荒野での戦闘


 強靭な鱗は照りつける荒野の日差しをものともせず。

太い足は少々の岩場でも安定を損なわない。

表面の瘤の中に蓄えられた水はたとえ一週間飲まなくても、歩き続ける事を可能にするという。


 8本足の恐竜にすら見えるトカゲ “グランドリザード”は体内に魔石を持たない動物だっていうから、むしろそのほうが驚きだ。

 戦ったら絶対手強いはず。長い胴体に揺られながらそんな事を考えていた。



 “トレム都市国家連邦”と “メギトス”の間には明確な国境線は無かった。移動してみてわかったのだが、延々と続く荒野に国境線を引く意味を見つけられなかったのだろう。


 トレム都市国家連邦の国境から最寄りの “鎮魂都市ノレードム”からいよいよメギトスへ入り、メギトス最初の都市 “ライメトン”へ向かっているところだ。


 最終目的地はライメトンの隣の “鉱山都市ロクイドル”。あと少しというところなのだが、問題と直面していた。


「暑い」


 言っても涼しくならないなんて事はわかっているが、言わずにはいられない。季節はすでに秋に入っているはずだが、メギトスに入国してからの日差しがきつい。革鎧は蒸れ、鉢金は額に張り付き汗が滴り落ちる。


「その装備じゃ無理だって言っただろ。ライメトンで買い替えるんだな」


 そう話すのは同じグランドリザードで前に乗るキャラバンの隊員だ。荒野までなら、街道を整備すれば馬車でも走れるかもしれない。しかし、砂漠に入ってしまえば車輪は使えない。ライメトンはオアシスの街なので、砂漠の中にある。馬車ではたどり着かないので、キャラバン商隊に参加して移動するしかない。


「わかってはいたが、完成まで一週間以上かかるって言われてはなぁ」


 すでに旅は2ヶ月半に及んでいる。これ以上遅れるわけにはいかない。


「いや、革鎧なんてそんなもんだろ? 北じゃ違うのか?」


「いや、違わないが」


 出来る事なら、目的地のロクイドルで装備を更新したかったが、限界かもしれない。


「水よ、ウォーター」


 水筒に水を出して一気に飲み干した。


「そんなに一度に飲んでるとばてるぞ」


「それもわかってる」


そんな話をしていたその時、丘の上の方で土煙が上がった。



「魔物だ! 来るぞ!」


 キャラバンの護衛冒険者が声をあげてグランドリザードから降りる。こちらも降りて剣を抜いておくが、何も無ければ見ているだけだ。現地の戦い方のお手並みを拝見させてもらおう。


 丘の上から伸びてくる土煙は3筋、かなりのスピードだ。見る見る間に近付いてくる。迎え撃つ冒険者は4人、ウォーハンマーが2人、鉄の戦棍が1人、大盾が1人。重量級パーティだな。


「鉄丸虫3だ! 行くぞ!」


 掛け声とともに武器を持った3人が前に出た。盾は後ろなのか。接近する土埃の中に魔物の姿が見えた! 見えたが…なんだあれ、タイヤか?  そう思えるほどに黒い塊が転がってくる。かなりの速さだ。


 直撃コースにいた冒険者が、身体を横にスライドしながらもウォーハンマーを振るった。


<ガンッ>

 その一撃は、高速で来襲する物体の側面を捉え、振るった勢いと当たった衝撃をも利用して、自身は安全圏へと身をかわす。側面を叩かれた物体は勢いを失い、ふらふらと横に転がり<パタン>と倒れた。


 だが、3人がそれぞれに迎撃した3匹のうちの一体が、弾かれ、勢いを失いながらもキャラバンへと向かって来る。こっちへ来る、だが声を上げるヒマなどない、剣を掲げて構えをとった。だが、その間に大盾を持った冒険者が割って入った。


