森の古狼


「たしかダイアウルフ、だったか」


 ダイアウルフ、Dランクの魔物だったはずだ。デカイ、ファングボアほどもあるんじゃないだろうか。

 その大きさに狼の機動性、正面からやりあえば分が悪いが、コイツはゴブリンとの闘いであちこち傷だらけだ。


 剣を向けると、ダイアウルフはゴブリンの上半身を「ぺっ」とはきだした。


「ヴヴヴゥゥゥ…」


そして仲間の死体をみたからか唸り声をあげた。


「ガアァッ」


こちらが踏み込む間もなく一息で間合いを詰められ、前脚をなぎはらってくる。

盾で受け流そうとして、吹っ飛ばされた。


「グハッ」


3mほども転がり、なんとか立ち上がる。盾が割れてしまっていた。


(うっそだろ!? おい!)


正面から? 無理無理!


口を開けて飛び込んできたダイアウルフを後ろに飛び退きながら避け、獣対策に冬の間に作った唐辛子入りの小麦粉袋を投げつけた。


「ギャンッ」


 緩く縛っただけの袋から粉が巻かれ、鳴き声が上がった。小麦粉の煙幕に向けてあてずっぽうで剣を振ると手応えがあった。すぐさま逃げると、そこに前脚が振るわれ、小麦粉を振り払った。


「おかわりだっ」


 2袋目を投げつけるが、今度は距離を取られた。


 その隙に逃げる。


 だが、必死で逃げた距離は一跳びでなくなり、すぐそばに着地される。しかし、ダイアウルフは着地した時になぜか態勢を崩した。


(なんか知らないけどチャンス!)


 剣を両手で持ち右前足への渾身の一撃を叩き込むと、中程まで切れ込み止まってしまった。


「ガァッギャ」


 ダイアウルフが倒れ込み、咄嗟に刺さったままの剣から手を離し距離を取った。


「グガァァァ!」


吠えながら3本足で立ち上がろうとするが、


「させるかよッ」


 短剣を抜き投げつけた。短剣は狙い通り首筋へ向かい<カインッ>と音を立てて跳ね返った。


「ええー!?」


 皮に当たった音じゃなかったよ!? どうなってんのさ!

とは言え向こうは3本足、以前のような素早さは無い。こちらも武器が無く決め手に欠ける。どうするか――



 足元のゴブリンを持ち上げ、ダイアウルフへ向かって突撃した。片足では薙ぎ払いはできないはずだ。

 やはり、大きく口を開けて嚙みついてきた。その口へゴブリンを突っ込む。3本足では後ろに下がれまい!

 そのまま押し込み、イヤイヤと首を振ったところで剣に飛びつき、引きずり抜いた。


 ゴブリンを吐き出した口がこちらに向かう前に距離を取り、ダイアウルフの横へ回る。

 そして全体重をかけ、横腹に剣を奥まで突き刺した。


「ガ…」


 ダイアウルフが倒れ込み、つられて膝をついた。


「死ぬかと思った…」



 それにしても、普通に考えて勝てる相手じゃなかった。体勢が崩れた一瞬に何があったのか?

 ダイアウルフの死体を観察するとすぐにわかった。左前足の付け根に剣が刺さって折れていたんだ。たぶんホブゴブリンの剣だろう。これのおかげか、危ないところだった。


 集落の中を回って、まだ息がある魔物にトドメを刺していく。小屋の中に身を寄せ合う子ゴブリンも容赦はしない。魔石と討伐証明をかき集めると、ゴブリン36匹フォレストウルフ23匹ホブゴブリン4匹ホブゴブリンリーダー1匹ダイアウルフ1匹。


 まともに倒したのは半分に満たないが、討伐は討伐だ。


 ダイアウルフの皮を剥ぎ取り、魔石を抜き取る。ピンポン玉ほどもあって、過去最大だ。皮は剣以外は刃が立たなかったが、丈夫さゆえに内側からは力尽くで剥ぎやすかった。


 盾は壊れてしまったが、収穫は多かった。レベルも1つ上がった。やはりこの森は魔物が多い。


「ステータスオープン」


  名前 : アジフ

  種族 : ヒューマン

  年齢 : 37

  Lv : 14


  HP : 131/131(+5)

  MP : 40/40(+3)

  STR : 39(+1)

  VIT : 38(+2)

  INT : 18(+2)

  MND : 23(+0)

  AGI : 28(+0)

  DEX : 17(+2)

