捧げる祈り


 ワイバーンのかぎ爪に掴まれて身体が軋んだ時は “ああ、死ぬんだ”って思った。

でも、ワイバーンの背中の向こうから見えたの、文字通り空を跳んでくるアジフさんが。


 神学校を出たけれどそれほど優秀ってわけじゃなくて。かかった年数も長めで卒業した私は、入れる教会もなくって冒険者をするしか無かった。

 Fランクに上がって、このまま冒険者を続けるのかなって思ってた時に、思いがけず冒険者ギルドを通じて来た神学校からの連絡。それは教会への斡旋の連絡だったの。


 初めは喜んだ、でもすぐに気が付いた。その教会がはるか僻地の厳しい所って評判の教会だって。


 それでもその話に乗ったのは、冒険者が向いてなかったから。Gランクの頃はよかった。街中で依頼をしていればよかったから。でもFランクになればそうはいかない。危険な冒険がしたいわけじゃないの。ホントは神様と教会にお仕えしたかったから。


 覚悟を決めて訪れたロクイドルは、確かに暑いけど噂ほど過酷な場所じゃなかった。教会の人は良くしてくれるし、やっぱり戦わなくちゃいけない事はあるけど、武器の扱いだって丁寧に教えてくれた。


 アジフさんはそんな教会の見習いの先輩だった。先輩といっても歳は離れてて、印象は……まぁ、“普通”かな。

 確かに仕事の世話は良くしてくれたし、助けてももらって感謝はしてるけど。


 印象に残ったのは、義足なのに剣士と見習い司祭を掛け持ちする変わった人だな、っていうくらい。顔も悪くはないけど、特にいいわけでもない。普通。


 年齢も離れてるし、“教会の人”って感じ。そんなに興味を持てる人じゃなかった。


 それなのに、そこまでして助けてくれるなんて思ってもみなかった。



 背中に攻撃を受けたワイバーンは私を放して地面に落ちたけれど、地面に落ちた私は怖くて怖くて、力が入らなくて、足が震えてとても立つことなんてできなかった。


 アジフさんは凄い勢いでぶつかったのに、もう立ち上がってワイバーンに向かって行くっていうのに。どうしてあんな事ができるの?


「ルットマ! 無事か!?」


 一緒にFランクのパーティを組んでいた仲間が助けに来てくれた。

立てない私の両脇を抱えて避難させてくれようとしてくれる。でも! まだアジフさんが1人で戦ってるの!

 でも、アジフさんはワイバーンと向かいあったまま一言だけ


「行けっ!」


 それしか言わなかった。それはまるで突き放すようでもあって


「そんな!」


 思わず声が出てしまった。

パーティの仲間たちがかまわず私を運んで、なんとか立たせてくれた。でも、足がプルプル震えて立っているのがやっと。


 でも状況はすぐに変わった。アジフさんを叩いたワイバーンが、その隙に飛び上がってしまったから。


「ルットマ! 離れるな、壁に寄れ!」


 ワイバーンが飛び立ったから、不用意に逃げるわけにはいかない。それだけだってわかってる。でも、“離れるな”って言ってくれたのが、見捨てられてなかったみたいでなんだか安心してしまった。


「アジフさん! 大丈夫ですか!」


 思わず声をかけたのはそんな気持ちがあったからかもしれない。


「ヒールを頼む」


 アジフさんに言われてハッとした。そうだ!私にもできる事があるじゃない!

回復の魔法を唱え、アジフさんが少し楽そうになったのを見たら、足の震えはいつのまにか止まっていた。

 でも、アジフさんが続けて言った言葉に思わず息を飲んでしまった。


「来るぞ! 壁沿いにいればそのまま突っ込んではこれない。減速したら俺が突っ込むからその間に逃げろ」


 ワイバーンがこちらを狙ってきていた。それを一人で止めるっていうの? なんで、


「アジフさん! どうしてそこまでしてくれるんですか!」


 口をついて出てしまった言葉への返事は、予想もしていないものだった。


「お前に死なれちゃ困るんだよ!」


 え!? それってどういう? 一瞬空っぽになった頭で考える間もなく、次の言葉が続いた。


「逃げろー!!」


 ワイバーンが来てた! 全部後回しにして前だけ見てひたすら走った!

