さらば相棒(後)
「ッだりゃぁー!!」
あいつが見てるんじゃかっこ悪いトコは見せられない。
これがあいつに見せる最後の戦いかもしれないなら、なおさらいいとこ見せてやる!
「グルァゥ!」
振り下ろした剣がクレイ・レオパルドの前脚を傷つけ血が飛ぶ。
「ハァッ!」
そうだ、思えばあいつはいつだって俺の戦いを後ろから見ていた。
逃げることだってできたのに、いつも信じて待っていてくれてたんだ。
「ガルッ」
肩口を傷つけられ嫌そうに首を振るクレイ・レオパルド。
「でらァァ!」
これが最後なら、よけいに信じるあいつに応えなくてどうするってんだ!
いつも通りそこで見ていてくれよ、ヒューガ。
続く連撃の圧力に流す血が増え、クレイ・レオパルドが徐々に後ろに退がる。
「ラアァァァー!!」
そしたら今日だっていいとこ見せてやるから!!
剣を続けて振るいながらもヒューガと過ごした日々が、一緒に過ごした野営の夜が、過ごした旅路が次々に頭に思い浮かぶ。
こんなの雑念に決まってるっていうのに、剣筋は少しも鈍らず、むしろ鋭さを増して追い詰める。
なんだっていうんだ、これ、まさか
「ガラァァルァァー!!」
追い詰められ、血を流すクレイ・レオパルドが後ろに跳び咆哮をあげた。低く構えた姿勢から身体に纏う装甲が全て逆立った。
何をする気か知らないが、させはしない。
今ならいける、その確信があった。
剣から片手を放し、手を掲げて唱えた。
「光よ! ライト!!」
「グル!?」
目の前に作り出された光球がその視界を奪う。
「ッだりゃァァァァ!!」
致命的に生み出されたその隙に、
「グ…」
クレイ・レオパルドはわずかな末期の声をあげて、首から血を噴き出してその身体を地に沈めた。
首を落として止めを確認し、光球を消し去る。
それから、顔を上げてヒューガに向かって片手を突き上げた。
「ヒヒィィーン」
ヒューガにしては珍しくいななきが返ってきた。
俺はお前の満足いく戦いができていたか?
すると、ヒューガのいななきを聞いたからか、牧場のほうから一頭の馬があらわれてヒューガに近付いていく。
2頭は首を寄せ合うと、ヒューガはちらりとこちらを見てから馬首を返して、厩舎の方向へ戻っていった。
「なんだよ、よろしくやってるじゃないか」
思わずにやついてしまった。
さて、こちらも確認しなければならない。
「ステータスオープン」
名前 : アジフ
種族 : ヒューマン
年齢 : 26
Lv : 23(+1)
HP : 151/176(+5)
MP : 63/71(+4)
STR : 52(+1)
VIT : 41(+0)
INT : 29(+2)
MND: 35(+2)
AGI : 34(+1)
DEX : 29(+2)
LUK : 13(+0)
スキル
エラルト語Lv4 リバースエイジLv4 農業Lv3 木工Lv4(+1)
解体Lv5 採取Lv2 盾術Lv8 革細工Lv3(+1)魔力操作Lv10(+1)
生活魔法(光/水/土)剣術Lv12 暗視Lv1 並列思考Lv2(+1)
称号
大地を歩む者 農民 能力神の祝福 冒険者 創造神の祝福
旅の間にレベルは1つ上がっているが、肝心なのはそこではない。
並列思考Lv2
戦いのさなか感じていたが、やはり並列思考のレベルが上がっていた。
今まで動きながら魔力は動かせるようにはなっていたが、生活魔法などは使えなかった。しかし、あの時は軽い物を持ち上げるように、試す前から“できる”と確信できた。
魔力操作がLv10に達したのはちょっと前の話なので、やはり並列思考のおかげなのだろう。ひょっとしたら両方必要なのかもしれないが。
とは言え、剣を振りながら魔法が使えたんだ。これはもう魔法剣士と言ってもいいんじゃないだろうか。生活魔法しか使えないので、生活魔法剣士だが。
ちょっと本来の予想、身体強化とは違う成り行きだが、動きながら魔力を動かす訓練は無駄ではなかった。始めはほんの思いつきだったが、具体的な成果などわからないまま、それでも続けた3年の努力が実を結んだんだ。これが嬉しくないはずがない。
