到着


<キィン>


 夜の砂漠に剣戟の音が響く。


「くっ」


 甲殻のスキマを狙うがそう上手くはいかない。1.5mほどの地を這うような姿、両手の大きなハサミ、「毒があります」と主張する尻尾。砂を確実に捉える6本の足は、素早い動きを可能にしている。サンドスコーピオン、砂漠の夜に出現する強敵だ。


 切り札の生活魔法<ライト>は少しだけ避けるような動作はしたものの、大きな隙を作るまではいたらなかった。サソリには効果が薄いのだろう。さらさらで柔らかい砂地は足を取り、義足のバネの力を逃がし、最初は苦戦した。


「だりゃぁー!」 


 だが、仕方がないので、力まかせに剣を振るっていて気が付いた。力を入れすぎた方が調子がいいんだ。

  逃げる以上の力を加えれば、義足のバネもちゃんと利く。ただし、待ちの体勢で止まってしまっては力を蓄えられない。むしろ前に出たほうが調子がいい。その分体力は使うが。


 固い地面では足首が無いため角度の調整もできないし、かかとが無いため踏ん張れなかった。しかし、砂漠では砂に埋まってくれるので、足に角度がついて義足では逆に踏ん張りが利く。

 いや、正確には、普通の足と同じように踏ん張りが利かないと言うべきか。


 サンドスコーピオンのハサミを跳ね上げ、剣を切り返して裏側の関節から切り飛ばした。苦し紛れに刺し出された尻尾も、最初は驚いたが予備動作が大きいので逆にチャンスとさえ思える。

 尻尾を剣で弾き返し、ハサミを切り落とした側へ一歩踏み出し、身体の下の砂地へ剣を差し込む。


「でりゃぁぁー!」


 そのまま力ずくでひっくり返した。こいつらパワーがある割に体重が軽い。柔らかい腹側を見せたその隙を見逃すはずもなく、首と思われる辺りに刺した剣を、そのまま腹まで引き裂いた。


 周囲を見渡せば、キャラバンを襲っていた他の魔物もあらかた片付いていた。


「おつかれさん」


「ああ、助かったよ」


 キャラバンの護衛冒険者と声をかけあった。



 ライメトンで装備や準備を整えた後、鉱山都市ロクイドルへと向かうキャラバンに参加して目的地を目指していた。ロクイドルまでは片道4日の日程で、すでにその3日目となっている。


 夜に戦闘をしていたのは、夜営を襲われたのではなく、夜に移動していたからだ。日中は暑いのでテントで休む昼夜逆転の旅だ。


 それなら装備の更新は必要なさそうにも思えるが、昼間も戦闘はあって鎧を全部外して寝る訳にはいかないのだ。熱中症で死んでしまう危険すらある。

 異世界まで来て死因が熱中症では浮かばれないにも程がある。そんな危険を犯す気はない。


 新しく仕入れた装備は、サンドスコーピオンの上位種キラースコーピオンの外殻を使用した革鎧……と言うよりは軽甲冑とでも言うべきか。ともかく軽い、そして通気性が良く涼しい。ただ、砂漠の夜には少し寒い。

 普段はふんわりとしたマントを羽織って、戦闘時だけ外している。もう少し季節が進めば、鎧下を厚い物に替えたほうがいいかもしれない。

 籠手、グリーブとのフルセットで、金貨18枚と全財産の半分以上が吹っ飛んでしまった。だが、命には代えられないし、これでもラズシッタで買う半額近い。素材の産地なので安く買えたんだ。



