砂漠の教会
「いや、どこの王城だよ」
そう言わずに居られないほどにロクイドルの城壁は高く、巨大だった。しかも正確に切り揃えられた石が隙間なく積まれている。ただの街の防壁じゃない。
「気持ちはわかるが、早く中に入るぞ。外はまだ危険だ」
護衛冒険者にせかされて門へと向かった。
入門で衛兵に冒険者プレートを見せ、門をくぐると、街の中は外とは別世界だった。
建物は石造りで白い家が多いようだ、道にも石畳が隙間なく敷かれている。もう夜の半分、つまり日が変わる時間を過ぎているというのに酒場には灯りがともり、喧騒が聞こえてくる。通りに人通りもある。
砂漠から来ると、これだけの人がいったいどこから来たのかと、不思議に思ってしまう。
「すまないが、今夜の宿に当てがない。どこか知ってたら教えてくれないか?」
護衛の冒険者にたずねた。
「いや、どうせギルドに行くんだから一緒に行ってそこで聞けばいいだろ?」
「こんな夜中でもギルドが開いてるのか?」
「この街は少し特別でな。一日中、一年中開いてるのさ」
年中無休なのか! ギルド職員の皆様、お疲れさまです。
訪れたギルドは、飾りっけがなく無骨だが重厚な大きな建物だった。がっしりとした扉を開けると、確かに夜中だというのにランプの灯かりがあちこちに灯っている。
ちらほらと冒険者の姿も見えるが、さすがに受付で並ぶ程の事はないようだ。ただ、3つある窓口も今は1つしか開いていないようなので、護衛冒険者の後ろに並んだ。
「世話になったな」
「なに、こっちも仕事さ」
護衛冒険者と挨拶を交わして別れ、受付へ冒険者プレートを渡した。夜中だからだろうか、受付にいたのは落ち着いた色の赤毛の、まだ若い青年だった。
「到着の報告と、あと街の案内が欲しいんだ」
青年は冒険者プレートを確認してプレートの書き換えをしてくれた。
「アジフさん、ようこそロクイドルへ。受付のロヤラです。夜の担当が多いです。よろしくお願いします」
冒険者プレートと、街の案内を渡してくれながら挨拶をしてくれた。なんだか好青年だな。
「ありがとう、この街で教会に入る予定なんだ。よろしく頼むよ」
「そ、そうですか、それはご苦労様です。がんばってください」
なんだろう、視線に憐みを感じたが気のせいだろうか。そのままギルドの出口に向かおうとすると途中で冒険者に声をかけられた。
「なぁ、あんた見ない顔だが、この街で冒険者をするのか?」
話しかけてきた男は、年齢は25くらいだろうか。装備にも目つきにも隙のなさそうな剣士だった。
「ああ、一応そのつもりだ」
兼業になるだろうけど。新人冒険者でもないんだが。こうやって話しかけられるのは、なんだか久しぶりだな。
「だったら、この街の冒険者のルールを教えなきゃならねぇ。おっと、勘違いするなよこれはギルドだって認めてるんだ」
そうなのか? 受付のロヤラをちらっと見る。まあ、どうせ冒険者同士の事柄には不干渉なのだろうが。
だが、ロヤラは受付カウンターから身を乗り出して大声を出した。
「ビミーさん! その人は! 教会に入るそうです!」
それを聞いた冒険者の顔から”ピキッ”っと固まる音がした。
「そ、そうだったのかい。さっきの話は忘れてくれ。おれはDランクのビミーだ、よろしく頼む」
そう言って肩を“ポンッ”と叩かれ、引き返していった。なんだっていうんだ。
気にはなるが、ともかくベッドで寝たい。早く宿屋を探すべく、ギルドの扉を開き街へ向かった。
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アジフさんが扉を出て行く背中を、受付カウンターからビミーさんと一緒に見つめていた。
「なあ、ロヤラ、今度はどれくらい持つと思う?」
ビミーさんが聞いてくるけど、僕だってそれが知りたい。
「前回の見習いさんは1ヶ月でした。今度はもう少しいてほしいですね」
「あそこはキツイからなぁ。俺だって無理だ。少なくともしばらくは依頼どころじゃねぇだろうな」
教会はこの街の貴重な戦力だから、なんとかがんばってほしい。
「でも! アジフさんはDランク冒険者でしたから、ひょっとするかもしれませんよ」
