試験錬強


<ガインッ>

<キン>


 道場に剣戟の音が響く。義足での戦闘訓練に来ていた。


「剣は振れるな、いい義足じゃねぇか」


「だろ? 苦労したんだ」


 ロネスと共に苦労した甲斐があって、強く剣を振っても重心のバランスは崩れることなく姿勢を保っていた。


「だが、待ちの剣になるのはどうしょうもねぇな」


 そうなんだ、義足が前に出ると左右の動きに対応できなくなる。前に出にくいんだ。特に槍との相性が致命的に悪い。


「ああ、相手の動きに対応するしかないな」


 後の先ってやつか。


「それに、盾と両手剣は使えねぇ。わかっちゃいたが、いろいろ厳しいな」


 盾は攻撃に転じる動きが大きいのであきらめた。ならば、と両手剣を試したのだが、待ちの体勢から攻撃に転じる速度が遅すぎて無理だった。攻めの武器なのだ。


「だが、剣は振れた」


「ああ、戦えるな」


 にやり、と笑い合う。


「徹底して待ちの体勢を取られれば、それはそれでかなりやりにくい。わかってりゃいくらでもやりようもあるが、初見ではそうもいかねぇ」


 選んだ武器は使い慣れたバスタードソード。ただし、片手半剣を両手で持つスタイルだ。


「後は実戦だな。付き合ってやれればいいんだが」


 ジリドはこう見えて王城の衛兵だ。冒険者に付き合わせるわけにはいかない。


「ゴブリンから始めてみるさ」


「今度はヘマすんじゃねえぞ」


「ああ、わかってる」



 そして冒険者ギルドを訪れた。足を失った日以来、久しぶりで緊張する。中へ入って、Eランクの掲示板から剥がしたのはゴブリン集落の討伐依頼。依頼票を持って受付カウンターへ向かった。


 こういうのは勢いが大事なのだ。


「やあ、エイリさん」


 軽く声をかけるが、エイリさんは下を向いたままだ。


「これ頼むよ」


 カウンターの上に依頼票を置いた。


「こんなの受理できるわけありません!」


 依頼票を見たエイリさんが声を上げる。まぁ、この足ならそう言われても仕方ないか。


「なら試してほしい。俺が戦えるかどうか」


「え?」


「ギルドで戦闘試験をしてくれ」


 無理なお願いではないはずだ。エイリさんはしばらく黙って考えた後、椅子から立ち上がった。


「ギルドマスターに確認してきます。しばらく待ってください」


 しばらくそのままで待っていると、一人の冒険者とエイリさんを連れてギルドマスターが降りてきた。


「アジフさん、戦闘試験をお望みとか」


「ええ、ディッツが相手ですか?」


 ギルドマスターが連れてきた冒険者は、王都ギルドの専属冒険者でディッツ。大柄な恵まれた身体と、それに負けないサイズの両手剣を使うBランク冒険者だ。手強いのを連れてきたな。


「よお、アジフ、足は災難だったな。エイリから無茶な事しない様に痛めつけてくれって頼まれたぜ?」

「ディッツさん!」


 エイリさんの抗議も受け流される。3年も王都にいれば、自然と専属冒険者とは顔をあわせる。訓練で手合わせした事もある相手だ。


「そんな訳です。ギルドとしても所属冒険者の実力を知るのに否応もありません。ですが、戦闘試験を望まれるという事は、なんらかの目途がついたと思ってもいいですか?」


「それは、ディッツがこれから見せてくれるでしょう」


「ほぅ? アジフ、言うじゃねぇか」


 こちらとしても、新しい装備と剣術を試すのは願ったりかなったりなんだ。遠慮なくやらせてもらうぜ!


