酒場の噂



 まさかロクイドルにワイバーンを一人で倒す風習なんてなかったとは。


 しかも、冒険者たちが手を出さなかった理由が「惚れた女を守るための戦いを、邪魔しちゃいけないと思ったから」だったなんて。


 とてもまずい事態だ。こんな時はまず上司に報告・連絡・相談しなければ。


「ゼンリマ神父。相談があります」


「アジフか、来るだろうと思っていたぞ」


 勧められて椅子に座った。さすがロクイドル教会を支える神父だけのことはある。話が早い。


「心配しなくても、ちゃんと教会で結婚式は挙げてやるぞ」


「違います!」


 そこは早くなくていい! 真っ先に来て良かったよ!

それから、ルットマに話したのと同じように説明した。



「ふむ、つまりルットマを守るお前の姿を見て冒険者たちが勘違いしただけだと」


「ええ、勘違いさせる様な事を言った私にも落ち度はありましたが」


「なるほどなぁ。それでお前が手に入れたい物というのは、どうしてもこの街を出ないと手に入らないのか?」


「2つのうちの一つは、この街を出ても手に入らないかもしれません。それでも可能性に賭けたいのです。お世話になったロクイドルの教会と皆さまには、申し訳なく思いますが、それでも」


「なるほどのう」


 ゼンリマ神父は腕を組んで目を閉じた。


 結局、ゼンリマ神父はこちらの意思をくみ取ってくれた。


 とは言え、すぐに出発することなどできない。

教会の皆に伝えて、仕事の割り振りやスケジュールの調整、そして皆の心の準備をしてもらわなくてはならない。


 それに、鎧はガタガタ、義足はボロボロ、とても旅に出られるような装備ではない。

 今、付けているのは予備の義足だが、せっかくレッテロットと創意工夫を重ねた義足ができたのだ。その積み重ねが次につながる義足が欲しい。


 翌日から、旅の準備を始めることとなった。




*****************************************************


――同じ頃、街の酒場にて――



「なんだい、今日はずいぶん早いじゃないか」


 鉱山の仕事から解放されて馴染みの酒場に入ると、女店主にそんな事を言われた。無理もない、まだ日が高いからな。

 普段なら働いている時間だし、搬出の日だってこんなに早くは終わらねぇ。


「ああ、今日は鉄鉱石の搬出が砂漠でサンドウォームが出たせいで中止になってな。だけど、おかげで鉱山で面白れぇもんが見れてよ。誰かに話したくなっちまってな」


「酒場に来たらまず酒を注文しなっ。言っとくけど、こんな時間だ。つまみは作り置きしかないからね」


女店主はそう言ったが、へへっ、悪ぃな。今日の酒の肴は持ち込みなんだ。


「心配すんなって、つまみはとっておきのがあるんだ。それよりも酒持って来たらこっちに座って話聞いてくれよ」


「なんだい、しょうもない話だったらあんたのおごりで一杯もらうよ」


「おっ! なら面白かったら一杯もらうぜ?」


「そこまで言うのかい、いいじゃないかその賭け乗ったよ」


 女店主はテーブルに酒と少しのつまみを置くと、椅子に座ってテーブルにヒジをついた。いいね、そう来なくっちゃ。


「話ってのはな、鉱山に突然あらわれたワイバーンと、女の為に身を捨ててワイバーンに立ち向かう、そんな義足の司祭剣士の話なんだ」


「くっ、のっけから面白そうな話じゃないか。義足なのに剣士で司祭とか作り話じゃないだろうね?」


「いや、これが本当なんだって。教会に行けばいつでも会えるらしいぜ。それでな、サンドウォームの討伐に主力が抜けた鉱山に……」


 その日はきっちり一杯せしめた。だが、同じ頃にロクイドルのあちこちの酒場で、仕事が中止になってヒマになった鉱夫たちが話を広めちまった。



 おかげでこの話はあっという間に広がって、2杯目にはありつけなかったが、同じ話を共有できるってのはそれだけで気分がいいもんだ。