「確かに、今までみたいなひよっこの見習い司祭よりはマシかもな。あの足でどこまでやれるか知らねえが」
プレート更新の時にギルドの魔道具でちらっと見た、最近のDランク依頼達成の履歴もある様子だった。ソロでしかも義足で達成したとしたらスゴイ事だ。
「僕はちょっと期待しちゃいます」
「そう願いたいもんだがな」
そんな事を言いつつも、ビミーさんはもう動かないギルドの扉をずっと見ていた。
その目は期待しているようには見えなかったけど。
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街の案内でギルドから近い宿へ大人しく入った。案内を見るだけでも、この街はかなり広い。
部屋に入り、装備を解いて久しぶりに身体を湯で拭き取ると、旅の疲れが解けていくようだった。部屋着に着替え固いベッドに倒れ込むと、遠くで何かの音が聞こえた。だが、旅の疲れは容赦なく襲い掛かり、すぐに意識を失うように眠ってしまった。
寝たのが遅い時間だったこともあって、翌朝はしっかりと寝坊をした。遅い朝食を食べる前に洗濯を済ませて、剣術の型の稽古を魔力を動かしながらこなして汗を流す。
剣の稽古と、魔力操作の訓練と、並列思考の訓練が同時にできるお得な日課だ。欠かす理由はない。
朝食を済ませる頃には、砂漠の気候と強い日差しに洗濯物は乾いてしまう。荷物と装備を整えて宿を出発した。
街の案内を見ながら、ロクイドルの街の中心近くにある教会を目指す。日差しの下で見る街並みは活気と人に溢れていた。
意外なほどに水が多く、街並みには緑が並び、広場には泉まで作ってあった。周囲を見ながら歩いていると<ドン>と遠くで音がした。昨夜も聞こえた音だ。周囲を見渡しても皆特に気にする様子もない。
何の音なんだろうと首をかしげながらも進んで行くと、立派な教会が見えてきた。
装飾こそ少ない石積みのシンプルなデザインだが、大きさだけなら王都の教会と変わらない。
<ゴクリ>
と、ついにここまでたどり着いた目的地に、緊張で唾を飲んだ。覚悟を決めて教会に足を踏み入れる。まずは修道服を着たシスターに話しかけようと近づいた。
そのシスターは大きかった。確実に2mは超えているであろう身長、そしてゆったりとした修道服ですら隠し切れないはちきれんばかりの筋肉。
そして修道服から飛び出た茶色の尻尾と、頭にかぶるベールは頭の上に丸い耳の形をとられていた。シスターは獣人のようだ。なんの獣人かわからないが。
「あ、あの」
「なんだい?」
「この教会で修行をさせていただくべく訪れさせていただきました、アジフといいます。神父様にお取次ぎ願いたいのですが」
そう言って、王都の神父様から預かった手紙を差し出した。シスターは手紙を受け取って見つめ、しばらく考えてた。
「ああ、そう言えばだいぶ前にそんな話もあったねぇ、ちょっとそこで待ってな」
思い出したようにそう言うと、手紙を持って奥へ向かっていった。しばらくすると、司祭服をきた男性が奥から現れた。この人が神父様だろうか。
この男性も大きい。2mとはいかないが、190cmほどはあるだろうか。青い髪と青い目が涼やかだが、そんな印象を吹き飛ばすのは、こちらも身にまとう圧倒的な筋肉。
本を持つその手はオーク程度なら撲殺できそうなほどに太く、胸板でフォレストウルフを圧殺できるであろう事は疑いようもない。ここ教会だよな?
「神父様でしょうか? 私はアジフと申します。こちらで…」
「ああ、すみません。私は神父様ではないんですよ。すぐおいでになりますので」
見た目からは想像できないほど丁寧な声でそう言うと、奥からシスターが戻ってきた。
この2人に挟まれると圧迫感がすごい。そしてこの筋肉の回廊から姿を現したのは
「待たせたな、ワシが神父のゼンリマだ」
身長にすれば2人の半分ほどであろう、だが筋骨隆々たる体躯はけして劣る事のない、神父服を着ていたのはそんなドワーフだった。
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