビッドレイム様。ロクイドル教会ではとてもお世話になりました。どうか、これからのロクイドルの教会の皆を、街の人々をよろしくお願いします)


 祈りを捧げて何かが変わる訳でもない。実際に神の奇跡を願っている訳でもない。ロクイドル教会を去る罪悪感を減らしたいだけの偽善なのかもしれない。

 でも、祈りを捧げて心が少しでも軽くなるなら、祈りって本来そういう事ではないだろうか?


 目を開けて立ち上がり、荷物を背負い直す。教会の出口には、皆がこちらを見て待ってくれていた。



「どこに居ようとも、我らは等しくメムリキア様の下におる。同じ信仰と筋肉を持つ兄弟なのだ。アジフ、おぬしに神の御加護が授かるよう祈っておるぞ」


「ゼンリマ神父、大変お世話になりました。このロクイドル教会で学んだ事、共にすごした皆様の事、決して忘れません。今までありがとうございました」


 頭を下げると、肩を引き寄せられ背中をバシバシ叩かれた。その力強さに鎧が軋む音が聞こえた。


「アタシは湿っぽいのは苦手でね。アジフ、達者でやるんだよ」

「アジフさんの旅路が無事に進みますよう、祈っています」


「ペメリさん、キフメ司祭、ご指導ありがとうございました。私も皆さんの無事を旅の空の下、祈っております」


 互いに両手を組んで、祈りのポーズを取り軽く目を閉じ頭を下げた。聖職者の別れの挨拶だ。ゼンリマ神父がおかしいだけなんだ。


「アジフさん、お元気で。メムリキア様の御加護がありますように」

「俺もいつかアジフさんみたいな司祭剣士になるよ!」


 リネル君とガイロも別れの挨拶をした後、2人の肩を叩いた。


「リネル君、大きくなるまで筋トレしない約束、忘れるなよ。ガイロは剣士を目指さないで司祭の修行をしっかりな」


 皆の後ろから、ペメリさんに背中を押されてルットマが前に出された。目からは今にも涙があふれそうになっている。でも、ぐっとこらえてこちらを見た。


「アジフさん、わたし……」


 そこまで言って、言葉が止まってしまった。それ以上しゃべると涙が止められなくなるのだろう。

 前に組まれた手を両手で包み、少しかがんで目線を合わせた。


「こうして皆に無事を祈ってもらって旅に出られるのはルットマのおかげだ。あの時、生きていてくれてありがとう」


 そっと言うと、ルットマは胸に飛び込んできて泣き出してしまった。手を放し、頭を撫でて落ち着くのを待ってあげる。


「アジフさん、私、この教会でがんばります。ロクイドルの、みんなと」


 顔を上げ、やっとそう言ったルットマの目は、涙にぬれながらも力強かった。

 うん、これなら大丈夫そうだ。



 教会の段差を一段降りて、振り返る。

皆が胸の前で両手を組んで目を閉じ、軽く頭を下げた。


 目を開けて見えたのは慣れ親しんだ教会の建物と一緒に過ごした仲間たち。


 ああ、この光景もこれが最後か。


 写真なんてないんだ。みんなとお互いに瞼に焼き付けるように見つめ合った。

 ルットマと目が合うと、涙を流しながらも笑ってくれた。この笑顔、忘れないようにしよう。


「ロクイドル教会にメムリキア様の御加護を」


 そう言って、教会に背を向けた。

後ろから、ルットマが泣き崩れるのが聞こえて、思わず足が止まった。

 でも、振り向けない。せっかく最後を笑顔で見送ってくれたのに、ここで振り向く訳にはいかない。


 それに、涙をこらえきれなかったのはルットマだけではなかったから。

 手の平で一筋流れた涙を拭い、顔を上げ、止まった足を前に出した。


 

 この別れは終わりじゃない、また新しい旅の始まりなのだから。

  


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