次の目的地


 仮で製作した義足は言ってみれば、足にハマる「足型」だ。とても戦えるような代物ではないが、幸いにもヒザが残っているので不格好だが歩く事もできる。歩行が楽になったので、松葉杖からただの杖に変更した。



 前日が徹夜だったので、午前中に仮眠を取って午後から教会へ向かう。すっかり通い慣れた教会の前で足が止まる。さぁ、行くか。


 扉がいつもより重く感じる。


「あ、アジフさんようこそ」


 出迎えてくれたのはシスターだった。


「神父様はいらっしゃいますか?」


「はい、ちょっと待ってくださいね」


シスターが奥へ走って行き、しばらくすると神父様を連れて戻って来た。



「アジフさん、足をどうかされたんですか?」


杖をついた姿を見て、神父様が心配そうに声をかけてくれる。


「実は、その件で相談があるのです」


 そう告げて教会のベンチに座り義足を外すと、 神父様とシスターが息を飲むのがわかった。



「見ての通り、依頼中に足を失ってしまいまして」


「…それは、大変でしたね」


「まずお聞きしたいのは、教会で「リジェネレート」の奇跡をお願いするのに、どれくらいの寄付が必要になるか、です」


「“リジェネレート”の奇跡を行使できるのは、司教様の中でもさらに高位の方だけです。残念ながら、このラズシッタ王都にはそれほどまでの高位の聖職者はいらっしゃいません。ホリア神国の大教会でお願いしたとしても、白金貨3枚は必要になるでしょう」


 白金貨3枚……日本円換算で3千万円か。先端医療にお金がかかるのは、どこの世界でも同じらしい。


「とても払える金額ではありませんね。神父様、そちらは諦めようと思います」


「無理もない事です」


「それで、この身体では剣を振るって冒険者をするのは厳しいと思っているのです。光魔法で仲間を助けられればと思うのですが、どうでしょうか?」


「光の聖句を唱える修行をしたいとおっしゃるのですか?」


「はい」


「現状では難しいですね」


そ、そう簡単に諦めるものか。


「なぜでしょう?」


「その修行は教会に所属する者か、神学校に入学した者にしか許されていません。しかし、教会の人員というのは勝手に増やしていいものではないんですよ」


「ではどうすれば?」


「大教会の人事部の指示や許可の下に人員の採用は決められます。孤児院で育った者や、縁故採用、そして神学校からの斡旋により埋まっているのが現状ですね。と、言うか神学校卒業者ですら余っている状況なんです」


どこかの教員みたいな話になってきたな。


「し、しかし、神学校を卒業して冒険者になる見習いも多いのでは?」


「まさに、それが問題なんです。“司祭見習い”というのは、教会に所属している者なんです。ですが今、人余りにより教会に所属せずフリーの冒険者になる神学校卒業者が問題視されているのです」


「なぜそれが問題に?」


「神学校の授業料は基本的に無料なんです。教会と国家が信仰を支えるために運営費を出しているんですよ。それが見習いとしての修行もせず、ただの冒険者となってしまっては資金を出す方は納得しません」


スポンサー問題だと!?

出資者の意向がここにきて立ちふさがるとは…


「そんな…」


ついに崩れ落ち、ベンチに手をついてうなだれてしまった。


「アジフさん、早まらないでください。確かに私は“難しい”とは言いました。しかし“不可能”とは言ってません」


<ガバッ>と顔を上げて神父様を見つめた。


「何か手があるのですか!?」


「ええ、今の状況においても常に人手が不足している教会に一つだけ心当たりがあります」


「その話、聞かせてください!」


「その教会のある場所はここから遠く危険な地なんです。そこの教会の神父が私の知り合いでして、ちょっと癖はありますが。新たに赴任した司祭や見習いもその過酷さゆえに長く続かず、困っているそうです。そこならアジフさんでも受け入れてもらえるかと」


「受け入れてもらえるならどこだってかまいません! 是非お願いします!」


「本当にいいんですか? “砂の国メギトス”ですよ? 足を失ったアジフさんには辛い試練になるかもしれません」


 砂の国メギトス。人の往来を阻む大砂漠があると聞く。厳しい自然は人々を苦しめ、魔物を強くする過酷な地だとか。しかし、その程度で諦めるものか!


