レベル上げ


『レベル上げソロで問題ありません』

 ああ、なんかそんな調子に乗った事言ってた奴がいたっけ。


 レベル上げのために城壁の外に出た初日に、現地の冒険者の狩りを見てソロでのレベル上げはあきらめた。


 冒険者ギルドの受付で相談したところ、臨時でのパーティへの参加を勧めてくれたのだが、これが思いのほか受けがよかった。

 見習い司祭だが自分で剣で戦えるDランク冒険者の需要は、「守る余裕はないが回復はしてほしい」冒険者にポーション不足が相まって人気が出たんだ。

 

 それ以来、レベル上げは臨時で参加するパーティを探して参加するようになっていた。



「おら! 来やがれ!」


 岩でできた厚い皮膚を背中に持ち、砂に潜るワニ。Dランクの魔物ロッククロコダイルが、大盾を構え挑発する冒険者に大口を開けて襲い掛かる。だが、いくら全長4mはあろうかという長さでも、さすがにタワーシールドに丸ごと噛みつくのは無理だ。


 前で気を引いている間に、背後から装甲の薄い足の付け根へ剣を刺して、すぐに離脱する。刺されたロッククロコダイルがその硬い装甲の巨体で暴れ回ればそれだけで脅威だ。

 距離を取って暴れさせ、疲れて止まれば再び大盾持ちのワキルズが前に立ちふさがり、パーティメンバーが周囲を囲って攻撃する。


 基本はその繰り返しだが、視界の端に土煙が上がった。こちらに向かってくるのは……デザートワインダーが2匹か!


「ビミー!」


 声をかけつつロッククロコダイルの包囲から抜ける。誰かもう一人欲しいが……、双斧使いのデルムイがついて来てくれた。デザートワインダーの装甲はそれほど硬くない。斧は効果が高い、いい判断だ。


「任せるぞ!」


 後ろから 声がかかる。


「おうっ」


 答えて前に出た。急造パーティなので、ちょっとした連絡が欠かせない。


 鉱山を囲う城壁の周囲の荒野なので、砂漠ほど器用に泳げないデザートワインダーを迎え撃つ。向かってくる勢いそのままに跳びかかってくるが、砂漠よりも速さも高さもない。


 中段から腰ほどの高さで噛みついてくるデザートワインダーを横薙ぎに迎撃すれば、慌てたように首を戻した。逃がすかよ!  義足を踏み出し、剣を切り返して追撃する。


<ギィンッ>

ちっ! 身をよじって硬い背中側で受けられた、が

敵に背中を向けちゃいけないな!


 すり足で更に一歩前に踏み出し、背中を打たれたデザートワインダーがこちらを向く間に上段で剣を回して首元を振り抜いた。

 首を半分以上切り裂いたにもかかわらず、胴体がまだうねうねしてやがる。


 新しく作った義足の調子は良好だ。踏みしめる動作は上手くいかなかったが、それでもすり足なら前後の踏みかえができるくらいにはなった。

 足底に丸みをもたせたのは成功だった。ほんのちょっと角度が付くだけで自由度が違う。ほんの少しでもこれなんだ。足首ってよくできてる。凄い。


 もう一匹はまだデルムイと戦っていたが、パーティの他の3人がロッククロコダイルを倒して加勢に入るところだった。参加するまでもないだろう。周囲を警戒しながらパーティの戦闘が終わるのを待った。


「よしっ運ぶぞ!」


 戦闘が終わるとすぐにパーティリーダーのビミーが声をかけて魔物の運搬が始まる。義足で重い物を運ぶのは大変なので、そこは見逃してもらって周囲の警戒係だ。


 何しろ鉄丸虫の死体をエサに魔物をおびき寄せているので、いつまた魔物が現れてもおかしくない。

 倒した魔物を城壁の決まった場所まで運んで笛を吹くと、城壁からゴンドラが降りてくる。ゴンドラに魔物の死体を載せれば、引き上げて交換で上から預かり札を投げてくれる。

 引き上げ料と解体料は取られるが、解体と運搬をやっておいてくれるんだ。その間に台車に載せた鉄丸虫の死体と狩場へ戻る。



 そばでこんな狩りをされては、ソロでレベル上げなんてやってられない。しかも、現れた魔物に手を出せば狩りの邪魔になってしまう。いくらパーティで戦えばレベルの上がる速度が落ちるとはいっても、一人魔物を探して荒野をさまようのとは効率も危険度も違いすぎる。


「お疲れさん、まだ行けるか?」


 ビミーが話しかけてきた。最近よくパーティを組む、馴染みといっていい冒険者だ。このパーティのリーダーでもある。


「こっちは問題ない。誰か回復が必要か?」


「盾持ちのワキルズがどうしてもな。まだ余裕はあるが、頼めるか?」


回復職ヒーラーだぜ? 当然だろ」


「ロクイドル教会の回復職を見てると、ヒーラーって何なのかわからなくなるな」


 失礼な! あんな化け物みたいに強い連中と一緒にされては困る!

