後始末


「アジフさん!! その足どうしたんですか!?」


 王都冒険者ギルドのフロアにエイリさんの声が響いた。


「ああ、ジャイアントスパイダーにやられてね。このザマだから依頼も達成できない。依頼失敗の処理をしてもらえるかい?」


「アジフさんが依頼失敗、初めてですね。でも、アジフさんがジャイアントスパイダーにやられるなんて……。この依頼、表向き以外に何かあるんですか?」


「いや、ジャイアントスパイダーも駆除したし、残っているのはオークだけだ。俺がヘマしただけだよ」


 エイリさんとも、もうかれこれ3年の付き合いになる。


「エイリさん、すまなかった」

「やめてください!!」

<バンッ>


 うぉっ! おどろいた。 いつも冷静なエイリさんが激昂して受付カウンターを叩きつけたのだ。 周囲は一瞬で静まりかえり、驚いてこちらに注目している。


「あ、す、すいません、でも、私、いつもこのカウンターから冒険者の皆さんを送り出す時、無事に帰って来て欲しいんです。アジフさんはちゃんと訓練もしてるし、仕事も堅実で、安心してたんです。それなのに、こんな、」


 エイリさんは口を押えてカウンターを離れて行ってしまった。


 最近よく女性を泣かすなぁ。頭をかいてると、人のさそうな背の低いおじさんが出て来た。


「アジフさん、トラブルですか?」


「いえ、依頼先に足を落として来ましてね」


  足元を指さした。


「ああ、そうですか。それはなんとも…」


 この人、元Aランク冒険者の大魔術師かつ、ギルド運営の評価も高い凄腕、王都冒険者ギルドのギルドマスターだ。人は見かけによらない。


「これからどうするんです?」


「どうするか検討するところです。ところで、義肢職人をご存じありませんか?」


「残念な事に、王都の義肢職人については新人の情報まで完全に把握しています。足の得意なベテラン職人を紹介しますよ」


 そこまで詳しくなるほど需要があるのか。確かに残念だ。


「いえ、できれば変な工夫が好きな新人がいいです」




 ギルドでの用事を済ませれば、次は一番気の重い道場だ。


「よいしょ」


 門の前でヒューガから飛び降り、厩舎へ連れて行く。引かなくてもついて来てくれるのは、松葉杖を使う身としてはありがたい。いつも入る入り口とは違う、道場の玄関から入り打木を鳴らす。


「はーい」


 すぐに奥から女性の声が聞こえた。


「あら、アジフさん。どうかしま…アジフさん! その足! どうしたんですか!?」


 姿を現したのはレイナード師範の歳の離れた妹さんでミシュンさん。王都に来た時はまだ若い印象だったのだが、最近は艶っぽくなってきた気がする。嫁に出てからも道場に来て手伝いや修練をしてくれている。


