王都の日常



「なあ、あれは何の踊りなんだ?」


「わからん、だが師範が「面白そうだからほっとけ」って言うくらいだ。何かあるのだろう」


 ジリドとシメンズ師範代が話しているが、聞こえているからな!



 そんな事を言われながらも道場でやっているのは、覚えた剣術の型を魔力を動かしながらなぞる訓練だ。決して踊りではない。


 魔力操作のスキルレベルが上がって、ずいぶん魔力が動かしやすくなったのと、剣術の型を考えなくてもなぞれる程度にはできるようになったので挑戦している。

 魔力を操作するための集中を少しだけ減らして、ゆ~っくりと型をなぞっているので踊り呼ばわりされているわけだ。


 素振りを無心で振りながら魔力操作をしていたら、通りすがったレイナード師範に「それなら型をなぞったほうがマシだと思うよ」と言われて今に至る。


 道場に来た当初は日払いで稽古に来ていたが、今は門下生となったので好きなだけ道場を使わせてもらえるのだ。



 あの護衛依頼が終わった後も、依頼達成件数が全く足りていないのでDランクにはなれていない。昇格のために必要なのは40件。今の達成件数は25件なので全く全然もう少しでもなんでもないって言える。


 なにしろ、道場に通ってばかりで、生活のために月に2・3件依頼をこなす程度なので、ペースは全く上がっていない。それでも一度依頼に出れば最低でも1週間はかかるので、月の半分近くは依頼に出かけていることになるが。


 森林同盟の面々は精力的に依頼をこなしているので、既にDランクへ昇格した。たまにギルドでナレンにばったり会うと


「あれ? まだEランクのアジフ君じゃないか」


 と、金色の冒険者プレートをこれ見よがしに見せびらかしてくる。やかましいわ


 しかし、焦るつもりはない。ソロで活動しているので、DランクになればDランクの魔物とソロで戦う必要が出てくる。そう、あのマーダーグリズリー級の魔物とだ。

 あのクラスの魔物とソロで戦う自信はまだないので、今はじっくり力を付ける時期なのだ。



もちろん、剣の修練もちゃんとやっている。


<ガィンッ>

「どうした! そんなもんか?」


 ジリドが迫るが、返事をする余裕もない。槍を剣で迎え打つと捻りを加えられた槍に剣が弾かれた。


 なおも迫る槍を盾をナナメにして受け流すと、盾がこすれて振動が襲った。摩擦で煙が上がってるぞ。もう捻りってレベルじゃねぇ。まるでドリルだ。

 衝撃で崩れた体勢の首元に槍が突きつけられた。


「参った! もう一本!」


 突きつけられた槍を剣で跳ね上げ、上がった槍の懐に飛び込む。


<ガンッ>

 下がる槍を再度盾で跳ね上げ、しゃがみこみつつ両足を横薙ぎに払う。それはお見通しとばかりに軽いステップで退がられた。だが、そこが狙いだ。足運びに合わせてしゃがみ込みから伸びあがり切り上げ気味に斬撃を打ち込む。


 その斬撃は待ち受けていた回転した槍の石突に跳ね飛ばされ、ジリドの脚が後ろに引かれる。あ、下からすくい上げる型だ。マズイ


 剣を跳ね飛ばした勢いのままに縦回転した槍を受け止めるべく盾を構えた。


<バシンッ>

が、直前で横薙ぎに軌道を変化させた槍に頭部を払われ、吹き飛んで気を失った。



<ドカッ>

「ぐふッ」


腹を蹴られて目が覚める。


「ほら、飲んどけ」


投げられたポーションを飲み干した。


「お前が弱すぎて道場のポーションが減るんだが?」


「教えるヤツの腕が悪いせいだな。迷惑な事だ」


「あ゛!?」「お゛!?」と、どこかのチンピラのようなやり取りを交わし再び稽古を再開した。



 ジリド師範代とでは基本的にまずレベルが違う。ステータス的にだ。高い敏捷<AGI>は相手の先を取り余裕を生む。強大な力<STR>は容易に相手を追い込む。


 さらに槍術と剣術のスキルレベルの差が大きい。高いスキルレベルは使用者の意思を強力にフォローし、先ほどのような、物理法則を無視したかの様な動きさえ可能とさせる。レイナード師範のレベルになると魔法とどう違うのかわからない。


 そして積み重ねた技術、修練に費やした日々の量が違う。


 つまり、基本的に勝ち目はない。

もちろん、そうでなければ入門しているこちらも困るのでそれはいい。だが、もし本気で追いつこうとするなら、そもそもレベルを上げなくちゃならない。


 ステータスは、多く使用したパラメーターが上がり易いとわかっている。最短で追いつこうとするなら「ともかく剣を振って、レベルを上げる」のが正解と言える。


 立派な物理前衛脳筋剣士の出来上がりだ。


 だが、それでいいのか?と心の中で何かがささやく。

具体的には“魔法を使いたい”って生活魔法を覚えてから魔力操作を鍛え続けてきた努力が、それを許してくれない。


時間はある。最短でなくてもいいんだ。そう思う事にした。




 魔法について、もう一つ続けていることがある。その日も教会の神像にひざまずいて祈りを捧げていた。


(メムリキア様、イビッドレイム様、今だったら俺tueeeでハーレムなスキルをお授け下さってもいいですよ)


 自称だが敬虔なメムリキア様の信徒でもあるので、光の曜日に教会の礼拝に来ている。都合と曜日が合えば来るようにしているんだ。


「今日も熱心に祈られてましたね」


「神に祈りを捧げるのは信者として当然です」


 すっかり顔馴染みになった神父様と談笑する。この世界の神様はステータスっていうご利益があるのでお祈りのしがいがある。


「あなたならその祈りがメムリキア様のもとに届く日が来るかもしれませんね」


「私の祈りは見返りを求めるものではありません。ただ捧げるのみです」


ご利益! 見返り! 大好き!


「おお! まさに信徒の鑑です! アジフさん、どうですか教会の慈善活動に参加しませんか?」


 来た! これを待っていたんだ。教会の慈善活動というのは誰でも参加できるというわけではない。ちゃんと信仰と日頃の行いが認められないと参加すらできないんだ。


「メムリキア様と教会に少しでも恩返しできるのであれば、たとえわずかばかりでもお力になれればと思います。依頼の合間でよろしければ参加させて下さい」


 そして、活動が認められれば“洗礼”を受けられるかもしれない。そうすれば光の生活魔法“ライト”が使えるようになるのだ! なんとか手に入れておきたい。


「それは心強くもありがたい事です。アジフさんなら早速お願いしたい事がありましてな、今日からいかがですかな?」


「願ってもないことです。是非やらせてください」



 そうして、シスターに連れていかれたのは教会に隣接する孤児院だった。


「孤児院は15歳になるまでに出なければなりません。例年、孤児院の中から冒険者になる子たちがいるのですが、まともに教わる事もできないのです。冒険者のアジフさんから教えてあげられませんか?」


 おお! それなら数少ない得意分野だ。


「もちろんですよ。希望する子を集めて下さい」


「みんなー冒険者のお兄さんが冒険者について教えてくれますよー。聞きたい人は集まってー」


「わーい」「えー! おっちゃんじゃん!」「よわそー」


割と小さい子が多いな。まずはやさしく始めようか。



「うるせぇ! 全員まとめてかかってきやがれ!」




王都の生活にまた新しい日常が増えた。



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