戦いの理由


「「「「「アジフ! アジフ! アジフ!」」」」」


 戦いが終わってもコールは止まなかった。


「アジフさん!」


 ルットマが駆け寄ってきてそばにへたり込み、泣きじゃくってしまった。


「怖かったな、もう大丈夫だ」


 肩を“ポンッ”と叩いてやると、泣きながらも何故か不服そうな顔をした。


 周囲に集まった冒険者たちの手によってワイバーンの口が開かれ、義足が外された。噛まれた義足は鉄板が曲がってしまっていた。あんなのに噛まれていたらと思うと恐ろしい。


 しかし、これでは歩けない。参ったな。座り込んでいると、冒険者の一人から声をかけられた。


「アジフ、見せてもらったぞ、男の意地を」


「あそこまで応援されたら、やらない訳にはいかないでしょ」


 差し伸べられた手を掴み起こしてもらったが、義足が曲がっているのでバランスを崩してしまった。

 そこにルットマが “さっ”と、少し背の低い肩を貸してくれた。おっと、気が利くね。


「助かるよ、ありがとう」


 そう言ったのだが、顔をそむけられてしまった。なんなんだ?


「いいもん見せてもらったぜ!」

「アンタ、凄ぇよ!」

「やるじゃねぇか」


 体を叩かれながら人垣を歩いた。いつの間にか周囲にいたのは冒険者たちだけではなく、領兵や多くの鉱夫たちにまで囲まれていた。

 むふふ、そうだろうとも。がんばったかいがあるというものだ。もっと褒めたまえ。


「ワイバーンは俺たちが運んでおいてやるぜ!」


 そう言ってくれたのは鉱夫たちだった。


「いや、それはありがたいが、なんで鉱夫までいるんだ?」


「下でおもしれぇ事やってるって聞いて見に来たってワケよ。固ぇこと言うなって!」


 体をバシバシ叩かれた。見せ物にされてしまった感はあるが、突発的なお祭りみたいなものだったから仕方ないか。

 歓声に手を上げて応えながら、鉱山を後にした。




「アジフさん」


 教会へ戻る途中、2人きりになった頃にルットマが声をかけてきた。ずいぶん真剣な顔つきだ。これは聞いてあげなきゃならないな。


「なんだ?」


「私を守らなきゃならない理由ってなんだったんですか?」


「同じ教会の仲間だから、じゃダメか?」


「それだけじゃ納得できません!」


 やっぱりかぁ。かと言って、リバースエイジで若返ってあわよくば足を戻す為、とは言えないよなぁ。

 とは言え、この際だ。直球で行くか。



「ロクイドルの街を出て行こうと思ってる」


「え!?」


「手にいれたい物があるんだ。ちょっと人には言えないけど、大切な物なんだ。その為にいつまでもロクイドルに留まっている訳には行かない」


「そんな!」


 ルットマの目が驚き揺れた。


「だが、ロクイドル教会の仕事量は多い。この街を出る時、お世話になった教会に、教会の皆に迷惑をかけたくない。ルットマにはその後の教会を支えてほしいんだ」


「そ、それだけの為にあそこまで体を張って私を守ったんですか?」


「もちろん、そうじゃなくてもルットマを見殺しにする気はなかったさ。ただ、自分にできる事より、ちょっとだけ頑張る理由があったってだけでね」


「で、でも! 私、今回のことで、ようやくアジフさんのことをちゃんと見ようって思ったんです! それなのにどこかへ行ってしまうなんて」


「なんだ、今までちゃんと見られてなかったのか? 良くないぞ、そういうの」


「そういう意味じゃなくて! いえ、そんな所もあるんですけど……すみません……」


 少しおどけて言ってみたのだが、それを聞いたルットマは “しゅん”として下を向いてしまった。責めるつもりはなかったのだ。



「あやまる必要はないよ。これからは他の人の事も、もう少しだけ周りを広く見てくれればいい。それで十分に間に合う話さ」


 気にしないように、と軽めに言ったつもりだった。

けれどルットマは、下を向いていた顔を “キッ”と上げ、こちらを見つめ、思いのほか強い口調で


「でも、その時にはもうアジフさんはいません! それじゃ間に合わないんです!」


 そう言ったその目は、今にも泣き出しそうなほどに潤んでいた。


 肩を借りたままの近い距離で、潤んだ茶色の瞳と目が合った。ルットマのほうが頭一つ分ほど背が低いので、少しだけ見上げられる角度になってしまう。


 派手に助けられた事もあって、感情が高ぶっているだけなのかもしれない。それでも、そんな風に言われれば良く見てくれようとしている、とはわかる。けれど、そんなつもりで助けたんじゃないんだ。


 それに、その視線はあまりにも真っすぐで、そのまま見つめ返すには元おっさんにはまぶしすぎるものだった。


「ルットマにそう言ってもらえただけでも、助けたかいがあったさ。十分間に合っているよ。この先、ロクイドルの事を思い出す時、ルットマの悲しい顔を思い浮かべなくて済むからな」


 そう言ったのが精一杯だった。でも、それも、ルットマの目を見ては言えなかったんだ。


 それっきりルットマは黙ってしまった。少し気まずくなった空気のまま、教会へ戻る歩みを再開した。



 

「アジフさん! 怪我ですか!?」


ルットマに肩を預けながら教会に戻ると、リネル君に心配されてしまった。


「いや、義足が壊れただけだよ」


 椅子を出してもらって座らせてもらい、義足を外した。


「誰か悪いけど、俺の部屋から予備の義足を持って来てくれないか?」


「私、行きます」


 そう言って、ルットマが部屋に走ってくれた。


「そうだ! アジフさん!」


リネル君が思い出したように声を上げた。


「さっき冒険者ギルドから連絡があって、サンドウォームは無事討伐されたそうですよ! 神父様たちも大活躍だったみたいです!」


 神父って大活躍する職業じゃないと思うんだが。でも、それなら皆もそのうちに戻ってきそうだな。


「そういえばガイロ、MPはどれくらい残ってる?」


「今日は朝から患者さんが少なくて、1回ヒールしただけですよ。MPも少し戻ったからあと2回です」


「そうか、俺とルットマは鉱山で派手に使ったから、あと1回しか使えない。ポーションを使わなくちゃならないかもな」


 そう心配したのだが、幸いにも、サンドウォームが早々に退治されたのと、鉱山の操業も倉庫がいっぱいで休みになったことから、その日の患者はいつもより少なかった。



「アジフ、ギルドで聞いたぜ? やるじゃねぇか」


 戻ってきたペメリさんが、顔を寄せながらニヤニヤして、なぜか小声で言ってきた。もうギルドで噂になってるのか、まぁ、かなりがんばったからな。そばにルットマも居たが、別に聞かれて困る話でもない。胸を張って答えた。


「こう見えてもやる時はやるんですよ。ペメリさんも活躍したって聞きましたよ」


「お、おう、まぁな。アジフ、お前意外と軽く言うんだな」


 ペメリさんは少し驚いたようにそう言った。確かに強敵ではあったけど、別に前人未到の快挙ってわけでもないと思う。


「そうだ、ちょっと聞きたい事があるんです」


「なんだい? 言ってみなよ」


「ロクイドルでワイバーンを1人で倒す意味ってなんなんですか?」



 それを聞いた時のルットマとペメリさんの目は、信じられない物を見るような目つきだった。


「いや? それは、お前がルットマを守る男を立てるためだろ?」


「「え?」」


 ルットマと声がそろった。


「「「え゛え゛え゛ーーーー!?」」」



 それにペメリさんが加わった叫びが、ロクイドルの教会に響きわたった。



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