 ……と、言いたいがここは我慢。今は警戒されたくない。



 場所を変えて向かったのはギルドの訓練場だ。道場があるのであまり利用していないが、今日も何人かの冒険者が利用している。


「その義足、良さそうですね。杖なしでそこまで歩けるとは」


「ロネスはいい腕をしてましたよ。紹介してもらったのは正解でした」


「ふ~ん、それが自信のもとか?」


 強いくせに人の手札を覗くんじゃない!  訓練用の武器を選んで、ディッツと向かい合った。


「ん? 盾は使わないのか」


「片足だと扱いが辛くてね」


 お互いの手の内は知っている間柄だ。適度な距離を取る。


「ギルドマスター《ギルマス》、合図を頼む」


「ええ、では始めてください!」



<ジャリ>

 構えは下段。足元を確認しながら静かに始めた。義足のバネにしっかりと体重を乗せる。


「どうした? これはお前の試験なんだ。かかってこいよ」


 言わせておけばいいんだ。義足の荷重を抜かないように気を付けつつ、ゆっくり、じわっと距離を詰めた。


「来ないなら…」

<ギンッ> 

 ディッツが剣を下段から中段に構えた、その瞬間に義足が地面を蹴った。剣の動きに沿って剣身に打ち込めば、狙い通り剣は流れた。


「せぁッ!」


 それによってできた正面の隙に、籠手を狙って切り降ろしたが、とっさに剣から片手を離され、後ろに退がられてしまった。

 かわされたと同時に、前の足で後ろに跳んで元の位置に戻っておく。あと一歩踏み込みたいところだったが、深追いは禁物だ。


 再びすり足で距離を詰めると、ディッツの額から汗が一筋流れた。中段で構えられたディッツの両手剣の剣先が“ふっ”と揺れる。


<ジャリン>

「ハッ」


 放たれた突きを下段からすくい上げた剣で受け流し、上段へと切り返して振り下ろす、が、読まれていたらしく退がられてしまった。


「いいねぇ、怪我する前より強いんじゃねぇの?」


 距離をとったディッツが楽しそうに話しかけてくる。


 そんなわけあるか! さっきの突きなんて全然見えなかった。初撃で構えの“起こり”を叩いたから、次は起こりの取りにくい突きでくるだろうって予想してただけだ。だが、その勘違いが今は欲しい。前より弱いってばれたらすぐ負ける。


“にやり”

不敵に笑って返事にした。


「オラァァー!」


 ディッツが少し離れた位置から一息に踏み込みつつ、気合と共に放ってきたのは横薙ぎの一撃。これは前後の動きではかわせない。


 しかし待ってたのはこれだ! しゃがみ込むように受け、体重を乗せてあった義足と共に全力で背負うように受け流した。

 ディッツの身体が流れた! が、こちらも強撃に押されて上体が少し起きてしまった、万全の体勢とはいかなかったが――


「セェェイッ」

<ガッ>


 義足を一歩前に踏み込み、上段へ切り返した剣を伸ばせば、剣先がディッツの肩を削った。


「ぐっ」


 即座に距離を取るディッツ。剣は振り下ろしたまま下段に構え牽制した。義足が前に出てて左右に動かれては辛い。構え的にマズイのだが、悟らせてはいけない。


「それまで!」


ギルドマスターの声がかかった。

ここで止めたか、まぁ試験ならこの辺りかな。



「アジフさん見事です。足を失う前と遜色ない動きでしたよ」


 ディッツもそう思ってくれたから、横薙ぎの強撃を放ってくれた。両手剣と恵まれたSTRを生かした一撃を誘えたから、こちらも全力で受けに回れたんだ。


「ですが、依頼はアジフさん自身で選んでくださいね。たとえパーティでも大型の魔物はお勧めできませんよ」


 あ、ちゃんと見られてたか。


「痛つつ、そうだぜ、確かにやられたが、毎回下段からのワンパターンじゃ見切られるぞ」


 ぐぬっ、それもばれたか。


 そうなんだ、大きな動きが必要になる大型の魔物と戦う対策はないし、義足に体重を乗せたまま足を止めて剣を振れるパターンは、下段の構えを起点にしたモノしか見つけられていない。


「今、考えてる最中だよ」


 今はまだ単発でしかできない前後の動きも、もう少し義足に慣れれば中段からのパターンを交えていけそうなんだ。

 それに、こちらが常に“待ち”を選ぶことで、相手の選択肢を狭める作戦は手応えがあった。


「エイリさん、そういう訳ですから依頼は受理してあげてください。ただし、無茶な依頼を受けようとしてたら容赦なく却下していいですから」


「ギルドマスターがそうおっしゃるなら」


そう言ったエイリさんは大変不服そうだったが。

 


なお、ゴブリン討伐依頼は無事に完了した。


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