短絡詠唱
光魔法の修行に来たはずなんだ。
筋肉とドワーフに囲まれて最初に頭をよぎったのは、そんな感想だった。
この世界のドワーフは、背が低く、腕や足は短く太い。胸板は個人差はあるものの概ね厚く、男性の髭は1/3くらいが剃っているようだが、伸ばしているドワーフの髭は濃い。
女性に髭は生えていないし、歳をとっても幼女だったりはしない。寿命は人間より少しだけ長いと聞く。 一般的にイメージするドワーフと大差ないって言えるけど、魔法が得意とも聞いた事がない。
だが、大酒飲みエルフのオリオレの例もある。油断はできない。
「ゼンリマ神父、ラズシッタ王都より参りましたアジフと申します」
「ああ、手紙にあった通りだな。足を失って光魔法の修行がしたいと。間違いないか?」
「間違いありません」
「信仰に厚く、すでに洗礼も受けていると聞く。だが、ウチも人手は足りんし光魔法の使い手は一人でも多く欲しい、ただ修行をさせることなどできん。教会の仕事もしてもらうぞ」
「もちろんそのつもりです。出来る限りの事はしますので言って下さい」
「よく言った。まずはこの2人から教会の仕事を学ぶといい。修行は仕事を覚えてからだ」
「アジフさん、初めまして。私はラバハスク神聖帝国から派遣されております。司祭のキフメと申します」
出向さんかな? ラバハスクと言えばここから更に南の大国だ。そんな所からどうして、と思うがいきなりあって事情など聞けない。そのうちに聞けばいいだろう。
「アタシはペメリだ。シスターペメリなんて呼ぶんじゃないよ。ペメリで十分だ。生まれも育ちもロクイドルの獅子の獣人だ。よろしくな」
獅子の獣人だったのか。ぱっちりした目と筋の通った鼻は言われて見ればそれっぽい。
「お二人とも、未熟者ですが、よろしくお願いします」
「まずはアタシが教会を案内してやるよ、ついてきな」
ペメリさんがまず案内してくれたのは、表の礼拝堂と裏の生活区域。生活区域には、家事担当の下働きのマリキットさんがいて、料理はしなくて済みそうだ。よかった。
「ここがあんたの部屋だよ」
そう言って案内されたのは、裏口のそばの4畳半ほどの部屋だった。部屋には衣装棚が一つ。荷物もない身としては、充分な広さと言える。
「その棚の中に見習い用の服が入ってる。待っててやるからその鎧を脱いで着替えちまいな」
そう言ってペメリさんは部屋を出て行った。服のサイズとか大丈夫なんだろうか。
だが、鎧を脱いで着てみれば、その理由はすぐわかった。ダボっとした上から被るだけのフードと袖のないポンチョみたいな造りだったんだ。
荷物を置いて見習い服に着替えると、次に案内をされたのは教会に併設された治療院だった。回復魔法の使い手は教会か神殿の関係者なので、どちらかに併設されているのが普通だ。
街には他に病院があって、そちらは病気を担当している。治療院が外科、病院が内科といった関係に近い。病気を治す呪文もあればいいのに。
「治療は日中、アタシとキフメで担当している。それと見習いが1人」
治療院の中に入ると、今着ているのと同じ見習い服を着た少年が働いていた。
「手を止めな、若くない新入りだよ」
<パンッ>と手を叩き少年を呼び寄せた。まだ十代になったばかりであろう少年に比べれば若くないのはわかるが、ステータス上ではまだ26歳なのだが。
「この教会でお世話になる事になったアジフといいます。見ての通り義足の身ですが、よろしくお願いします」
「見習いのリネルです」
そう言ってペコリと頭を下げた金髪の少年。
「ここの仕事は「怪我人だ! 頼む!」」
話を割って治療院のドアが開けられ、タンカで人が運ばれてきた。足の向きがおかしい。骨折か。
「そのまま寝台に置け! リネル、ズボンを剥いて足をまっすぐにしな!」
「はいっ」
