旅の行方


 光の曜日の礼拝に、並んだ信者の手の甲へ神父が聖水を一滴ずつ付けていく。毎週おなじみの光景だ。


 いつもより多い礼拝者の数と、見習いではない司祭服を着せられていなければ、だが。


「アジフさんに会えてうれしいです」

「握手してください」

「義足さわってもいいですか?」


 勘違いの原因を作った張本人として、着慣れない司祭服を着せられ、礼拝日にさらし者にされていた。


 すっかり礼拝者のお目当てにされている、額を一筋の汗が流れた。確かにロクイドルは暑い。だが、この汗は暑さのせいではないし、司祭服のせいでもない。


 冷や汗だ。


 追い詰められている。もはや噂の修正などできない。鎧と義足の修理を待っている間に、事態は悪化の一途をたどっていた。


「吟遊詩人の歌聞きました!」


 鉱夫たちが街の酒場で広めた噂は、あっという間に広がった。それをさらに吟遊詩人が歌にして広めているという。

 その噂の拡散力は恐るべき物で、ワイバーンを倒した翌日に街を出た冒険者が、隣の街に着いた頃には、既にその街の酒場で噂になっていたというから驚きだ。


 ロクイドルと鉄鉱石を通じて繋がりの深いドワーフ王国でも噂になっているそうだ。ラバハスク帝都にまで伝わるのは時間の問題だろう。


 しかも、歌い継がれるうちに、ワイバーンはドラゴンへと話が進化し、知らない間にドラゴンスレイヤーになっているとか。


 しかも、その主人公が「義足で剣士の司祭アジフ」だ。指名手配犯かのように的確に特徴を捉え過ぎている。

 これでは、リバースエイジを使って大きく若返る事などできない。足が生えても生えなくても『アジフという名の回復魔法を使う剣士で若者のCランク冒険者』では十分に怪しすぎる。


 少しだけ若返って、足が生えるかどうか試すのも今は危険だ。かと言ってこの街に居続けても、どんどん身動きが取れなくなるばかり。

 もはや、どこかでほとぼりを冷ますか、噂など知らない土地にでも行って試すしかあるまい。まるで逃げ回る賞金首だ。


 娯楽の少ないこの世界で、鉱夫たちの噂話にこれほどの影響力があるなんて、思いもよらなかったんだ。



「アジフさん、お疲れ様でした」


 事情を知るルットマは、礼拝日は表に出ないでくれていた。周囲の噂にも「気にしてませんから」と、変わらず接してくれている。いや、前よりはよく話すようになったか。

 あれ以来、フレイルの練習にも身が入るようになり、訓練中はちょっと危なくて近づけないほどだ。


「アジフさん! 剣を教えてください!」


「剣は司祭にもロクイドルにも向かない武器だ」


 ガイロは悪い影響を受けて目を輝かせている。司祭が前で剣を振ったら誰が回復するんだ。人の事は言えないが。



「それで、どこに向かうんですか?」


 訓練の休憩中に、ルットマと並んで座って話していた。噂が届かないと思われる目的地の候補は3つあった。


 獣人の国“ノノラガ”

 大陸東端の島国“チルトシア”

 エルフの森“アメルニソス”


 この3つの候補が噂が届かないと思ったのは、その距離もあるが、言語が違うからだ。言葉が違えば噂も届き難いし、多少なら『噂話なんてそんな物』でごまかせると思ったんだ。

 もちろん、言葉を学ばなければならない。そこでまず外されるのがヒューマンの国家“チルトシア”だ。

 何故、剣と魔法の世界で、ただの外国語を勉強しなければならない。ファンタジー要素が足りないのでやる気にならなかった。


 残った2つのうちで選んだのは


「アメルニソスに行こうと思っている」


「え!? でも、あそこのエルフたちは国を開いてませんよ?」


 そうなんだ。エルフたちは森の中で閉鎖的にすごしている。 “閉鎖的”なんて素晴らしい響きだ。いま最も必要としている環境と言える。


「とりあえずは森の近くで過ごしながら、エルフの言葉を学ぶつもりなんだ」


「そうですか……ずいぶん遠くに行っちゃうんですね……」

 

 そんな事を言いながら、木で出来た長椅子の端を掴み、足を地面から持ち上げて遊ばせる。


「私もついて行っちゃダメですか?」


 その体勢のまま、こちらをのぞき込むように言った。


「いや、それは「ごめんなさい、言ってみただけです!」」


 こちらの言葉をさえぎってそう言うと、椅子から飛び降り、走って行ってしまった。

 ルットマの走り去る方向を眺め、椅子から立ち上がって。


「のぞき見は趣味が悪いですよ」


 そう言うと、背後でバタバタと音がした。その足音からして……2人かな。


「はぁ」


 ため息をついて頭を掻いた。




 旅の最後の準備になった義足は、2週間ほどで出来上がった。


「いや、足裏のスパイクがキツ過ぎるだろ。これじゃ建物を歩けない」


 渡された義足の足裏には、ダミーの靴の裏まで突き抜けた刺さりそうな突起がいくつか付いていた。

 走る動きよりも足を止めた戦闘を重視したのはわかるが、日常生活だってあるのだ。


「そこはだな、コイツをはめるのさ」


 そう差し出されたのは、足底だけのやや底の厚い、靴の上から履く革のサンダルだった。両足分あって、固定するための革紐が付いている。義足側のサンダルには足を置く部分には突起に合わせた穴が開いていた。

 

「激しい動きはできないが、街中なら問題ないはずだよ。しかも、今回は予算があったから、サンダル部分に“静音”の魔道具を仕込んでね。上手く使えば足音が消せるはずさ」


「予算があれば使っていいってものではないんだが。それに、街中でそれを何に使えっていうんだ」


「固いことは言いっこなしだろ! 道具は使い手次第さ、アジフならソイツを正しく使えるって思ってるからな!」


そう言って肩をバシバシ叩いた。うまいこと言って無駄遣いをごまかす気だな。



まぁ、最後だしな。レッテロットの言う通り、固い事はナシで行くか。



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