でも、後ろから凄い音がして、つい振り向いて見えたのは、バランスを崩して落ちるワイバーンとまるで人形みたいに吹き飛ぶアジフさん。


「!!!」


 何回転もしてようやく止まったアジフさんは、苦しそうにうなっていた。痛そうだけどちゃんと生きてる、よかった。

 ともかく、ともかく回復しなくちゃ!

必死で駆けつけ、唱えたヒールにアジフさんは苦痛にゆがむ顔を少しゆるめた。よかった。


「もう一度行けるか?」


 やっぱり一回じゃ回復しきらない、でももうMPがあと一回分しかない。


「これが最後です! メー・レイ・モート・セイ! ヒール!」


 私がもっとレベル上げをしてれば、もっと回復してあげられたのに……!



 でも、そんな気持ちはアジフさんには届いてなかった。せっかくなんとか立ち上がれるまでに回復したのに、まだワイバーンに向かって歩き始めるなんて!

 なんで!? そんなために回復したんじゃない! 


「もう十分です! 一緒に逃げましょう!」


 今はともかく生きのびなきゃ!

 でも、返ってきた返事はその期待に応えるものではなくて、私を混乱させるものだった。


「俺にはお前を守る理由がある。行ってくれ」


 それってどういう事なの!?わかんない、わかんないよ!ちゃんと説明してよ!



 アジフさんはそのまま行ってしまった。もう口を出す事も止める事もできない。でも、できる事がある。それは目をそらさない事。だって気付いてしまったから。


 この人は“普通”なんかじゃなかった。それなのに“普通”だとしか思えなかったのは、その人のことを見ていないだけなんだって。

 今度は目をそらさないでちゃんと見よう。今からだって、きっと遅くはないはずだから。


 アジフさんとワイバーンの戦いは再び始まった。相手はすごく大きい。アジフさんも苦戦をしている。つい声が出ちゃいそうになるけど、じっとがまんして見続ける。



「これはアジフの男の戦いだ! 危なくなれば我ら“砂塵の爪”が助けに入る! 皆! 手を出すんじゃないぞ!!」


 背後からそんな声が聞こえた。アジフさんの戦いを見ていて気付かなかったけれど、いつの間にか他の冒険者も到着してる。なのに誰も戦いに手を出さない。

 

 男の人の世界ってことなの? そんなのわからないよ!



 でも『そんな事よりアジフさんを助けて!』喉まで出かかったその声は、口には出せなかった。


 だって、みんなすごく真剣な目で戦いを見つめていたから。アジフさんを見捨ててる訳じゃない。ううん、むしろ手を出したくても、じっとがまんしているみたい。


 私には、どうしてアジフさんがそこまでしてくれるのかわからない。アジフさんが言った『守る理由』。それがみんなが戦いに手を出さない理由なの?

 わからない理由がいっぱいで、私の口は声を出さなかった。


 ホントは助けてあげてほしい。でも、アジフさんが頑張ってるこの戦いは見届けなくちゃいけないって、そう感じる気持ちは、戦いを見つめるみんなときっと変わらない。


 無事に帰ってきて、さっきの言葉の意味ちゃんと説明して! お願いだから……



 やられても、やられてもアジフさんは立ち上がる。ちゃんと、見てなきゃいけないのに、視界がにじんでぼやけてしまう。

 その度に涙を拭いて顔をあげる。アジフさんが立ち上がってるのに私がうつむいてるなんてできない。

 


 「「「「「アジフ! アジフ!」」」」」 


 いつの間にか戦場を囲むほどに増えていた冒険者たちから、アジフさんを応援する声があがった。

 せめてこの声がアジフさんの力になってほしい。



「「「「「アジフ! アジフ! アジフ!」」」」」


 戦いを見つめる即席の円形闘技場に声援が響く。


メムリキア様、お願いします。アジフさんをここに無事返してください。



私に出来るのは見てる事と、祈りを捧げる事、それだけだった。



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