「もちろん、覚悟の上です」


しっかりと断言した。


「アジフさんの覚悟、わかりました。文を出しますので返事が来るまで、そうですね……一ヶ月から二か月ほど時間を下さい」


「神父様、ありがとうございます!この御恩、決して忘れません」


「全てはメムリキア様のお導きです。ですが、これが恩とは思いません。アジフさんが後になって私を恨んだとしても、仕方がない話だとすら思っています」


 確かに、楽な道ではなさそうだ。だが、希望は繋がった!



 砂の国メギトスに行くには2つの方向がある。


 ひとつはここラズシッタから4つの国を越える道。


 もう一つは山脈を越え、ドワーフの王国から大砂漠を抜けてメギトスへ至る。こちらは道などなく、人が踏み入らないので地図も無ければ距離もわからない。わかるのは大雑把な方角だけ。普通に死ねる。


 当然、選ぶのは4つの国を越える方向だ。そりゃ、ドワーフの王国とか魅かれるけども、いくらなんでも無謀だ。


 採用通知……じゃなくて、手紙の返事次第だけど、長い旅になりそうだから今のうちからしっかり準備を整えなければ。


 とは言っても、冒険者の日々がそもそも旅みたいなものだったから、準備と言えば


・義足

・義足を使った戦闘訓練

・義足対応のあぶみ

・馬上戦闘の武器と訓練


 くらいだろうか。


 いずれにしても義足の仕上がり次第なので、ロネスの工房へ行ってみるか。



 朝ぶりに訪れた工房では火が焚かれ、木板の曲げ加工が行われているようだった。


「ロネス、木で強度は足りるのか?」


「アジフさん! やっと来ましたか! 鍛冶を発注するにも形状が決まらないと頼めないんですよ。昨日作った足型で試作用の義足を作って試すんです」


「約束した覚えはないぞ。あと昨日じゃなくて今朝だな」


「細かいことはいいんです! さあ、早く手伝ってください!」



 そこから義肢職人にでも転職できそうな日々が始まった。なにしろ木工と革加工のスキルを持っていたのでさんざん便利に使われ、何日も工房に寝泊まりする日が続いた。


 「製作に集中したいから」と、ロネスに来た仕事を丸投げされ、さんざん苦労した末にようやく依頼人から合格をもらった時などは、つい目頭があつくなったものだ。すぐに我に返ったが。


 製作の方向性だけはすぐに決まった。何しろバネに使う鉄板の形状、厚みによるバネの反発だけで試作する項目が膨大な量になったからだ。


 だが、予算も時間も限られているので「どれだけ妥協するか」に要点をしぼり製作を進めた。ロネスは不服そうだったが仕方がない。


 工房に砂場を作っての砂漠を想定した足元の実験も行い、なんとか形になったのは2週間後の事だった。一人の職人を拘束する予算が限界だった事もあるが。


 完成した義足は、外観は膝上までの編み上げブーツが足首で途切れ、そこから鉄板のバネを介して、その先はつま先に反りの入ったダミー靴がついている物になった。足先は木と革で自分で作成すればメンテナンスも可能。もちろん、杖無しでも歩ける優れ物だ。


「いい物ができた、ロネスありがとう」


「こちらこそいい仕事が出来ました。間違いなく今までで最高傑作です」


「もしこの義足を必要とする人がいれば、その人にも作ってあげてほしい」


「ええ、いつか多くの方の不自由を助けてみせますとも」


そう言い合って固い握手を交わした。




この義足で踏み出す一歩が、明日へ踏み出す一歩目だ!

 


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