ある旅の日


 ポクポクポクと


 ヒューガの足が土を蹴って進んで行く。別にのんびりしているわけではない。何しろ今回の旅は人を待たせているのだ。今までの旅とは違う。


 だが、あまりにも長丁場な旅なので、ペースを上げるよりもペースの維持を優先しているのだ。

 国を4つ抜けるのに、単純に移動を考えても最低でも1ヶ月以上かかる。が、それだけで済むはずもない。



 暗くなってきた森の中の街道を進むと、街道脇の広場に野営の灯かりが見えた。野営する乗り合い馬車の一団に向けて手を上げてあいさつをする。


「よお、遅かったな」


「後方からフォレストウルフが来てね」


 護衛冒険者と言葉を交わした。


「そいつは助かった」


 こっちで倒してなければ乗り合い馬車が襲われてたかもしれない。だから礼を言われたんだ。


「なに、お互い様さ」


 ヒューガから“ヒョイっ”と降りて着地した、が、バランスを崩し転んでしまった。

だいぶ慣れてきたが、まだまだだな。


 ヒューガに水を飲ませたらこちらも野営の準備をしなくては。



一人旅のいいところは、自分の都合を全てに優先できるところだ。だけども代償も大きい。

交代できない夜の見張り。

魔物への対応。

盗賊への警戒。

野営の準備。

全て自分でやるしかない。


 だが、それでは旅の疲労も溜まるし危険も大きい。そこで、野営が予定される区間や盗賊の情報がある地域などは、こうやって乗り合い馬車にくっついて移動したりする。


 まぁ、はっきり言えば“寄生”するわけだ。


 だが、見知らぬ冒険者に張り付かれる乗り合い馬車と護衛冒険者にとっては迷惑でしかない。嫌われ、警戒されるし、攻撃されても文句は言えない。


 そこで、一人では辛そうな区間では、街であらかじめ乗り合い馬車の日程を調べ、御者や護衛冒険者とつなぎをつけておく。「これから同じタイミングで同じルートを通るのでよろしく」と自分の目的地と予定をあらかじめ伝えて冒険者プレートを見せておくんだ。


 これで相手の対応は「ついてくる怪しい奴」から「利用すれば楽できるかもしれない相手」へと変わる。

 少なくとも黙ってついて来られるよりは、名乗られた方がはるかに助かるのは間違いない。


 お互いに利用し合えば、それはもう協力関係と言ってもいい。戦力の貸し借りをする時もあれば、夜営の見張りローテーションに入れてくれる時もある。


 冒険者として過ごした日々はちゃんと経験を重ねているのだ。



 ただ、そのためには到着して街で一泊して次の日出発、ってわけにはいかない。

道中の情報集めの為にも、まずは冒険者ギルドに顔を出して到着報告をしなきゃならない。

 ヒューガだって休ませて世話しなきゃならないし、装備の手入れ、日程調整や旅の路銀稼ぎに依頼をこなす事もある。


手紙みたいに次から次の街へ到着できるわけではないんだ。2ヶ月で着けば早いと思う。



 旅はラズシッタの国境を越えてフィア王国へと入っていた。


 3年ぶりとなるフィア王国だが、かつて通ったキジフェイ――スイメル街道とは別ルートなので特に懐かしさはない。

 国境の街 “マズル”を抜けて、今向かっているのはフィア王国の王都 “フィアリッド”だ。残念ながら通過するだけの予定だが。



 今回の野営も見張りのローテーションに入れてもらえたので、睡眠も休憩もしっかり取れた。


 乗り合い馬車を護衛する冒険者の信用はとても高い。いつも同じ仕事をしているからだ。危険度は低く収入が高い依頼だが、何よりも信用と人柄が重視されるため、指名依頼でしか受注できない。