「依頼でヘマをしてね。師範はいらっしゃるかい?」


「す、すぐ呼んできます! 兄さん! 足が! アシフさんが!」


 あわてて、奥へと戻って行った。いや、アシフって誰だよそれ。


「アジフさん、やってしまったのですか」


「未熟ゆえ、です。せっかく教えを乞うたのに申し訳ありません」


 深々と頭を下げた。


「そうですか…。それで、私たちの剣はアジフさんの役に立ちましたか?」


「少女の命を救えました。悔いはありません」


 今度はしっかりと目を見て言った。最後の一撃はアシフさんの活躍もあったけどね。


「それはせめてもの救いですね。これからどうするんです?」


「いろいろと模索してみるつもりです。ですが、これまでのように頻繁に顔は出せないかと」


「それはそうでしょうね、これから大変だとは思いますが、私たちにできる事があれば言って下さい。力になりますので」


「心強いです。その時はお願いします」


 再び深々と頭を下げた。


「道場の皆にも説明します。一緒に来てください」



道場に顔を出すと、皆に囲まれた。


「てめぇ! ヘマしやがって!」

「アジフさんが!? 信じられません!」

「大丈夫ですか? これからどうするんですか?」

「相手は何だったんですか?」


「待ってくれ、説明するから。簡単に言うと、相手はジャイアントスパイダーで、少女を助ける為に頭を蹴り飛ばしたら噛み切られたんだ」


「「「「はぁ!?」」」」

「馬鹿じゃねぇの?」「いや、バカだ」

「知ってた」「アジフらしいわ」


「それで、その女の子は助かったんだな?」


 ジリドが真顔で聞いてきたので


「当然だ」


 胸を張った。


「ならよし、義足ができたら道場に来い。稽古をつけてやる」


「ああ、頼む」


<ガシっ>と片手で肩を組んだ。


 そうだ、義足を作ったら戦い方も考えなきゃならない。やる事は色々あるんだ。ひとつひとつ片付けて行こう。



 と、いう訳でやって来たのはギルドマスターに紹介された義肢工房。

 裏通りの裏通りのさらに裏通りにあって、知らなければたどり着く事はないだろうそこは、雑多なガラクタの山が積まれた、一見では何の工房かわからない場所だった。


 むう、これはいかん。物づくりの基本からやり直しだ。



「店主、店主はいるか?」


「はーい、ちょっと待ってくださいねー」


ガラクタの山から出てきたのは茶色い髪をした線の細い青年だった。


「店主、少し言わせてもらっていいか?」


「はい、なんでしょう?」


その青年は首をかしげた。


「整理整頓というのは単に見栄えの問題じゃない。ここにあるのはガラクタの山か? いや、違う! これは店主が積み重ねた試行錯誤、アイデア、失敗その積み重ねのはずだ! そんな経験、アイデアたちをこの山の下に埋もれさせていいのか? アイデアというのは生まれるだけではない、積み重ねることだってできる! 試行錯誤の中から生まれることだって……」



 “はっ”と気付けば、店主はキョトン、としていた。


 しまった! つい工場時代の感覚で説教をたれてしまった!

なんて事だ、せっかく体が若返ったと言うのに、心がおっさんの呪いに縛られているかのようだ。これでは店主も嫌気がさしてしまったに違いない。


 だが、店主はこちらをキラキラした目で見つめ、手を力強く<ガッ>っと握ってきた。おお!? わかってもらえたのか?


「そこまで言うなら手伝ってくれますよね?」


「え?」


 手を離そうとするが、思いのほか強い力で握られ離してくれない。


「手伝って……くれますよ、ね?」


「ええー!?」



 結局その日は日暮れまで片付けを手伝う事になった。教会にも行きたかったのだが。


 店主はロネスと名乗り、片付けが一段落してもまだ工房から解放されてはいなかった。


「それで、アジフさん何しに来たんです? 工房が片付いて助かりましたけどね」


「やっと聞いてくれたか! 足見ればわかるだろ? 義足を作ってもらいにきたんだよ!」


「ああ、義足ですか」


 義足と聞いたとたんにあからさまに興味をなくしたな。だが、わからなくもない、義足と言えば、足の形の木を残った脚に固定するだけの物だからな。


「作ってもらいたい義足がある」


 そう言って説明したのは、板バネの構造を仕込んだ物だ。正直、今あるような木の足型ではカカシも同然だ。あれでは動ける気がしない。

 もちろん、参考にしたのはかつて映像で見たスポーツで使う様な義足だ。しかし、義足の知識などまったく無いし、記憶だってうろ覚えだ。

 そこで、こちらの世界の職人にその発想を伝えて取り入れてもらおうという作戦なんだ。


 話を聞くうちにロネスは「ほほー、そんな構造で!」と興味を持ち始めたようだ。


「製作を依頼するとしても、当面の生活をする義足が必要だ。まずそれからお願いしたい」


「わかりました。今から作りましょう」


「い、今から!?」


「製作には装着者の協力が必要です。手伝ってくれますよね?」


「ええー!?」




当面の義足が完成したのは、翌朝の朝日が昇ってからだった。



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