出発


(メムリキア様、イビッドレイム様、光魔法下さい、光魔法下さい、光魔法下さい、光魔法下さい)


 その日もいつものように教会で真摯な祈りを捧げていた。



「アジフさん! 返事が届きましたよ!」


 どたどた、と走ってきた神父の手には手紙が握られていた。


「あ、祈りの最中でしたか。これは申し訳ありません」


「いえ、丁度私の祈りもメムリキア様に届いたようですので」


 義足で片膝で祈るのにもすっかり慣れた。片足スクワットの要領で立ち上がる。



「それで、返事はなんと?」


「『死ぬ覚悟で来い』だそうです」


 だが断る! そう簡単に死んでたまるか!


「必ず生き延びて務めを果します。その覚悟で行きます」


「アジフさん……それでこそ推薦した甲斐もあると言うものです。今から手紙を書きますので、一緒に持っていってください」


 しばらく待ち、戻ってきた神父様の手には手紙と一冊の本があった。


「神父様、その本は?」


「これは、かつてこの教会に所属した司祭見習いの物です。不幸にも修行の道半ばで倒れてしまった遺品なのですが、これからのアジフさんに必要かと思いまして」


 おいおい、大丈夫なのか? 教会でもらった物が呪われてましたとか、そんなのは勘弁してほしい。


「私に必要な本とはどのようなものでしょう」


「これは“聖書”です」


「聖書! そのような貴重な物をよろしいのですか?」


「ええ、今となっては使う者のいない物です。このまま眠らせるよりはアジフさんのお役に立てていただいた方がいいかと思います」


ん? 何かおかしくないか? 聖書を使う?


「神父様、その、聖書には何が書かれているのですか? 神の教えとかでしょうか」


「アジフさん、メムリキア様は教えを示してくださる事などありませんよ。神とはただそこに在るのです。この聖書にはアジフさんがこれから学ぶべき”聖句”がエラルト語で書かれています。光を求めるアジフさんのしるべとなってくれるはずです」