盾に身を預けて休むワキルズへ近づいて、身体にをかざし


「メー・レイ・モート・セイ! ヒール!」


ヒールの呪文を唱えた。


「助かったぜ。タネは知ってても不思議なもんだな」


 回復したワキルズが礼を言う。そうなんだ、これがレッテロットに依頼した左手に装着した小盾形魔道杖の効果。導体部分が短くなって落ちた射程距離を、指向性を限定する事で通常の杖と同じ程度まで補っている。

 普通の魔道杖よりも正確に、魔法を発動させる対象に手を向け狙いを定めないといけない。


その結果として、まるで杖を持たずに魔法を発動しているように見えるのだ!!

素晴らしい! 完璧な仕事だぜレッテロット!


 回復をする度にちょっとびっくりされるのがクセになりそうだ。狙いがシビアなので恐らく攻撃魔法の距離では使えないが、攻撃魔法は使えないので問題ない。


 義足に仕込んだ導体は、今はヒールしか使えないので怪我をしないと出番がないし、自分にしか使えない。味方を蹴りながら回復する趣味はない。


「ほら、次がおいでなすったぜ」


 ビミーの声に振り返れば、現れたのはサンドスコーピオン、とその後ろにもう一匹か。ワキルズが盾を持ち上げ正面に向かっていく。もう一匹は大槌使いのヌスルスが向かったか。待ちのスタイルしかない義足では、こんな時はどうしても出遅れる。


 <ガキンッ>

 サンドスコーピオンのハサミとワキルズの盾が激突した音が響く。少し距離を置いてその横をコソコソと通り抜け


「うおりゃぁ!」


 尻尾の付け根の関節を目指し、上段から剣を振り降ろす。正面のワキルズに気を取られていたサンドスコーピオンは無防備にその一撃を受けた。


 尻尾がちぎれたサンドスコーピオンは驚いてそのまま後ろに退こうとしたが、尻尾の切り口に剣を当てると、退がる勢いそのままに剣が<ズニュリ>と差し込まれた。


 気持ち悪いが、そのまま体重をかければ柔らかい腹側に剣先が突き抜ける。その勢いでサンドスコーピオンともつれて転んでしまったが、もうピクピクするだけで抵抗する力は無いようだ。起き上がって周囲を確認する。


「まだ来てるぞ!」


 横にいたワキルズの声が耳に入った。サンドスコーピオンから剣を引き抜いて確認すると、5匹ほどの犬のような群れが見えた。ポイズン・コヨーテ。一匹の強さではFランクだが、毒を持ち小さな群れを組む危険な魔物だ。集団で戦場をかき回されると面倒なことになる。

 ワキルズの盾を中心に、左右に双斧使いのデルムイと戦列を組んで向かい合うと、背後からビミーの声が聞こえた。


「右! ロッククロコダイルだ!」


 ワニだったら水辺で大人しくしておけっ!


「任せたぞ!」


 ワキルズがこちらを離れて対応に向かった。Fランクの魔物なら盾役が居なくても問題はない。こちらも早く片付けなくては。


「一旦、鉄丸虫を燃やすぞ!」


 背後で台車から落とされた鉄丸虫に火がかけられた。あらかじめ油がかけてあるのですぐに火は勢いを増す。燃やせば魔物を引き付ける匂いは飛んでしまうのだ。


「キャウンッ」


 ポイズン・コヨーテ2匹を撫で斬りにして、デルムイの斧が1匹の頭を割ると、残りの2匹は逃げていった。

 雑魚を追いかける余裕も足もない、ロッククロコダイルの包囲網に参加するべく向きを変えた。こいつを倒せば一休みだ!



 街の近くで繰り広げられる戦いに、すっかり涼しくなった砂漠の季節にもかかわらず汗が噴き出す。


 季節の歩みに合わせるように、レベルは少しずつだが、確実に上がっていった。


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