次の街へ


 冬の間に顔を見知った受付嬢は、こちらを冷めた目で見つめて


「逃げるんですか?」


 そう言った。


「ああ、治安の悪い街にこだわる理由は無いからな」


「そんな様子では、どこのギルドにも居場所はありませんよ?」


「ギルドがそうやってに説得する情熱を、彼みたいな人に向けてくれればそうでもないだろうさ」


 指をさしたが、若者はすでにいなかった。


 受付嬢はそれ以上何も言わず、冒険者プレートを処理して戻してきた。プレートを受け取り、外に向かおうとすると、ごっついおっさんが目の前に立ちふさがった。


「おい、お前はそれでいいのか?」


 ん、圧力が違う。えらいさんかな。


「ギルド内で寄生虫を飼うかどうかはギルドの問題だ。Fランク冒険者が良い悪いを決める話じゃあない」


 誰だか知らないがもし注意するなら、ギルドで堂々とたかりなんぞしてる相手でなくちゃいけない。

 それなのにこちらを注意するのは、絡まれる方が悪いとでも思っているのか。


 もしくは、ギルドがそういった行為を黙認、あるいは加担しているならこちらに声をかけるのも納得できるが。


 どちらにしてもこの街を出るのに充分な理由だ。


 微動だにしないおっさん……たぶん歳はそう変わらない……の横をすり抜け、扉を開いた。


 さて、乗り合い馬車の日程でも見に行こうか。





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「よかったんですか? ギルドマスター」


 アジフが去った後、受付のチリイがわざわざギルドマスターのデジアレを役職で呼ぶ。機嫌の悪い証拠だ。


「あいつは冬の訓練にも積極的に参加していたし、誰よりも遅くまで訓練していた。ちょっと歳はくってるが、とうとうソロでDランクの素材まで持ってきやがった」


「なら!」


「だからこそだ。冒険者として上に行くなら、小せぇトラブルなんぞ自分で跳ね除けなきゃならん。逃げるってんならその程度って事だ」



 訓練を見る限り、Fランクの腕前じゃなかった。Dランク傭兵程度の理不尽な要求なら、立ち向かうかと思って見てたんだが。


「もう少し見どころのある奴だと思ったんだがな。さて、あいつの被害に遭ったFランク冒険者の裏は取れてるんだろ? 寄生虫退治とやらに行こうじゃねえか」



 アジフが傭兵と事を構えるって言うなら、ギルドとしてバックアップしてやってもよかった。なにしろ最近の傭兵の連中は調子に乗ってたからな。これを機会に傭兵ギルドに釘を打てるってもんだ。そうすりゃあ、アジフの奴だって街に顔を売れるってもんだろう。


 買取りカウンターに持ち込まれたダイアウルフは傷だらけだった。相当な激戦だったはずだ。Dランクの魔物と戦うならパーティが必要になる。それが冒険者の常識だ。


 冬の訓練で見たアジフの実力なら、ダイアウルフと戦いソロの限界を知ったはずだ。あいつがこれからパーティを探すっていうならギルドだって紹介しなきゃならん。それがギルドの業務だからな。

 だが、アジフは歳のいったFランク冒険者だ、今のままではパーティを斡旋するのは難しい。


 傭兵と争い実力を証明して名を売れば、パーティも見つかりやすくなる。こういう些細なチャンスを掴むやつが上にいくんだがな、あいつはそうじゃなかったって事か。



「冬の巣穴から出てきたゴブリンの被害報告も多数来てます。ちょうど有望な戦力も一人減ったところですから早く戻ってきてくださいね」


「Dランクから1チーム回せばなんとかなるだろ」


 その冷たい視線はよせ。


 さて、トラブルをしょい込むのは男と冒険者の甲斐性ってもんだ。さっさと片付けるとするか。



デジアレは覚悟を決めてこれから一悶着あるだろう傭兵ギルドへ歩き出した。





 

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 …勢いで出てきてしまったが、正直大失敗だ。



 傭兵はどうでもいいが、冒険者ギルドに目を付けられてしまったのはマズイ。若返って戻ってきたら絶対騒ぎになる。当分この街には来られそうにない。

 もう少しこう、下っ端っぽく卑屈にへりくだった方が小物感が出て印象を減らせただろうか。反省しなければ。



 乗り合い馬車の日程は、ラズシッタ方面の隣町<スイメル>まで国境越えを含む2泊3日。次の便は3日後なので、その間に旅の支度をして、前日に予約をすればいい。


 冒険者ギルドで騒ぎがあったので、極力宿の中で魔力を練ってすごした。



 3日後、日の出と共に乗り合い馬車の待機所へ行き、席札を手渡した。馬車を護衛する冒険者は4名。全員騎乗するようだ。

 槍2人、弓/剣1人、司祭1人で司祭は法衣を着た長めのメイスを持った若い女の子だ。


 女性の冒険者は実はそれなりにいる。特に多いのが回復職と魔法職。たとえスキルを身に着けたとしても、魔物と戦いレベルを上げなければMPが不足するので、修業として冒険者をすることが多い。


 是非とも光魔法を見せていただきたい。


「お! 同業かい? 戦力はあてにしていいのか?」


 護衛の冒険者が聞いてくるが、仕事をしたまえ。銅色の冒険者プレートを見せた。


「Fランクだ。いざって時は剣も抜くが、あてにはしないでほしい」


「そりゃあ残念だ。Dランクのパーティ“緑鱗と夕焼け”だ。よろしく頼む」


「アジフだ。こちらこそよろしく頼む」


 道中は平和で、魔物が見えてもむやみに攻撃したりはしないようだ。途中の村を通りすぎ、今日は野営らしい。野営場所が決まっているのだろう、竈が作ってある水場近くの広場で野営した。他の商人と思われる馬車も泊まっている。


「村で宿を取ればよかったんじゃないか?」


「あそこで泊まると、国境で時間を取られた時に明日が野営になる。この先の野営箇所は、夜にクモとヘビが出る。この辺りならせいぜいゴブリンかウルフだからな」


 シャドウスパイダーとグラスヴァイパーかたしかに面倒だ。乗客は馬車で眠る人、焚火を囲む人とさまざまだ。Dランク冒険者の警戒と野営を観察していると、色々参考になる。


「珍しいですか?」


 じっくり見てたら若い司祭に話しかけられてしまった。


「失礼しました、司祭様ですか?」


「まだまだ見習いのしたっぱなので敬語はやめてください。“緑鱗と夕焼け”について回ってますが、Eランクのピッテルです」


「これはご丁寧にFランクのアジフです」


 お互いに頭を下げあった。


「一人の時は夜は寝ないから、とても参考になるよ」


「寝ないのかよ! 無茶するなぁ」


 退屈なのか隣の冒険者も話に入ってきた。


「村で狩人と森で泊まることはあったけど、その程度でね」


「だがこの先のラズシッタでその手はやめたほうがいい」


「噂には聞いてるが…アンデッドか」


「スイメルの先の古戦場では今でもスライムがいない。スケルトンどころか新鮮なゾンビやグールも出るぞ。後はゴーストが面倒だ」


「周辺の村はどうなんだ?」


「かなり拡散してるから油断はできないな。」


「そういえば聞きたい事が!」


「なんだよいきなり」


「アンデッドに回復魔法をかけるとどうなるんだ?」


「あ、効きますよ。ただし、回復魔法は触れなければならないのと、効果に時間がかかります。ターンアンデッドの方が圧倒的に効きますし」


 ヒールは飛ばせないのか。それは不便だ。



 それにしてもアンデッド、厄介だな。

 


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