異世の神



「この先の川が国境になってます」


 指さされた先には川にかけられた立派な石橋と、橋の手前にある木でできた建屋があった。

 国境には警備の数人と、行列と言うほどでもない数台の馬車が並んでいる。今は反対側からの通過者をこちらに通しているようだ。交互通行なのか。


 通過する時は馬車から降りて、馬車の中も確認し、冒険者プレートを見せて歩いて通過した。


 国境通過の検査としてはかなり緩い部類らしい。

ともあれ、ラズシッタへ入国したわけだ。



 川を越え、進んで行くと初見の魔物との遭遇戦があった。

犬の顔で身体はゴブリンよりほんの少し小さめな体躯、だが2本足で歩き手には武器を持っている。コボルトだ。


 5匹で馬車を襲ってきたが、騎馬で蹴散らされた。一匹の強さはそれほどでもないようだが、素早かったのが印象的だった。


「この辺りはコボルトの勢力圏の端っこなんだ。ゴブリン共は夜目が利くが、夜はアンデッドが出るからな。繁殖速度がフィア王国ほどじゃない」


「お互いに戦争でもして潰しあえばいいのに」


「大きな戦いは強力な個体を産むぞ。率いる個体が現れれば結果的により強い群れになるかもしれん。群れが小さいうちに潰しておくのが大事なんだ」


 おお、さすがDランク冒険者、本では得られない現場の知識。素晴らしい。



 ラズシッタ最初の村は、フィア王国の村よりもがっしりとした塀で覆われていた。アンデッド対策だろうか。


 時間はまだ少し早いが、今夜はこの村で泊まるそうなので情報収集に歩き回る。

この辺りは狩りの獲物が少ないらしく、畜産が盛んなようだ。チーズが美味しかったし、羊も飼っていた。

 ただ、コボルトはゴブリンよりも肉食性が強く、日中の活動が盛んなため放牧の被害が多いらしい。


 夜に酒場で地元の冒険者に聞くと、コボルト討伐はこの辺りではメジャーな依頼だとか。需要はあるが人気が無いのがアンデッド討伐。


 スイメルの先の古戦場のアンデッド退治はEランクの常設依頼だそうだ。


 夜の古戦場でアンデッド退治…ご遠慮したい。



 翌日無事にスイメルへ到着した。

 スイメルの街の規模はイルラクと変わらなかったが、遠くからでも見える中央にある立派な城と見上げるほどの大きな城壁の印象は“城塞都市”だ。


 周囲には農地や集落がなく、無骨な印象だったが、中の活気はイルラク以上だった。乗り合いの馬車と護衛の冒険者は顔パスで、乗客のみのチェックで入門した。



 さっそく冒険者ギルドで到着報告をする。 Fランクの依頼掲示板は昼過ぎだというのにアンデッド討伐依頼書がたくさん貼ってある。


 明かりの魔道具を片手で持てば行けるだろうか? 盾が使えないが。それとゴースト対策をしないと夜に外は出られない。

 ゴーストには物理攻撃は通用しない。そしてMPにダメージを与えてくるので、MPがゼロになったら気絶してしまう。まずは準備をしなくては。



 そのためにやってきたのは教会だ。この世界に来て初めて来た。前の世界でも行ったことないけど。

 特に用もなかったからいままで寄らなかったんだ。


「神父様、聖水をいただきに参りました」


 神父は教会の長だ。司祭や司教といった位階とは別の役職になっている。

この辺りの冒険者に聖水が必須なので、ギルド情報でやってきた。


「では神に感謝と祈りを、それと一瓶につき銀貨一枚の寄付を頂いています」


 神父様も慣れたものだ、だがこちらは慣れていない。


「神父様、恥ずかしながら神に祈りを捧げたことがありません。作法を教えていただけないでしょうか」


 神父は少し驚いたようだが、快く教えてくれた。


「メムリキア様の像の前に片膝をつき、両手を組んで頭を下げ、目を閉じて聖句を唱えます。口に出しても出さなくてもいいですが、今日は私の後を復唱してください」


 メムリキアはメムリキア教の神様だ。神像は人物像ではなく、中心の玉から四方に筋の伸びる抽象的な形をしている。


 宗教に興味はないので、名前とかどうでもいいが。


「大いなるメムリキア様の与えて下さる日と大地と月、森と海と大地の恵みと糧とステータス。日々の祈りに御世の恒久たれとの願いと恩恵への感謝を捧げます」



え!? メムリキア様ステータスくれてるの? 急に興味出てきたわ。


「どうしました?」


「神父様、ステータスはメムリキア様の恩恵だったのですか?」


「そうですよ? はるかな昔、人は魔物におびえるだけの脆弱な存在でしたが、憐れんだメムリキア様が“ステータス”と“スキル”を与えて下さいました。それ以来、人は世界に踏み出すことができたのです。今の人の世があるのはメムリキア様のおかげなのですよ」


 この世界に招待してくれた神様と同一神なんだろうか?  だとしたら『面白そうだからステータス作った』って言ってた気がするが。言わない方がよさそうだな。

 あと、『ステータスは担当の神がいる』とか言ってたような?


「ステータスの神様はなんていう神様なんですか?」


「ステータスはメムリキア様が作られたので、ステータスを含むすべてがメムリキア様の恩恵です」


 唯一神教なのか。

う~ん、可能性は3つある。


①そもそも神違い

②ステータス管理をしているのがメムリキア様

③この世界に招待してくれたのはメムリキア様で、ステータス管理は別神


「神殿で祭っているのはどんな神様なんですか?」


「神殿はメムリキア様の別の一面を司っているだけです」


なるほど、①は多分なさそうだ。実際に洗礼やスキルの恩恵があるわけだし。

②と③はわからないな。だとすれば…


「すみません。気になってしまって、もう一度聖句をお願いできますか?」


「神の御心に寄り添おうとするのは正しい事です。では行きますよ」


「「大いなるメムリキア様の与えて下さる日と大地と月、森と海と大地の恵みと糧とステータス。日々の祈りに御世の恒久たれとの願いと恩恵への感謝を捧げます」」


(この世界に連れてきてくださりありがとうございます。過ごす日々に感謝しています。スキルとステータスが無ければ生きていられませんでした。このシステムにも感謝を捧げます)



「ずいぶん熱心に祈りを捧げていましたね? 何か思うところでも?」


「この世界に生きて、いままでメムリキア様に感謝を捧げなかったお詫びを」


「感心な事です。もし教会の教えに興味があれば光の曜日の午前中に礼拝を行っていますのでお越し下さい」


「機会を見てぜひ伺います」


 この世界の曜日は“火・風・水・土・闇・光”で1週間。1月は30日、1年は360日だ。

 リバースエイジのリキャストタイムだけはなぜか365日だが。



 銀貨3枚で聖水を3つ貰い教会を出て、街へ向かった。


 今夜の宿を色々探しつつ歩いていると、道具屋に面白い物があった。“聖水さや”だ。聖水はアンデッド対策としては、武器にかけたり直接かけたりして使う。


 だが、片手に盾、片手に剣を持っていた場合、どうやって剣に聖水をかけるのか? 仲間にかけてもらえるうらやましい人はそれでいいが、一人ではそうもいかない。そんなときに手助けしてくれる、お一人様用アイテム。それが聖水鞘だ。


 片手剣のサイズになっているが、余裕を持った造りになっていて、中にスポンジのような水を含む柔らかい素材が入っている。そこに聖水を入れ、剣を差し込むと剣に聖水が塗られるようになっているのだ。

 ただ、入れっぱなしだと剣が錆びてしまうので、使った後の手入れは欠かせないが。


「買った!」


 即決で購入した。


 他にも柄に聖水を入れると、木の剣身の小さな穴から聖水が染み出す対ゴースト用木剣“聖水剣”なんてのもあった。

 


 なんとか見つけた宿に入り、明日からの予定を考える。王都に向かうのはリバースエイジのリキャストが明けてから。これは確定だ。その間にここスイメルでギルドの依頼をこなそう、できればコボルトとアンデッド両方と戦っておきたい。


 そんなことを考えながら魔力をぐるぐるまわし、寝る前に生活魔法を使うまで気がつかなかった。




“能力神の祝福”


ステータスの称号に現れていたその文字に


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