森の熊
マーダーグリズリー!
「行けっ!」
馬車に伝えてヒューガから降りた。馬車だけだからな、ここは俺にまかせるなよ、冒険者は残れよ。
「ガア゛ア゛ア゛ーーー!」
だが、周囲の空気までもが震えるような咆哮が響き渡り、馬たちは棹立ちになり止まってしまった。腹まで響くその咆哮に、思わず動きが止まる。
「
オリオレの言葉に“ハッ”と我に返るが、すでに遅い。一歩目を先に出したマーダーグリズリーは目の前で腕を振りかぶっていた。なんて速さだ
「ごはっ」
辛うじてとっさに盾をかかげると、衝撃が襲ってきた。自分から跳んで逃したが、2回転ほどは転がりながら5m以上吹き飛ばされた。肺の空気が出てしまってクラクラする。ずいぶんと昔にバイクで事故した時を思い出した。懐かしいなー
「グガァァー!」
<ガンッ>
「アジフさん! こっちに!」
だが、続く戦闘音と声が現実に引き戻す。ふらふらと立ち上がると、盾が腕からずり落ちた。ちっ、左手が折れてやがる。
なんとかオリオレと合流し、へたり込む。戦線はナレンとセッピがこらえているようだ。
「ぐあぅっ」
「ルー・メス・ロット・リム! ダークヒール」
痛いのを我慢して、できるだけ折れた左手をまっすぐにしてから回復の呪文を受ける。道場でさんざん折られまくって慣れているのだが、このほうが治る時に痛くない。
柔らかい黒い光が身体を包み、鈍い痛みが左腕に走る。
「助かった」
追いポーションを口に含みながら左手の感触を確かめ、ポーション瓶を投げ捨てて戦線に復帰する。
「ガアァァー!」
マーダーグリズリーは細かい傷は受けているが、まだ元気いっぱいだ。正面はナレンが両手剣を振り回して牽制している。それなら!
ナレンに向け前脚を振り回す巨熊に、セッピの矢と黒い球体の<ダークボール>の魔法が襲いかかり、いら立ちを加速させる。その隙に後ろに回り込む。
「シッ」
そこから気付かれぬよう、声を抑えた、しかしバスタードソードを両手で持った全力の一撃を後脚へ叩き込んだ。
「ガフッ」
マーダーグリズリーはそんな気の抜けた声を出してぺたりと座り込んだ。チャンスだ!
ナレンの横薙ぎが前脚を振り払い、マーダーグリズリーに後を向かせない。
「せりゃあぁぁー!」
前脚の後ろ、肩甲骨の裏へ大上段から振り降ろした。
「ガグアァッ!」
“ゴキュ”と骨を断ち切った手応えと共にマダーグリズリーが地面に伏せた。あと一息!
血の噴き出た傷口に剣を突き入れ、そのまま体重を乗せて<ズブッ>と差し込む。
「ガッ」
巨大な灰色熊は<ビクビクッ>とした後、動きを止めた。
「はッ」
念のため、ナレンが首筋を突き刺して止めを確認した。油断は禁物だからな。
「おつかれさん」
「ああ、助かったよ」
ナレンと拳を合わせた。
「ちょっと! こっちもー!」
背後でセッピが両手の拳を前に突き出していたので、ナレンと顔を合わせて苦笑いしながら片方ずつ拳を合わせた。
「それで、これどうします?」
「さすがに運べないよなぁ」
オリオレが相談してくるが、この巨体は運べない。
「ここまでくれば村は後少しです。一度村へ入ってから取りに来ては?」
「それしかないか」
「魔石だけは抜いておこうぜ」
3人がかりでひっくり返し、胸から取り出した魔石はピンポン玉サイズだ。ダイアウルフと同じくらいかな。
「「「おおー!」」」
魔石の大きさに森林同盟が盛り上がっているが。
街道の通行の邪魔にならない位置までなんとかマーダーグリズリーを転がし、村へと再出発した。
「わたしレベルあがったよー」
「索敵! 気を抜くなー!」
そんな会話が流れながら街道を進む。強力な魔物が現れると、周囲の魔物密度が下がる事が多い。今回もその後の道程は平穏に進み、森の中の村へと到着した。
森の深い場所にあるだけあって、村の周囲は深い堀と頑丈な丸太で囲まれていた。砦と言われても違和感はなさそうだ。
すでに村長とは話がついているらしく、あいさつの後にキビエさんの指示で村人が動いてくれた。
案内された小屋の前でオークと
「皆さん、私はこれから薬効を固定する処置にかかります。村の方々も手伝って下さいますので、皆さんは例のアレを回収してきてはどうですか?」
例のアレね、キビエさんももったいぶる事だ。
「わかりました。こちらにも村の人手を借りてもいいですか?」
村の若者が数人名乗り出てくれたので、空になった馬車を引いてマーダーグリズリーのもとへ向かった。
「「「おおおー!」」」
マーダーグリズリーを見た村の若者の反応は上々だ。むふふ
幸いな事に、まだ数匹のスライムしか集まってなかったので、毛皮も無事に使えそうだ。
馬車の荷台に引きずり上げると、馬車が<ギシリ>ときしんだ。大丈夫だろうな? 村へ戻る道程も馬たちは辛そうだ。あと少しだからがんばれ!