2人はテキパキと動いて作業着らしき服を着た男性から、怪我した足に引っかかってもお構い無しにズボンを脱がせた。
「ぐぅぁーっ!」
男性は痛がるが、足の向きを揃えて手にした杖をかざし
「メー・レイ・モート・セイ! ヒール!」
「ぐっ」
怪我をした男性は少しだけ声をあげた後、表情をやわらげた。
「シスター、ありがとうございます」
「寄付は銀貨3枚だよ、さっさとズボンを履いて出て行きな」
ペメリさんは追い払う様に手を振った。骨折の治療費が日本円に換算すると3000円。随分と安く感じるかもしれないが、元手も無ければ入院もない。何より教会は営利目的ではないんだ。
ちなみにポーションも一瓶銀貨3枚だ。瓶を返すと銅貨5枚返ってくるぞ。
危険な現場ではポーションを持っておくのが普通だ。おそらくさっきの男性は普段は危険の少ない現場か、近くで怪我をしたのだろう。
「こんな感じで治療の補助と掃除、怪我人が来たら教会まで呼びに来るのが仕事だな」
「いつも誰かいないといけないんです。アジフさんが来てくれれば交代できます」
リネル君が笑顔で嬉しそうにそう言った。まだ少年なのになんて不憫な…ううっ……
「これからは一緒にがんばろうなっ」
そう言って手を差し出そうとした時、治療院の扉が再び開いた。
「おっ、今日はシスターか。ヘマしちまってな、治してくれよ」
そう言って血の流れる腕を押さえながら入ってきたのは冒険者だった。
冒険者!? 普通その場でポーションで治すだろ?
い、いや、そう言えばこの街の周囲は危険な砂漠と荒野だったな。よっぽど近くで怪我したに違いない。
「またお前か、ヘマじゃなくていつも通りだろ? ほら、傷口を見せろ……ふぅん、大して深くないな。そうだ、アジフ。おもしれぇもん見せてやるからよく見とけよ」
ペメリさんはそう言うと、傷口に杖をかざして
「ヒール!」
と、唱えた。傷口が光って治っていく。
呪文がなかった! まさか!
「短絡詠唱ですか!」
「そうだ、すげぇだろ」
「短絡詠唱」はスキルとしては存在しない。だが、同じ呪文を何度も何度も使うと、呪文がなくても発動キーだけで発動できるようになるという。
「初めて見ました! すごい!」
思わず拍手した。
「え~。ちゃんと詠唱してくれよ~」
それに対して冒険者は不服げだ。ちゃんと詠唱したほうが効果は高いからだろう。
「傷は治ってるだろ? 寄付はちゃんと払えよ」
もう「寄付」じゃなくて「治療費」でいいと思うんだが。教会の体面の問題だろうから口は出さないが。冒険者は文句を言いながらも寄付をして出て行った。
「どれくらいヒールを使えば短絡詠唱が使えるんです?」
冒険者の流した血をリネルと拭き掃除しながら聞いてみた。
「ああ、それを数えたヒマな魔術師とヒマな司祭がいてな。元素魔術でも回復魔法でも、一つの呪文で短絡詠唱に至る回数は1万回だ」
い、いちまんですか…。
「ち、ちなみに無詠唱は…」
「ヒマな司祭は途中でくじけてな、回復魔法は5万回以上としかわかってないが、ヒマな魔術師は10万回で無詠唱に至ったらしい」
じゅ、じゅうまん…。
短絡詠唱も無詠唱もスキルではない技術なので、剣術の技と同じ様に一つの呪文ごとに熟練が必要になると言う事だ。
ただ、剣術と違って一つの技が他の技を引き上げたりはしない。たとえ一つの呪文が無詠唱で使えても、他の呪文は短絡詠唱にも無詠唱にもならない。
それだけの熟練度を上げるために、いったいどれだけの年月を必要とするのだろうか。
…ん?それだけの熟練を積み重ねたって事は。
「ペメリさんっていくつなんですか?」
熟考の上にたずねた質問だったが、返事の代わりに飛んできたのは水の入った花瓶だった。
ああっ! また掃除がっ!
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