飛竜(後)
飛来するワイバーンに突っ込んだのは、我ながらちょっとだけ無茶だったかな、とは思う。
やった事はないが、高速道路を走る車に剣で切りつけたらあんな感じだろうか?
だが、収穫はあった。なかなかの勢いで地面につっこんだワイバーンは、片翼の翼に入った骨格と思われる筋が2ヶ所ほど折れた様で、おかしな向きを向いていた。
あれではそうそう飛び上がれまい。
階段状の鉱山を一段降りて向かい合うと、身体を起こしたワイバーンは
「ギギャギャァァーーー!!」
かなり怒ってるな。そりゃそうか。だが、大きな身体で怒り声を上げる様は、それだけで脅威を感じさせる。
だが、ここまでくれば分の悪い戦いじゃない。勝つ必要なんてないんだ。何しろここは城壁の中。追撃されないように足止めして、時間を稼げば誰かが来てくれるはずだ。
伸ばして噛みつこうとする首を剣で払うが、お構い無しに噛みついてきやがった。
<ガキッ>
キバと剣がぶつかって後ろに飛ばされる。なんとか立ったままの体勢を保ったが、傷ついてもお構い無しで体格とパワーを生かしてきたか。
実際、それが一番恐い。剣を怖がってくれれば、魔物でも駆け引きのしようがあるが、パワーで押されては身のこなしが必要だ。
『大型の魔物はオススメできませんよ』
王都のギルドマスターの言葉が脳裏に浮かんだ。今、まさに実感してます。剣を下段から中段に構え直した。剣を恐れないなら、恐れさせるだけの一撃を出さなきゃならない。
再び襲い来るワイバーンに対し
「せりゃあぁー!!」
強く横薙ぎの一撃を叩き込んだ。手に伝わる手応えなどおかまいなく、止まらずに来る首と剣が激突して吹っ飛ばされる。
「ギャウァー!」
地面を転がり、身を起こせばワイバーンの長い首筋に傷が入り苦痛の叫びを上げていた。
「メー・レイ・モート・セイ ヒール!」
勝負を決めるような一撃ではないが、剣の威力を印象つけれればいい。相打ち覚悟で放った甲斐もあったのか、剣をかざすとワイバーンは先ほどより少し慎重になったように見えた。
そして気が付いた。周りに冒険者たちが到着しているのに。だが、皆こっちを見ているだけで手を出そうとしない。何故だ!新手のイジメか!?
動揺を見透かしたかのようにワイバーンの口が迫った。
「おらぁぁーー!!」
頭に血が上り、反撃が雑になった。工夫もなく力まかせに放った一撃は、あっさりとかわされる。
そこにできた隙を、ワイバーンの無事な方の翼腕に弾き飛ばされ、再び地面をなめた。
素早く膝立ちになり、顔を上げると大きく開いた口が目の前まで来ていた。
「くっ」
なりふり構わず横っ飛びし、かろうじてかわして立ち上がった。くっ! こんな不用意な攻撃、我ながらなんて無様な。みっともないっ。
だが、その時、周りを囲む冒険者から声が上がった。
「これはアジフの男の戦いだ! 危なくなれば我ら“砂塵の爪”が助けに入る! 皆! 手を出すんじゃないぞ!!」
な、なんだってーー!? そ、そうなの??
これって男の戦いなの? そんなの全然知らなかったよ!!
はっ!もしかして! !
知らなかったけど、ロクイドルではワイバーンと戦うのは名誉な男の戦いとされてるとかそういう事なのか?
た、確かに、それならこの状況にも説明がつく。そんな戦いを投げ出したら、明日からギルドで何言われるかわからない。
だが、いい情報もあった。危なくなったら “砂塵の爪”が助けに入ってくれるらしい。きっとそういうルールなんだろう。
“砂塵の爪”と言えば、会ったことはないがロクイドルでは名の知れた実力派のCランクパーティだ。強力なバックがいれば、こっちも強気に出られる。やってやろうじゃないか!
くっ! この土地の
ここはなんとしても男を見せなければ!!
「ぜりゃぁぁぁー!!」
ワイバーンに対して義足を大きく踏み出して切りかかる。だが、先ほどの雑な一撃とは違う。
レッテロットに依頼したロクイドル2代目の義足はマイナーチェンジながら、安定感と自由度を両立させて地面を捉えた。
その義足で踏み出したのは翼が折れた腕の前。さっきもらった一撃は無事な方の翼腕だった。その腕、痛いんじゃないのか?
やはり、近いはずの腕では反撃してこずに、首をしならせて横に振ってきた。
「ぐふぅっ」
剣を振り降ろしながらも、首に打たれて飛ばされる。だが、覚悟の上だ!