「「「わあああー!」」」
なんとか日暮れ前に村へ到着すると、歓声に迎えられた。森林同盟のみんなも誇らしげだ。むふふふ
子供たちも目を輝かせてマーダーグリズリーを触っている。村の解体小屋まで運ぶと、中ではまだオークが解体中だった。
「手伝うか?」
「いや、そんなにいっぺんにできるほど広くないし、そもそもそんな大物は小屋にはいらん。隣でやってくれんか」
その夜はマーダーグリズリーを解体しながら、オーク肉を焼き、酒を飲んで騒いだ。酒はオーク肉と熊肉を提供した代わりに、と村人が持ってきてくれたんだ。オリオレはもちろん酔っぱらって村の人々を驚かしていた。
翌朝、マーダーグリズリーの毛皮で簀巻きにされたオリオレを眺めながら朝食を取っていると、目に隈を作ったキビエさんが現れた。徹夜で作業してたのか。
「作業は一段落しました。後は
「もちろんだ、かまわないぜ。アジフもいいだろ?」
「ええ、手伝いますよ」
「ありがとうございます。出発は予定通り明日の朝で行けそうです」
翌日はしっかりと睡眠を取り、予定通り日の出と共に出発した。
帰りの道中はちょくちょくと魔物の襲撃はあったが、危なげなく退け、無事に王都まで到着したのだった。
「「「「かんぱーい!」」」」
王都の酒場に声が響いた。
依頼達成の祝杯をあげているのだ。依頼料はもちろんのこと、マーダーグリズリーの素材も道中の魔物の素材や魔石もいい値段で売れて皆ごきげんだ。何より、Dランク昇格への道が大きく開けたのが大きい。
「もー、アジフさんパーティ入っちゃおうよー」
そう言いながらセッピがしなだれかかる。
やめろ、心が揺れる。
「ナレンが道場に入って一緒に修練の日々を過ごすなら考えてもいいぞ」
「冗談だろ、剣術は手段だ。目的じゃねぇ」
「そうだよー、アジフさんもう十分強いじゃん」
「まだなんだ、まだ全然足りない」
別に剣の道を極めようと言う訳ではない。ただ、せめて技術的に剣を扱うってどういう事なのか、それがわかる様になるまでは続けたい。
「ぶー」
「その気持ちわかりますよ。アジフさんのその考え方はむしろエルフに近い」
この世界でもエルフはやはり長寿だ。平均して300年ほどだとか。長い時間を生きるエルフは、それぞれに何かのこだわりを持つのがほとんどだそうだ。
「酒を飲んだくれるエルフよりは珍しくないはずだがな」
「そりゃ違いねぇわ」
「「アハハ<ドン!>」」
オリオレの空になったジョッキが2人の笑いをさえぎった。
「まさかヒューマンがエルフに飲み負けるのですか?」
あ、もう酔っ払いが出来上がってる。早すぎだろ。
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