 サンドスコーピオンを丸ごとグランドリザードが背負う荷物へ積むと、グランドリザードは少しだけ嫌そうに身をよじった。ごめんよ。


 意外だったのだが、サンドスコーピオンは美味い。人気の食材なんだ。そろそろ東の空が赤く明るくなってきたので、寝る前の朝食? にさせてもらおう。


 広大な砂漠に感動的な朝日が昇るが、のんびりしているヒマはない。キャラバンのテントの設営を手伝わなければならない。

 テントはしっかりとしたもので、木の枠に布を張っているのだが、床に張った布の端が30cmほど上向きになっていて、砂や虫や蛇の侵入を阻む。

 結構なお値段がしたのと、この旅が終わってから使うかどうかわからなかったので、自分で買わずに間借りさせてもらう事にしたんだ。


「ほらよ、できたぜ」


 その間にも、サンドスコーピオンはキャラバンのメンバーによって料理されていた。

 日本にいた頃は虫を食べるなど思いもよらなかった。しかし1.5mものサソリの魔物ともなれば、もはや別物だと思う。

 少なくとも、解体された肉は食材以外の何かには見えない。うまい。もぐもぐ

残った外殻と尻尾の先とハサミは袋に詰め込んだ。いい値段で売れるんだ。


 砂丘の谷間に建てたテントも、日が昇ればあっという間に日差しにさらされる。

寝ている間の見張は、専用に作られた日よけでキャラバン全員でローテーションするので、一人当たりの担当はかなり少ない。2時間くらいだろうか。しかも、視界のいい昼間の見張りなので、つらいのは暑さと砂ぐらいだ。


 砂漠の魔物はこちらの音や移動する振動を感知するタイプが多いらしく、広大な砂漠で一か所に止まっていれば襲われる事は滅多にない。



 その日の見張りも平穏に終わり、夕日が沈む頃出発となった。

 いよいよ今日、鉱山都市ロクイドルへと到着する予定だ。思えばこれ程の期間、旅をしたのは初めてだ。それももう終わると思うと感慨深い。


「前方! サンドスコーピオン!」


 だが、そんな感傷はお構い無しに魔物は襲ってくる。


 前方のサンドスコーピオンの対応は護衛冒険者にまかせ、マントを外し周囲の警戒を担当する。


「後方! ヘビ!」


 後ろから声が上がった。キャラバンの後方に回り込むと、見えてきたのは4mほどの細長い体にサメのような胸のヒレ、尻尾にもヒレがあって砂漠を泳いでくる。


「ヘビか?」


 思わずつぶやきながらも、剣を抜いて迎え撃つ。


「デザートワインダーだ! 跳ぶぞ!」


 誰かの声が聞こえた。跳ぶのかよ。

その言葉通り、泳いできた勢いそのままにデザートワインダーは跳びあがった。


「なめるな!」


 身動き取れない空中なんて的でしかない。大上段から空中の目標に剣を振るった。しかし、デザートワインダーは空中で華麗に身をよじってかわし、その反動で尻尾を振るってきた。


「ぐふっ」


 直撃をくらって吹っ飛ばされ砂の上を転がった。口の中が砂だらけだ。なめてたのはこっちだったぜ!

 だが、新しい鎧と柔らかい砂地でダメージは大した事はない。すぐさま起き上がり、顔をあげると目の前に噛みつこうと開く口が見えた。


「うおっと!」


 顔はヘビそのものだ。とっさに身を沈めかわすと、頭上を通過する胴体が見えた。


 片手に持った剣を振るうと、硬くて軽い手応えがあり、デザートワインダーは地面に落ちた。血は流れたが、体勢が悪すぎて力が入ってなかった。傷は与えたが、浅い。


「シャァァァー!」


 怒ったらしい威嚇の声をあげて身を縮める。あれはマズイ、いかにも突撃しますって体勢だ。力を溜めさせちゃいけない。


 起き上がりざまに前に踏み出し片膝で振るった横薙ぎが、まさに噛みつこうと襲い掛かってきた口に直撃し、そのまま上下に切り裂いた。


「ふぅ、ぺっぺっ」


 動かなくなったのを確認して、一息ついて口の砂を吐き出した。


「お疲れさま」


 後方で声をかけてきたキャラバンの隊員が話しかけてきた。


「コイツの素材って何かあるのか知らないか?」


「ああ、胸のヒレが乾燥させるとスープのいい具材になるみたいですよ」


「それもう、ヘビじゃないだろ!」


 不思議そうな顔をするキャラバンの隊員はそのままに、ヒレと魔石を解体して袋に詰め込んだ。残りの身体は捨てていく。


 上手くすれば他の魔物を引き付けてくれるかもしれないし、そうじゃなくてもデザートスライムが砂から湧いてきて食べてしまうだろう。


 その後もときどき魔物の襲撃はあったが、護衛冒険者の守りが抜かれる事はなかった。

 夜の半分に差し掛かった頃、砂丘の上から砂漠の切れ目とその背後に続く岩山が見えた。そしてその中に見える街の灯り。ようやく見えた。


 握る手にも思わず力が入る。


「あれが―」


 その言葉をキャラバンの隊員が継いだ。



「そうだ、あれが鉱山都市ロクイドル。鉄の街だ」


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