 もちろん、冒険者に対して完全に油断はできないが、そもそもここの信用が無ければ乗り合い馬車のシステムは成立しないんだ。遠慮なく休憩させてもらった。


 翌朝は乗り合い馬車が出発してから間を置いて出発をした。視界が開けるとお互いに姿が目に入る、そんなある程度の距離を保つためだ。護衛の邪魔や負担になってもいけない。



 低い山に挟まれたなだらかな谷間の、小さな川沿いの街道を進んで行く。


 タヌキ程の大きさで、長い鼻とビーバーの様な平たい尻尾の小動物の親子が、街道を横切って川へ向かって行った。名前は知らないが、魔物ではない動物だ。


 夏の日差しはまっすぐだが、森の木々を抜けてくる光は強くない。


 冬は雪で通行がそこそこ妨げられるほどの気候だが、夏でもそれほど暑くはないのだ。地球で言えばそれなりに緯度の高い地域にあたるのだろうか。


 警戒は怠れないが、川の水が日差しを反射してきらめき、ほど良い風はこずえを揺らす。


 のどかな日だと思っていたのだが、不意に川沿いの茂みから<ガサッ>と音がした。


「!」


 念のために手綱を引いて脚を止めた。


「ピイェェーーー」


 茂みから甲高い鳴き声を発して飛び立ったのは、雉ほどの大きさの鳥だった。

なんだ、鳥か、と思った次の瞬間


「ピィッ」


 すぐ横の茂みからホーンラビットが大きく跳び上がり、その鳥を角で貫いた。

ホーンラビットは鳥を刺したまま着地すると、まだ暴れる鳥を踏みつけて押さえつけ角を抜き、口にくわえるとぴょんと去っていった。


「びっくりしたー」


 いくら大きいウサギとは言え、肉食ウサギの衝撃的な狩りシーンを目撃すればそんな一言も出る。

 しばらく呆然とし、“はっ”と我に返ってヒューガの脚を進めた。心の中でホーンラビットの脅威度を1段階上げておくのも忘れない。



 乗り合い馬車に遅れてしまったので、少し速歩で距離を詰めようとしたのだが、思いの外早く追いついた。


 だが、少し様子がおかしい。馬車が止まっているようだし、護衛冒険者が動き回っている。


 その周囲に緑色にうごめくあれは……ゴブか?


「せやっ」


 ヒューガの腹を蹴って走らせる。少し数が多そうだったので、手を出す事にした。

 離れた位置からでは相変わらず命中率の低い弓を、嫌がらせ程度に放っておく。後で矢が拾えるといいんだが。

 ほどなく護衛冒険者がゴブリンの殲滅にかかり、その段階で後方の警戒に移行する。


 向こうでこちらに手を上げたのが見えた。どうやら完了したようだ。

手を上げて返事をしておいた。


 回収できるだけの矢を拾うと、あぶみに足をかけてヒューガに乗り込んだ。


 義足側の鐙には、義足のつま先を差し込むスリッパのような形状の補助具を取り付けて、乗馬中の安定度は以前と変わらないほどまで安定した。

 ただ、割とアクロバティックに乗り降りできるようになったので、槍は使わない事にした。騎馬戦闘はどうにも得意ではないのだ。


 次の村へ到着すればフィアリットの圏内へあと少しだ。そうすれば魔物の出現も減ると聞く。


 川沿いをそのまま進むと、日暮れ前には村に着くことができた。



 それほど大きくもない村で宿に泊まれば、必然的に乗り合い馬車の面々と顔を合わせる事になる。しかも、護衛冒険者とは必然的にフィアリットの冒険者ギルドまで行動を共にする事になるので、コミュニケーションを取っておくところだ。


「「「「ハハハハ」」」」


「それで、ジャイアントスパイダーの頭を蹴り飛ばして足を切られたのか」


 この話は鉄板なのだ。つかみは外さない。


 宿屋の食堂で夕食を取りながら護衛冒険者と酒を飲んでいた。


「さあ、こっちは恥をさらしたぞ。そっちもフィアリットの面白い話を聞かせてもらおうか!」


「じゃあ、ちっと有名かもしれないが、“大森林の巨木”の話、知ってるか?」


「いや、知らないな。面白そうだ、聞かせてくれ」


「ああ、あの地に人が入れないのには訳があってな…」


冒険者の夜語りはほどほどで終わりを迎えた。明日も朝は早い。



旅の一日はこうして過ぎていった。いきなり到着などできない。

一日と一歩を積み重ねるのだ。



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