「メー・レイ・モート・セイ ヒール!」
義足に仕込んだ魔道杖で回復をする。今日4回目のヒールだ。ヒールの残弾は4。
バックにCランクパーティがいるなら多少の無茶もできる。大きなダメージじゃなければ少しくらいもらっても構うものか。
一撃もらう覚悟で放った一撃は、ワイバーンの首に確かな傷跡を残していた。急所を武器にしなきゃならないなんて同情するぜ!
「ギギャラァャーー!」
痛みからか、血を流し咆哮を上げるワイバーン。開けた口をそのままに噛みついてくる。さすがにこれは受けれない。
しゃがみ込みながら剣をかざす。頭上から頭ごと落ちてきた首を咄嗟に横に跳んで躱す。だが、避けきれず横腹に当たってしまった。ほとんどかすっただけなのに身体がズレる威力。鎧が柔らかかったら危なかったかもしれない。
「メー・レイ・モート・セイ ヒール!」
残弾3だ!
その時、周囲から合わさった声が聞こえてきた。
「「「「「アジフ! アジフ!」」」」」
おおー! 男の戦いって奴の演出かなんかか? なかなか盛り上げるじゃないか。
その演出、乗ってみようか!
さっきまでよりも一歩だけ、ワイバーンとの間合いを詰める。当然、その分危険も増す。しかし、その分を剣の速度を上げて補う。
切り返す速さを、剣戟の速度を少しずつ、少しずつ上げていく。
それまでだって手を抜いていた訳じゃない。そんな事をすれば当然苦しい。
「「「「「アジフ! アジフ! アジフ!」」」」」
それでも、どんどん大きくなる声に背中を押してもらう。
剣戟がワイバーンの皮膚を少しずつ削っていき、血飛沫が舞う。
「ギギャァー!!」
剣戟に迫られ咆哮を上げたワイバーンは、無事な方の翼腕を振るってきた。
そっちの翼も潰してほしいか! お望み通りにしてやるっ!
「せらぁっ!」
振られた翼腕に剣を振るうが、腕は思いのほか上を通過し剣先がかすめた程度だった。目の前の翼の膜をそのまま切り裂くと、切り裂いた膜の向こうに身体ごと回転するように襲い掛かる尻尾が見える。
マズイ、などと考える間もなく、振り抜かれた尻尾の直撃をくらい、壁まで吹き飛ばされて激突する。
「ぐはっ」
いいのもらっちまった。
「メー・レイ・モート・セイ ヒール!」
いつの間にか止んでいた声援に、肺の空気を絞り出してつぶやくように唱えたはずの回復の呪文がやけに響いた気がした。
「はぁ、はぁ……メー・レイ・モート・セイ ヒール!」
2回目のヒールで動ける様になり立ち上がった。ワイバーンは回転した身体を正面に向き直し、こちらに迫って来る。
距離が空いてしまったので、ワイバーンの迫る速度が乗った。この勢い、このままでは潰される。
壁を背にして剣を構え、ギリギリまで引き付けて……今だっ!
速度を上げて襲い掛かる首を横っ飛びにかわした。
結構な音がしてワイバーンは頭を壁にぶつけるも、お構い無しに首をこちらに向ける。
地面を転がり身を起こせば、大きく開けた口が迫っていた。
「くっ」
片膝から地面を蹴って、後ずさりつつ立ち上がる、しかしワイバーンはさらに首をのばして、大きく開いた口が迫る。
だが、地面の獲物を狙い開けられた口は、今までよりも低かった。
調子に乗って深追いしたな?
一転して義足を前に出した。義足のつま先で踏み止めたそこは、大きく開いた下顎の中。
義足のスネに付けられたサンドスコーピオンの
<バクンッ>っと口が閉じられたのと、後ろの足を踏み切って跳んだのは、ほぼ同時だった。
口が閉まる勢いも乗って身体が浮き上がり、鉄でできた義足のバネは容易にはちぎれず体を支えた。
そして、口が閉じられ目の前に露わになったのは、ワイバーンの眉間。
飛び込むように、逆手に持った剣先を突き刺した。
「おらぁぁぁぁーーー!!」
ロクイドルで鍛えた腹筋と背筋に全力を込める、そこから剣に体重と勢いをかけて更に深く深く突き刺す。ゼンリマ神父の言った通りだった、無駄な筋肉なんてなかった。
剣は眉間に深く刺さっていき、血が噴き出し、ワイバーンの目が白目を剥く。
一瞬、動きを止めてから、身体の力が抜けたようにふらつき、そのまま身体を地面に横たえた。
義足を咥えられたままなので巻き込まれたが。
「「「「「「おおおおおおーーー!!!」」」」」」
周囲で大きな歓声が上がった。
身動きできず、地面に寝転んだまま空に向かって拳を突き上げた。
どうだ、見たか冒険者ども
ロクイドルの男の儀式、やり遂げてやったぜ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます