護衛依頼


「おい、アジフ。相談がある」


 ギルドの待合所で同じEランクのナレンがそんな風に話しかけてきた。ナレンとは特に親しい訳ではないが、お互いの顔と実力は把握している程度の関係だ。

 王都に来てから1年が経過し、間もなくリバースエイジのリキャストが明けようという頃の事だった。


「何の用だ」


 顔をしかめ答えたが、ナレンは気にした様子はなかった。


「お前、もう護衛依頼は済ませたのか?」


「いや、まだだが」


 ナレンの言う護衛依頼とは、EランクからDランクへの昇格条件だ。Eランク依頼達成40件と護衛依頼達成が条件なのだが、ソロで活動していると護衛依頼は受注が難しい。

 しかも日数がかかる事が多いので、道場に通う身としてはいまいち乗り気になれないでいた。


「これ、どうだ」


 そう言って見せてきたのは依頼票だった。見ると、片道3日の村までの往復護衛依頼で日程は8日、報酬は金貨5枚で依頼主は商人。まあ、悪くないんじゃないかな。


「いいんじゃないの?」


興味なく依頼票を突き返した。


「バカ、お前よく見ろ、ここだ」


 指さす先には“最低受注人数:4人”と書かれていた。

なるほどな、話が見えてきた。確かに、悪くない。


「いいと思うぞ」


 にやり、と笑って手を出した。


「だろ?」


 にやり、と笑い返され握手した。商談成立だ。


 ナレンのパーティ“森林同盟”は3人パーティだ。昇格のために護衛依頼をこなしたいが、Eランクの護衛依頼は数が少なく競争率が高い。数少ない依頼を掲示板から勝ち取ったナレンはこのチャンスを逃さないように、一人足りない人数を探していたのだろう。


「じゃあ、メンバーに説明するぜ。こっちだ」


 案内されたのはギルド隣接の酒場だ。そこに “森林同盟”の2人が飲み物を飲んでいた。


「おや、アジフさんが捕まりましたか」


「やった! アジフさんだ。ナレンえらい!」


 森林同盟の残り2人は神官でエルフ、深緑の髪に痩身で背が高い男、オリオレとちっちゃくて元気な、サルの獣人でスカウトのセッピだ。

 サルの獣人と言っても類人猿でもなければ猿人でもない。ちゃんと人だ。茶色い短髪がふさふさで触りたいし、しっぽは細くて長い。どこかの宇宙の惑星の人っぽいサルとは違う。


「2人とも依頼の間だけだが、よろしく頼む」


「こちらこそよろしくだよ!」


「頼りにさせてもらいます」


 連地流の道場に通っているので、Eランクの割には強いと、王都のギルドでは言われているんだ。流派のネームバリューでしかないが。


 この冬は依頼をこなしつつも、剣術修行に打ち込んだ。王都の周辺は冬の積雪が少なく、冬の移動も楽だったからだ。

 しかし、いくらステータスやスキルの恩恵があっても、剣の道が一年でどうにかなるわけはなかった。日々実戦で命のやり取りをしていてもだ。


  名前 : アジフ

  種族 : ヒューマン

  年齢 : 25

  Lv : 19


  HP :  156/156(+10)

  MP : 58/58(+9)

  STR : 47(+2)

  VIT : 36(+4)

  INT : 23(+3)

  MND: 29(+2)

  AGI : 31(+1)

  DEX : 25(+4)

  LUK : 11(+0)


スキル

  エラルト語Lv4 リバースエイジLv3 農業Lv3 木工Lv2

  解体Lv4 採取Lv2 盾術Lv5(+1) 革細工Lv2 魔力操作Lv6(+2)

  生活魔法(水/土)剣術Lv7(+3) 暗視Lv1 


称号

  大地を歩む者 農民 能力神の祝福 冒険者


 指導者について1年間みっちり稽古したので、剣術スキルだけは一年で驚愕の5LvUPだ。爆上げといってもいい。

 VITの伸びがいいのは日々ボコボコにされているからだろう。おのれジリド、ありがとう。


 ギルドで依頼の受注をして、依頼主の商人のもとへ4人で向かった。依頼主は王都に店を構える薬屋の“リリッツ薬店”。依頼内容は店の従業員さんの仕入れ業務の護衛だ。

 目的地の村でドレイン・リーチというヒルの魔物が出て被害が出たらしいのだが、そのヒルの体液と吸った血が混ざった物に薬効があってそれをかめで引き取りにいくのだとか。


「行先の村は少し深い森の中です。なんとか馬車で行けますが、魔物には注意が必要です」


 そう話すのは同行する従業員さんのキビエさん。線が細いが、しっかりとした口調が印象的な男性だ。


「薬効が少しでも落ちないうちに現地で処理をしたいので、できれば明朝にでも出発したいのですが」


「私は構いません」


森林同盟もお互いを確認した後


「俺たちもいいぜ」


と言ったので、急遽準備を整えて明朝出発する事になった。


 翌朝の日の出頃に、ヒューガにまたがり待ち合わせの門まで行くと、森林同盟のメンバーはすでに来ており、あとは依頼主を待つのみとなった。


「お待たせしました」


 そう言いながら、馬車に乗ってキビエさんが姿を現した。幌の無い馬車の荷台にはかめが整然と並べられ、揺れて割れないようにクッション材が挟んである。


「皆さまの荷物もよかったら荷台にどうぞ」


「ああ、それは助かります」


 言葉に甘えて、荷物を移させてもらった。



 門を出て初日はのんびりしたものだ。王都の周りは魔物が滅多に出ない。

隊列はナレンが前、その後ろがオリオレで、2人が馬に乗りその後ろが馬車。最後尾がヒューガに乗った自分だ。セッピは御者席にしゃがんでいる。


 揺れる馬車にあわせるようにしっぽがゆらゆらしている、流石はサルの獣人のバランス感覚だ。

 側面に誰もいないのは、王都周辺は交通量が多くてすれ違いが大変ってだけだ。


 初日は宿のある街道の村で泊まれたが、2日からは大きな街道を外れるのでこうはいかないはずだ。

 そして初日の宿で一波乱あった。


「アジフさん飲んでますかー!」


<ドンッ>とテーブルにエールが置かれ、顔を引きつらせた。


「かんぱーい!」


 この普段冷静で、パーティの参謀と同時に慈悲深い神官でもあるオリオレは酒豪だったんだ。


「オ、オリオレ、お前、エルフなんだろ? ドワーフじゃないんだから」


ぎろり、こちらをその整った顔でにらみ動きを止めた。


「かー! わかってないですね! 知ってますか? お酒の飲めないドワーフだっているんですよ。だったらお酒の飲めるエルフがいたっていいじゃないですか! そもそもですね! あの森の連中は……」


 どうやら何かの地雷を踏んだらしい。ナレンとセッピは別のテーブルに避難してケラケラ笑っている。どうやらいつもの事のようだ。


 翌朝に何事も無いかのような顔で現れたオリオレは極めて冷静に


「おはようございます。昨日はよい晩でした」


と、軽く頭を下げた。エルフ……恐るべし。



街道が森に入ると、左側面にオリオレ、右後方側面に自分と隊列を変えて進んだ。



<ヒュッ!>


馬車の御者席にいるセッピから合図の笛が小さく鳴った。


ハンドサインは…方角は右横やや前方。種類はゴブリン。数は3!

ふむ、追い払うか退治するか、どうするかな。

お? 追加のサインで弓をつがえる動作をした。アーチャーがいるのか、それはマズイな。


「はッ」


 即座にヒューガの横腹を蹴ると、森の近くで降りて剣を抜いた。同時に森からゴブリンが現れ、そちらに走り寄る。


「グキャー!」


低い体勢から棍棒を振り上げるゴブリンの両足を両断し


「ギャギュ」


跳び掛かってきた次の一匹を飛び退きながら唐竹割に


「ギャギャー!」


 逃げ出した一匹に背後から剣を突き刺し、盾を構え周囲を警戒する。アーチャーはどこだ? 逃げたか?



 すると、馬車からセッピがタタタッと走って来たので聞いた。


「セッピ、アーチャーはどこだ?」


「アジフさん違うよ! 弓で追っ払ってって言いたかったの!」


「む、そうだったか、すまん」


馬車へタタタッと戻って行ったが、途中で振り返り


「アーチャーは指でこう! 忘れないでね!」


人差し指と親指でいわゆる”バキュン”のサインをして戻って行った。



パーティ行動は難しいな。



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