  LUK : 9(+0)


スキル

  エラルト語Lv4 リバースエイジLv3 農業Lv3 木工Lv2

  解体Lv4 採取Lv2 盾術Lv3 革細工Lv2 魔力操作Lv2(+1)

  生活魔法(水/土)剣術Lv2


称号

  異世界よりの来訪者 農民



 後始末を終えると、周囲はすっかり暗くなってしまっていた。


 今日は村でナキに泊めてもらって酒を飲もう。気のすむまで暴れてすっきりはしたが、愚痴に付き合ってもらおう。



 翌日、村長にゴブリン集落とダイアウルフの討伐を伝え、慰謝料の金貨を受け取ってから、牧場に顔を出してエマの様子を見に行く。


「立派な仔を産むんだぞ。元気でな」


 首筋をなでてやると、鼻先をこすりつけてくる。

くっ、かわいい奴め


 後ろ髪を引かれながら村を後にした。



 街に戻る道中で、依頼の端数合わせのために森に入ってフォレストウルフとゴブリンを探していたら、閉門ギリギリの時間になってしまった。


 ギルドで買取りと依頼処理をすると、ダイアウルフの毛皮は傷が多く、状態が悪いそうだがそれでも銀貨80枚。依頼とあわせて金貨1枚と銀貨74枚。依頼達成件数は17件となった。


 Fランクの昇格基準は依頼達成50件と、最低限の戦闘能力なのでGランクに比べてはるかに達成しやすい。見習いが一番キツイのはどこの世界も変わらないようだ。


 翌日に盾を買いに行き、鉄の丸盾を購入した。以前の物より少しだけ大きく、かなり重い。なんの意匠もなく、表から見たら底が浅く大きい中華鍋と言われても違和感がない。端に一周金具が付けてあり、攻撃が流れてこないようにしてある。

 お値段金貨1枚。これでも限界予算だ。



 さて、今は3月。去年、この町に来たのは4月だったので、リバースエイジを使う為にはそろそろ街を出なければならない。できるだけ人と深く関わらないように1年過ごしたが、それでもそれなり以上の人数と顔見知りになってしまっているし。


 次の目的地はもう決めてある。隣国ラズシッタの王都だ。ラズシッタは今いるこの国<フィア王国>とは関係も良く、行き来も簡単だ。


 ラズシッタの王都には100年ほど前に『剣聖』と呼ばれた達人の開いた流派があり、さまざまな武器の扱いを教えている。図書館蔵書<世界の剣術>より

 そこでいい加減ちゃんと剣の扱いを教わろうと思う。


 そのためにも、もう少し資金を貯めなきゃならない。Eランクになれば収入ももう少し上がるだろう。キジドレ村以外のイルラク周辺の村を回ってランク上げと資金調達をしてもいいかもしれない。


 

 ギルドに行き、Fランク掲示板を眺めていると声をかけられた。


「よお、おっさんFランクか?」


 目つきは悪いが、装備はいいな。20代前半くらいだろうか? ガラの悪そうな青年だな、ろくな用事ではなさそうだ。


「ああ、そうだが、なにか用か?」


「オレは冒険者ランクこそEランクだが、傭兵ギルドではDランクでな。そんな歳で依頼なんぞするより、ウチの傭兵団に来ねえか? Fランク冒険者よりいい思いできるぜ」


 傭兵のスカウトだろうか? 冒険者プレートとは形の違う金色のプレートを見せてくる。

 実のところ、傭兵のほとんどは冒険者と兼業している。傭兵には強さが求められるが、人が人を殺してもレベルは上がらないため、魔物を倒してステータスを上げるのだ。


「悪いが、そのつもりはないな」


「そうかよ? この町に居たいんなら話聞いといたほうがいいぜ。なに、ゴブリン耳と魔石を俺のところまで持ってくるだけの簡単な任務だ」


 受付をちらっと見るが、関わる気はなさそうだ。

Eランク冒険者はFランクよりも数が多い。Dランクへの昇格が難しいが、街道や集落周辺の仕事をしていればとりあえず食べていける。


 EランクでFランク常設依頼を達成しても達成件数には数えないが、依頼料はもらえるからだ。

 なお、Dランクになると、Fランクの魔物は魔石と素材の買取りしかしてくれないため、稼ぎにならない



「そうか、貴重な忠告感謝しよう。早速この町を出る事にするよ」


 受付に行って受付嬢に


「出発手続きをお願いします」



 そう告げた。


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