<ガインッ>

 その身を隠すほどのタワーシールドで、身体ごとぶつかっていく様はシールドバッシュの域を越えている気がする。全力タックルと言われた方が納得しそうだ。

 完全に勢いを殺された物体は弾き返されて転がった。


 だが、さっきまでそんな位置には居なかったはずだ。弾かれるコースを予想して待機位置を変えていたか。

 転がり倒れた魔物は、丸まっていた身体を伸ばして正体を現す。1mほどの甲殻を蛇腹じゃばら状に重ねたダンゴムシのような姿をしていた。

 もぞもぞと逃げ惑う姿は、さっきまでの速度の見る影もなく鈍重だ。それぞれの冒険者が<グシャッ>っと潰して止めを刺していった。



 倒した魔物……鉄丸虫といったか、は魔石だけ抜いて捨てていくようだ。あの甲殻は良い素材になりそうな物なんだが? 話を聞いてみたい。


「いや、見事な戦いだった。いろいろ聞きたいんだがいいか?」


 近付いていくと、冒険者は怪訝な顔をした。


「あ? ……ああ、その恰好、他所から来た冒険者か。いいぜ、いや、むしろ同じキャラバンなら聞いてもらわなくちゃならねぇ。だが長居はできん、移動しながら話すからグランドリザードを移ってきな」


 気づけばいつの間にか出発態勢を整えていたキャラバンに、冒険者パーティの一人とグランドリザードの場所を変わってもらって乗り込んだ。

 グランドリザードは8本の足を交互に動かすので、馬と比べれば上下動が少ない。乗りながらも会話に困らないのは助かる。


「それで、なんで素材を剥がなかったんだ? 良さそうな素材に見えたけど」


「まぁ、そう思うわな。理由は二つある。一つはアイツらの外殻はほぼ“鉄”だ。売れるが安いし、運ぶには重い。もう一つはアイツらの最大の弱点に関係しているんだが、わかるか?」


 そう言って、にやりと笑った。くっ、わからないから聞いてるってのに!


「え~と……。止まれない、とか?」


「残念、外れだ。あいつらは丘の上から助走をつけて突っ込んでくる。つまり、こっちが高い位置にいればアイツらは弱いんだ」


「な、なる程、だがそれがどう関係してくるっていうんだ?」


「鉄丸虫は死ぬ時に、他の魔物にとって美味そうな匂いをばら撒くのさ。自分をエサにして仲間を逃がすんだ。調子に乗って丘の上で狩ってると魔物が寄ってきてヒドイ目にあう。だから倒したら素早く離れなきゃならん」


「そういう訳だったのか。しかし、あんな速さで転がってくるのをよく捉えられるよな」


「アイツらはまっすぐ転がってくるからな、捉えるだけなら実はそんなに難しくない」


「数が多いときはどうするんだ? 4人では4匹が限界じゃないのか?」


「数が多い時はキャラバンの向きを変えて襲撃の方向を絞るのさ。戦いはそこから始まっている。キャラバン全体での戦いなんだ。だからよそ者がでしゃばって前に出ると、全体の作戦が崩れる事がある。お前も気を付けてくれよ」


「なるほど、よくわかった。気を付けるよ」



 ふむぅ、荒野の戦闘、思ってたのよりも奥が深い。それぞれが役割を果たしながらも、お互いに連携しつつ、全体で戦っている。地域の特徴に特化しているだけあって、気軽に手助けできる訳ではなさそうだ。

 なにより、あの魔物に対して剣では相性が悪すぎる。砂漠の魔物も硬い外殻を持っている奴が多いと聞くし、何か硬い魔物に対抗する手段を見つけなければ戦力にならない。


 だが、武器種を変えるつもりはない。ジリドと約束したんだ。“切り裂いてみせる”と。


 考え事をしているうちに足元は砂地へ変わった。視界に見えてきた砂丘に、いよいよ砂漠か、そう思った。

 しかし、荒野から砂丘に上ると、変化を思いの外早く見つける事ができた。


「ほら、見えてきたぜ。あれが砂漠のオアシス“ライメトン”だ」



 見渡した一面の砂の景色の中に、今はまだ遠くに見える唯一の人工物。

それはどの世界でも変わらない、厳しい自然に立ち向かう人の姿を思い起こさせた。



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