冒険者は見た


「城壁の中にワイバーンが現れた! 冒険者が足止めしている! “砂塵の爪”は援護に行ってくれっ」


 そんな事を言われたのは、鉄鉱石の運搬日で張り切って来たのに、砂漠で特大のサンドウォームが出たとかで中止になって、仕方なくチョボチョボと集まってきた魔物を狩り、それも終わりに差し掛かった頃だ。


「ワイバーンだって? なんだってそんな奴が来たんだ?」


「さぁな、時々あるって聞く、はぐれワイバーンだろ? まぁ、俺たちならCランク魔物の一匹くらいなんとかなるだろ」


 俺たちCランクパーティ “砂塵の爪”はCランク冒険者が5人そろったロクイドルでも名の知れたパーティだ。


 同じエリアにはロクイドルでもトップのBランクパーティ “砂海の暁”がいたんだが、サンドウォームの退治に向かっていった。俺たちはここで残って持ち場を任されていたわけだ。


 城壁から降りて来るゴンドラに乗って上に昇る。城壁の上にいた領兵は慌てているようだった。


「見つけるのが遅れて鉱山の真ん中を抜かれた。冒険者4人が対応しているが、分が悪そうだ。今からじゃ弓を打っても巻き込んでしまう、助けてやってくれ!」


 ふ~ん、外ばっかり見てた隙もあったのかね。城壁の中なら低ランクパーティだろう。まぁ、ゴンドラ係の領兵じゃワイバーンは無理だしな。急いでやったほうが良さそうだ。



「急ぐぞ!」


「「「「応っ!」」」」


 そろった呼吸の返事がくる。長年組んだパーティだ。今更細かい打ち合わせなど必要ない。


 城壁塔の階段を降りて、ワイバーンの姿が下に見える鉱山の階段状の穴を降り始めると、ワイバーンが飛び立つのが見えた。散発的に矢が飛ぶが、牽制にもなってないし、落ちてきた矢が味方に当たるからやめてくれ。


「ありゃ、逃げたか?」


 パーティーメンバーが言うが、ワイバーンは上空で円を描いた。


「いや、あれは獲物を狙う動きだ。下の冒険者を狙っているぞ!」


 走るペースを上げて急ぐが、ワイバーンは降下の動きに入った。もうすぐ着くからなんとか耐えてくれよ!


 降下したワイバーンは足のかぎ爪で冒険者パーティへ襲い掛かったが、パーティはいい反応でかわしたかに見えた。だが、ワイバーンは華麗に向きを変えて追撃にかかった。

 そこに一人の冒険者が振り返って、足のかぎ爪に向かって剣を叩きつけやがった。なんて無茶しやがる!



 当然の様に冒険者は弾き飛ばされ、人形の様に吹っ飛んだ。だが、ワイバーンも空中でつまずいた様にバランスを崩し、土煙を上げて勢いよく下の段へ墜落した。


「あいつ、生きてるか?」


「わからん、だが生きてたらお手柄だな」


 吹っ飛んだ冒険者に、法衣の様な装備を着た女の冒険者が駆け寄った。恐らく回復術師だろう。

しばらくすると、吹っ飛んだ冒険者が回復したのか、立ち上がるのが見えた。

よかった、生きてたか。ここからは俺達に任せて休んどけっ



 そう思った、だが俺達はそこから動けなかった。だって聞いちまったんだ。


 ボロボロになるまでやられても立ち上がって、後ろなんて見もしないで剣を手にして言った言葉を。


「俺にはお前を守る理由がある」


 そんな事言われたら、後から来てしゃしゃり出たって、かっこ悪すぎて手なんて出せねえよ。



 俺達は足を止めてお互いの顔を見合わせてうなずいた。それぞれの得物を地面に置き、腕を組んで戦いを見つめた。


 パーティの仲間なのか、一緒にいた冒険者がこちらを見て走り寄ってくる。


「なんでっ! 助けないんですかっ!?」


 冒険者はそう言ったが、妙な事を言う奴だ。


「お前らこそ助けないのか? パーティメンバーなんだろ?」


「違いますっ! 僕らはFランクパーティでワイバーンなんて無理です! あの人はウチのパーティメンバーの知り合いでずっと一人で僕らを守ってくれてるんです! だから早く……!」



 そうだったのか! あの男はずっと一人で……なんてことだ。漢じゃねぇか!

