さらば相棒(前)
まばらに草の生える大地を紫色の大きな花が飛び回ってる。
時に高度50m以上の高さにまで達するというその光景は “トレム都市国家連邦”に夏の終わりを告げる風物詩だそうだ。
ラズシッタを出発してから2ヶ月は経過した。
旅の道程はやや日程は遅れ気味だが、それでもメギトスの隣国までやってきた。“トレム都市国家連邦”は都市のひとつひとつが、言ってみれば小さな国だ。連邦議会の下、共通の
その中の一つ、“農業都市アイルゼル”に到着し、アイルゼルの冒険者ギルドでDランク依頼クレイ・レオパルド討伐を受注した。
クレイ・レオパルドはDランクの魔物で、身にまとった土塊で擬態して獲物に襲いかかる。その体表は硬さはそれほどでもないが、打撃の衝撃を吸収し、斬撃を受け止め、火や土の魔術は効果が薄い強敵と聞く。
「はぁ…」
家畜を襲うクレイ・レオパルドの被害に出されたこの依頼を、旅の足を止めてまで受注したのには訳があった。それを想うとため息をつかずにはいられなかったんだ。
ほどなくして見えてきた村は農地に囲まれたのどかな光景だった。家々が集まった地域を囲う石塀の門で、門番に依頼主の牧場の場所を聞いて向かうと、牧場はそこから少し離れた場所にあった。
「依頼を受けて来ました。冒険者のアジフです」
気持ちを切り替えてお仕事モードで挨拶をして、依頼票と冒険者プレートを提示する。
「おお! 待ってましたよ! 牧場主のズネイルです。仕事にならなくて困っていたのです。なんとかお願いします!」
「ズネイルさん、それで、被害のあった場所と時間を確認したいのですが」
「やっぱり気になりますか、そうですよね。それを説明しないと始まりませんね」
クレイ・レオパルドは夜行性だ。家畜の被害なんて滅多に出ないってギルドで調べてきた。家畜は夜は獣舎、あるいは家畜小屋に戻されるからだ。そのはずが被害が出てるって事は獣舎が襲われたか、あるいは
「家畜の味を占めて昼間に出るヤツが居ついてしまったんです」
そっちか、ならまだよかった。獣舎を破壊するようなヤツは相手にしたくない。
「では、牧場の周囲の警戒と観察から始めます。それともう一つ、お願いがあるんですが」
「お願い? なんでしょう」
「この依頼がうまくいったら、私の馬をこの牧場で引き取ってもらいたいのです」
馬はたくさんの水を必要とする生き物だ。この先の砂漠には連れていけないんだ。
ヒューガと別れなければならないのは断腸の思いだ。それを考えるとため息が止まらない。
「う~ん、その頼み、聞いてあげたいのはやまやまなんですが、ウチの馬たちは癖が強いのが多くて。馴染んでくれるなら引き取ってもいいですが」
それでは難しいかもしれないな。ヒューガをいじめるような所には置いていけない。だが、様子を見るくらいはするべきだろう。
「では依頼の間だけでも置いてくれませんか?」
「わかりました。では依頼のほうもお願いしますね」
ヒューガを引いて行った厩舎はしっかりとした物だった。これなら夜中の魔物に襲われる事はなさそうだ。
「仲良くしてもらえよ」
馬具を外して首筋を撫でてやるが、心なしか不安そうにしている気がする。人の都合で身勝手にも思えるが、ヒューガ自身にも居場所を見つけてもらいたい。3年も一緒に過ごした男同士、信じなくてどうするって言うんだ。
そこから先のヒューガのことはヒューガ自身に任せ、依頼を進めることにした。
初日は牧場の周囲を見回ったが、それらしい魔物は見当たらなかった。ただ、怪しげな足跡があったので、やはりいるのは間違いない。夕方に家畜たちが獣舎に戻された段階で宿屋に戻ることにした。
二日目は日の出前に宿屋を出て牧場へと向かった。基本的には夜行性の待ち受け型生態なので、夜中のうちに移動していてもおかしくない。
だが、朝から待機しても二日目もクレイ・レオパルドは現れなかった。周囲を見回るが、天気もいいし早起きしたこともあって眠くなってくる。
牧場でヒューガが一頭の馬と一緒に走っているのがちらりと見えた。仲良さそうじゃないか。うんうん
「ズネイルさん、現れませんねぇ」
「武器を持った人間が見回っているので警戒しているのかもしれません。姿を隠して見張ってみてはどうですか?」
なるほど、言われてみればその通りだ。
翌日は木の枝でカモフラージュし、茂みのそばに潜んでじっと待つことにした。
朝から待つが、何も起こらない。
だが、昼も近くなる頃、ふと視界の端の岩に気付いた。あんな岩あそこにあったっけ?