にやける顔を抑えることもできないまま、クレイ・レオパルドの解体を始めた。
他から見れば、笑顔で血にまみれ魔物の解体をする、さぞ猟奇的な人物に見えることだろう。しかし、今ならそれすらも広い心で許せる気がする。
クレイ・レオパルドの土の鎧は、死ぬとボロボロに崩れてしまった。魔力由来の鎧だからだ。取れる素材は皮、爪、牙と魔石。苦労する割には見返りの少ない人気のない魔物だ。肉は美味しくないらしい。
しかし、皮は柔らかくて使い易く、特に土魔力との親和性が高い。一部に需要があるので、そこそこの値段が付く。解体スキルを使って丁寧に剥ぎ取った。
「さすが冒険者は違いますね! 信じてはいましたが、本当にたった一人でクレイ・レオパルドを倒してしまうとは! しかもその足で」
牧場主のズネイルさんに持ち帰った毛皮と首を見せ、依頼票にサインをもらった。
「まぁ、なんとか倒したといったところでしょうか。それで、ヒューガは上手くやっていましたか? 外から見る限りは馴染めているように見えましたが」
「ええ、それがですね、ちょっと驚きなんですが、ウチの気難しいメス馬がどういう訳かお宅の馬を気にいったみたいで。こちらから引き取りをお願いしなければならなくなるところでしたよ」
へえ、やっぱりか。外から見ていてそうじゃないかと思ってはいたが……
へへっ、あの野郎、上手くやりやがって。
「それはよかったです。どちらにせよメギトスへは連れていけませんが、ヒューガが幸せなのに越したことはありませんからね」
「出発される前に顔を見ていかれますよね?」
「もちろんです。3年以上一緒に過ごした相棒なんです。このまま立ち去るなんてありえません」
ズネイルさんに案内されて厩舎へと向かった。
厩舎に近付くにつれてヒューガとの別れが近付いてくる。別れが近付くこの怖い気持ちはいくつ歳を重ねても慣れはしない。
だが、ズイネルさんの歩きなれた厩舎へ向かう足取りは、無情なほどに普通だ。
「さぁ、顔を見せてあげてください」
ついに厩舎の扉が開かれた。
覚悟を決めて中へ入る。
そしてヒューガを見つけた。
……まぁ、あれだ。
ここは地球ではないのは重々承知だ。
ましてや人間の事でもない。
地球の人間の日本の価値観など持ち出したって意味の無いことはわかっている。
だが、それでも言わずにはいられない事がある。
「ヒューガ! まさか!! 3頭同時にだと!?」
「そうなんですよ、まさかウチのメス馬の中でも特に気難しい3頭が気に入るなんてほんと驚きで」
厩舎の中でも、最も広い馬房でヒューガは3頭のメス馬に囲まれていた。
「あの大きいメスはしっかり者で面倒見がいいんですが、なぜかオス馬には厳しくて。小さい栗毛のメスはああ見えて気が強いんです。最後の白いメスは引っ込み思案でオスが来るとすぐ逃げてしまうんですよ」
ズイネルさんが語るが、そんな設定はどうでもいい!
ヒューガはこちらを見て
「ブルッ」
といなないた。
ああ、そうだ、3年も一緒にいれば心が通じる事もある。
はっきりわかるわけじゃない。なんとなくそうじゃないかなって程度だ。
たぶんお互いにそうなんだと思う。だからこそわかる事もある。
「ヒューガ! 貴様! 今、勝ち誇ったな!?」
あの目は勝利者の目だ。
「ブルル」
ヒューガと目を合わせ見つめ合った。
その目は強い光を放っていた。確かに驕る気持ちはあるのだろう。
だがそれは、強いオス…いや、漢の覚悟を決めた目だった。
「わかったぜ、ヒューガ。見つけたんだな、居場所を。そして自分が
わかりあえた漢と漢にそれ以上の言葉は必要なかった。
黙ってうなずいて目を閉じ、厩舎の扉を閉めて背負い袋を背中に担いだ。
“ズシリ”とその重さに背中が軋む。
いつもヒューガが背負ってくれていた重さだ。
これからはこれを一人で担いでいくんだ、と覚悟を決める。
村へ向かうと、遠くで馬のいななきが聞こえた。
ああ、離れてもわかる。ヒューガの声だ。
景色がにじんで思わず見上げた空は、王都を出た時よりも高くなっていた。
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