 呪文書だったのか! まぁ、実際に神様いるからな、勝手に「神のお言葉です」とか言えないのか。


「なんてありがたい! 必ず光魔法を習得してみせます!」


 なにしろ聖書だ。さすがに呪われてることはないだろう。


「アジフさんのこの先の道程にメムリキア様のお導きがありますよう、祈っております」


 神父様に別れを告げると、シスターと一緒に孤児院にも挨拶に行った。



「アジフさん行っちゃやだー!」「教えてもらった事、忘れないよ!」

「今までありがとうございました!」


まぁ、案の定、子供たちには泣かれた訳だが。

教え始めたころ小さかった子もずいぶんと大きくなった。

剣を振れない子と一緒に悩んだ事もあった。

木工の楽しさに引きずり込んでしまった子もいた。

思い返せばいろいろあったな。


「あーアジフさんも泣いてるー」


「これは目から水を出す魔法だっ」


子供たちの涙ってのはどうにもいけない。

いつまでも門で手を振ってくれる子供たちに手を振り返し、孤児院を後にした。



 その後も王都に挨拶をしていった。世話になった鍛冶屋、防具屋、薬屋、3年も居れば知り合いも増える。

 最近の知り合いのロネスの工房にも行った。


「来るのが遅いんですよ! 予備部品用意して待ってたんですから!」


「だ・か・ら! 約束なんてしてないだろ!?」


 あいつは相変わらずだったが。



そしてもちろん、冒険者ギルド。

エイリさんに泣かれて以来、入るのにちょっとドキドキする。


「エイリさん、王都を離れる手続きを頼むよ」


「そうですか……そうですよね、その足じゃしょうがないですよね」


 戦えるって証明したはずなんだがなぁ。


「ああ、教会に所属する為に向かう事になったんだ」


「教会に、そうですか、いえ、その方がいいかもしれませんね。どこの教会なんです?」


「メギトスでね」


「え?」


「だから砂の国メギトスだよ」


「えっと……。メギトスでは冒険者はしないですよね?」


「いや、できれば兼業で……」


「バッカじゃないの!!」

<バンッ>


突然、エイリさんが激昂して受付カウンターを叩きつけた。

周囲は一瞬で静まりかえり、驚いてこちらに注目している。

気のせいか同じ光景を最近見た気がする。


「怪我して王都より危険な場所に行くなんて頭のネジでもイカレたんですか!」


 周囲に人が集まり出してにやにやしだした。こいつら、楽しんでやがる。あ、ギルドマスターまで。

 そしてエイリさんのキャラが崩壊している。


「どうして冒険者って連中はどいつもこいつも……!! アジフさんは堅実だなんてほんのちょっっとでも思った私がバカでした! ええ! 私が! バカだったんですよ!」


 エイリさんは怒ったままカウンターを離れて行ってしまった。

そしてカウンターにポツンと残される。最近こればっかりだな。


「アジフ、おめぇ意外とやるじゃねぇか」

「王都を離れるのか? なら今夜は送別会だ!」

「バカに付ける薬は酒しかねぇからな」


 顔馴染みの冒険者に囲まれ、その日は酒場を貸し切って宴会になった。宴会にはエイリさんも顔を出してくれたのだが、さんざんに文句を言われて周囲に冷やかされた。

 今ではCランクになったナレンたちも顔を出してくれた。セッピは相変わらずちっちゃくて元気だったが、あれから2年経って生足が色っぽくなっていたぞ。オリオレの飲んだくれは相変わらず。その変わらなさだけはさすがエルフだ。


 宴会は夜更けに酒場のマスターに叩き出されるまで続き、お互いの無事を願って解散となった。

 騒ぎを聞きつけた衛兵の手によって。



 酔っぱらって定宿の“王都の宿 ポム”まで戻ると、宿の主人がまだ起きていた。


「アジフさんがこんなに遅くなるなんて珍しいな。決まったのか?」


 宿の主人にはあらかじめ事情を説明してある。仕事が絡むからね。


「ああ、冒険者の皆が送別会をしてくれた」


「そうかい、知った顔が減ると寂しくなるな」


 そう言って酒を注いで差し出してきた。


「そしてまた出会いもあるよ」


 王都で過ごす夜の最後の乾杯をした。



 翌朝、たっぷりと寝坊をして宿を引き払った。

宿の主人と奥さんに見送られ、向かったのは道場だ。


 通い慣れた門をくぐり、ミシュンさんへ出発の挨拶にきた事を告げると、中へ通してくれた。


「師範、この度メギトスへ向かう事になりました。これまでのご指導、大変感謝しています。ありがとうございました」


まずはレイナード師範へ挨拶をした。道場だからね、順番は大切だ。


「アジフさんの剣は道半ば、いえ、新しい入り口に立ったばかりと言えます。ですが、3年をこの道場で過ごしたあなたなら、たとえどこの地でも研鑽を続けられるでしょう。大地の連なりは我らの剣と共にあります。それを忘れないでください」


 もちろん、事前にメギトスへ向かう計画は話している。採用が決まるまで保留していただけだ。


「砂漠は硬い魔物も多いからな、剣筋を磨けよ」


 ジリドにはさんざんしごかれた。今の自分があるのはジリド師範代のおかげだ。


「お前と鍛えた剣だ。切り裂いてみせるよ」


<ガツン>と拳をあわせる。



「砂の国に連地流の名を響かせてくれ」


「それは無理です」


 シメンズ師範代と力強く握手をした。師範代! 握りすぎ! 痛い! 痛いって!



「アジフさんがいなくなると寂しくなります」


「コヒセミさんの指南はいつもわかりやすかったです。ありがとうございました」


心優しいコヒセミ指南役は別れが苦手なのだろう。獣人の尻尾が垂れてしまっている。



<<<<<ジャキン>>>>>


 皆で剣を抜いて重ね合わせた。


「剣はここに!」


 と、言い


「「「「「アジフの剣と共に!」」」」」


 と皆が続き、剣先を天に掲げた。


剣を納め、ヒューガにまたがり


「では」


と、軽く頭を下げた。


門を出て、それからは振り返らなかった。



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