じーっと見ていると、気のせいかわずかずつ近付いている気がする。
いや、気のせいじゃない! きっとあれがクレイ・レオパルドだ!
茂みに潜み、そっと剣を抜いた。だがまだだ、まだこの距離ではもし逃げられたら義足では追いつけない。
息をひそめタイミングをうかがう。弓は持ってきていないが、持ってきていたとしてもあの装甲を貫くことはできないだろう。自慢じゃないが弓は腕も道具もへぼいのだ。
ギリギリ、ギリギリまで引き付けなければ。
近付いてくれば丸い岩の様に見えていた手足が判明してくる。文字通り這い寄って来る姿は重装甲をまとった肉食獣だ。
あと10m…大丈夫、まだこちらに気付いていない。獲物の家畜に集中しているようだ。
7m…5m…もう目の前だ。だがあと1m、あと1mだけ欲しい。4mなら義足を使った3歩で間合いを詰められる。
だが、その1mが詰まる手前でピタリと止まり、地面を這わせていた尻尾がピクリと動いた。限界か! 仕方ない、行く!
茂みを飛び出し、3歩で間合いを詰め、義足を使った4歩目でバランスを崩し倒れ込みながらも伸ばした突きは確かにクレイ・レオパルドの脇腹を捉えた。
<ガツッ>
「ギャウッ」
だが、直前で身を起こしたクレイ・レオパルドは身をよじり、切っ先は身体に纏う装甲をわずかに削ったに過ぎなかった。
しかし回避してくれたおかげで、倒れた状態から片膝で立て直し、剣で間合いを確保する体勢を整えられた。さぁ、ここからだ!
剣を掲げたままゆっくりと立ち上がり、相手の姿を見定める。
立ち上がり、露わにした姿は…言ってみれば土でできた鎧を2.5mほどのネコ科の猛獣が纏っている、といったところか。
気がつけば、先ほど削った装甲がもう跡形もなく直っていた。そんなにすぐ直る物なのか。態勢を整えたのはお互いさまってことだな。
「ガウァー!」
両前脚を上げ跳び掛かってきたところを、後ろに飛び退きながら切り降ろして迎撃したが、<ザリッ>とした手応えで装甲の表面を削っただけだった。
ちゃんと装甲のない場所を狙わないとダメージは通りそうにないな。
「せらぁぁ!」
詰まった間合いに、すかさず逆袈裟に切り上げるが前脚の装甲に阻まれ、剣が浮き上がりそのまま
「せいッ!」
顔を目掛け振り下ろした一撃は、装甲に阻まれながらも耳を切り落とした。
「グラァァ!」
鮮血が飛び、クレイ・レオパルドが怒りの咆哮を上げながらも体当たりをしてきた。剣で受けるが、お、重い!
半ば吹き飛ばされるように距離が空き、入れ替わった体勢に剣を掲げて間合いを取り直す。
その時、入れ替わった視界にちらりと入ったのは、この騒ぎで家畜が逃げ出した牧場と、そんな中、ただ1頭だけ残ってこちらを見つめる馬。
その馬はヒューガだった。
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