*****************************************************



 ワイバーンを倒した翌日から、忙しく走り回っていた。


 壊れた鎧を修理に出したり、剣を手入れに出したりと用事を立て続けに済ませて回る。もちろん、教会に連絡はしてある。同じ間違いは繰り返さないのだ。


 だが、街を歩いていて変わった事があった。様々な人に話しかけられるのだ。


「聞いたぜ? おめでとう!」

「いい話を聞かせてもらった礼だ。串焼き持っていきな!」

「アタシの旦那にも見習わせたいよ!」


 噂を聞いたのだろうってことはわかる。でも昨日の今日で冒険者でもない人々にこれほど広まるのだろうか?

 外見は義足に見習い司祭服で剣を持っていれば、一目瞭然なのだろう。知らない人からもずいぶんと話しかけられる。


 テレビなどないから、と、この世界の情報伝達速度を甘く見ていたが、認識を改めたほうがいいのかもしれないな。




「アジフ、Cランクへの昇格を申請してもらいたい」


 ワイバーンの売却金を受け取るために訪れた冒険者ギルドで、ギルドマスターにそんなことを言われた。

 Cランクに上がるためには、依頼の規定30件の達成と所属冒険者ギルドのギルドマスターの承認が必要となる。件数はとっくに達成していたのだが、昇格の申請はしていなかった。


「いや、Cランクに上げられてもCランクの依頼をこなせないのですが。ソロだし」


「そこは、教会で冒険者ギルドの依頼をしてもらってるので大丈夫だ。評判のいい冒険者が昇格してないと、同じランクの冒険者を昇格させ難くてな」


 まぁ、別にCランクに上がってDランク依頼が受けられなくなるわけではない。依頼達成件数に数えられないのと、降格期間の2年が延びないだけだ。別に困ることはないのだが。


「私は近々、街を出る予定です。気にしなくてもいいと思いますが」


「何? そうなのか? だが、今回のワイバーン討伐はギルドの緊急依頼として処理しようと思っている。 Cランクに上がればCランクの報酬が出せるぞ?」


「Cランクにしてください」


 結局、話を受け入れて冒険者プレートは金色から白金色へと変わった。

 

 ワイバーンは素材の売却で金貨32枚となった。ギルドの緊急依頼として追加でもらったのは、金貨15枚と結構な金額だった。


 あちこちボロボロの鎧の修理にかなりかかりそうだが、それも気にならないほどの金額だ。



 その金と壊れた義足を持ってレッテロットの工房を訪れた。


「アジフ、聞いたぜ? 上手いことやったみたいじゃないか」


 む、このニヤニヤ笑い、昨日のペメリさんと同じだな。獣人とドワーフで見た目は全然違うのに、かぶって見える。

 しかし、冒険者でもないレッテロットにまで、翌日に伝わっているとは。かなり噂になっているようだな。


「惚れた女性を守ったって話なら、あれは冒険者の勘違いだぞ」


「何? そうなのか? なんだよ、つまらんなぁ」


 そんなにあからさまに、残念そうにしなくても良いいだろう。


「だが、ワイバーンを倒せたのは、レッテロットの義足のおかげだ。最後に壊してしまったが、最高の仕事をしてくれた」


 そう言って壊れた義足を差し出すと、レッテロットは嬉しそうに義足を撫でた。


「コイツは主の気持ちに応えた、いい道具ってのはそういうもんさ」


 そう言ったその目は柔らかで、何か言ったらその空気が壊れそうで、何も言えなかった。



「だが、コイツは直せないな。形だけ直してもバネが利かない」


 切り替えたようにレッテロットが声を出す。


「ああ、わかってる。そこで3代目の製作を頼みたい」


「まかせときな、コイツに負けない仕上がりにしてみせるよ」


 そう言ったレッテロットの目には、強い光があった。3代目もいい物になりそうだ。


「もう立派な義肢職人だな」


「魔道具職人だって言ってんだろ!」



工房の外へと蹴り飛ばされた。レッテロットめ、照れやがって。



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