そんな話聞いたらよけいに手なんて出せねぇ。


「Fランクなら実戦に出て間もないな。ならよく見ておけ、冒険者には、いや男には譲れない戦いがある。お前らを守った? 違うな。あいつが守ったのはあの嬢ちゃんだ。見ろ」


 そう言って指をさした先には、目に涙を浮かべながらも、その男の戦いを目をそらさずにじっと見つめる女がいた。


「あれは信じる男の戦いを見つめる目だ。もちろん、本当に危なくなったら助けは出す。だがな、こいつはそんなに簡単に手を出していいほど軽い戦いじゃねぇんだ! わかったか? わかったら黙って見ていろっ」


 

 冒険者はそれを聞いて黙って戻って行った。そうだ、しっかり見ておけ。男をかけた戦いを見れたなら、自分自身の戦いも変わるはずだからな。


 そんな間にも男とワイバーンの戦いは続いていた。よく戦っているが、男がやや不利か?ワイバーンとは体格差があるとはいえ、動きにぎこちなさが見えるが……

と、戦いを見ていたパーティメンバーが声をだした。


「あいつ、義足じゃないか?」


「何!?」


 義足であれほどの動きを!? そんな馬鹿な!

だが、よく見れば、男の片足は確かに妙な形をした義足だった。


「義足、義足の剣士か。思い出した」


「何をだ?」


「ロクイドル教会の司祭で義足の剣士。あの妙な義足、ギルドで見たことがある」


「それがあいつか。それで、アイツの名前は何ていうんだ?」


「確か……アジフだ。Dランクの」

 

「そうか、アジフというのか。どうやら覚えておかなきゃならない名前のようだな」


 すでに周囲には何組かの冒険者パーティが集まり、一人戦う男に手助けしない異様な空気に戸惑っていた。しかも、何事かと、まだ上から降りてくる冒険者が続いている。


 む、これはいかんな。不心得者が戦いに余計な手出しをしてはいかん。一言いっておかねば。



「これはアジフの男の戦いだ! 危なくなれば我ら“砂塵の爪”が助けに入る! 皆! 手を出すんじゃないぞ!!」


「「「「「「おお!」」」」」


 周囲から「そうだったのか」と、納得の声が上がり、我々と同じように武器を地に置いて腕を組んだ。



 そんな中でも、アジフとワイバーンの戦いは続いていた。ワイバーンも徐々に傷を増やしているが、やはり義足では苦しいのか何度も倒されてしまっていた。


 見ている我々もその都度組む腕に、握る拳に力が入る。何度も、もう助けに入ろうかと思った。


 だが、このアジフという男、何度倒されてもその度に起き上がり、その度にワイバーンに向かって行くのだ。周囲の冒険者も異変に気付き始め、ざわめきが広がっていく。


「……立て、アジフ」


 それは初めは小さな声だった。


「アジフ! 行け!」

「やっちまえ! アジフ!」


 徐々に重なる声が大きさを増していく。


「「「「「アジフ! アジフ!」」」」」 


 いつしか声は合わさって大きな声援になっていた。



 戦いを見つめる者は冒険者だけではなかった。いつの間にか鉱夫や領兵も集まって来ている。人が増えた円形の階段状の鉱山は、さながら円形闘技場の様だ。


 ふふふ……アジフとやら、同じ男としてうらやましいぞ。これほどの舞台で戦えるとは。




「「「「「アジフ! アジフ! アジフ!」」」」」



 一人の男の戦いを見つめる即席の円形闘技場に、その声援は大きく響いていた。



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