寝取られ案件


 ギュンテルは気休め程度だが、と前置きしつつ剣や盾で弾き返す「パリィ」と「受け流し」を実演してくれた。

 

 訓練が終わり、皆が帰ったあともギルドの訓練場に残り訓練を続けた。手頃な運動環境が見つかってうれしかった、単純に運動不足だったんだ。


 その後も剣の他にも興味ある訓練があるときは受けた。弓、尾行、盾術と気のままに参加したので受付嬢にお小言をいただいた。


「何を目指してるか知りませんが、集中しないと身にならないですよ」


 まばらに訓練をしてもスキルを得られないのは承知だが、訓練方法を知るのが目的なので問題はない。

尾行訓練では気配の消し方を教えてもらった。盾術では魔物の気の引き方、パーティでの位置取りも教わった。



 図書館→ギルドで訓練→休み→魔力操作訓練→図書館


 ローテーションを組み、充実した冬を過ごしていった。魔力操作を1日入れたのは、魔力操作を長時間続けると、とてもつらい事が判明したためだ。1日訓練した後の2日は魔力を動かせない。


 色々収穫のあった冬にはなったが、スキルはそれほど伸びなかった。エルラト語がLv2からLv4へ、魔力操作がLv2へあがったくらいだ。

 新たに会得したスキルもなかったが、この世界の常識をかなりの部分埋めれたと思う。



 雪解けも進み、新緑に色づく頃には夏に蓄えた資金が底をつこうとしていた。しかし不安はない。なにしろFランク冒険者なのだ!

 今までゴブリン5匹当りの収入は魔石の銀貨2.5枚だったのが、常設依頼をいれて銀貨4.5枚まで上がる!



 まずはエマに会いに行こう。久し振りだから拗ねてないといいな。キジドレ村で魔物を狩って資金の足しにするのもいいかもしれない。


 明るい緑が目立つようになった森をフォレストウルフを薙ぎ払いながら機嫌よく歩き、そこそこ当たるようになった弓で狩ったホーンラビットを村の土産に持っていくと、村で出迎えてくれたのは頭を下げる村長と牧場主さんだった。


「久しぶりだな、アジフ。実はお前にあやまらんといかん事があってな」


「俺の管理不足なんだ、すまん」


ま、まさかエマに!?


「な、何が!? 何があったんです!? エマは? エマは無事なんですか!?」


牧場主へ詰め寄って肩を揺さぶる。


「お、落ち着け! 無事と言えば無事だが、無事じゃないと言えば無事じゃない」


「どういう事ですか!?」


「おめでたじゃ」


「はぁーーー!?」



連れていかれた牧場で見たのはお腹の大きくなったエマだった。


「すまん、どうやら去年の夏の終わりには種がついとったらしくてな」



エ、エマが…エマが…寝取られたーーー!!


「すまんじゃねえよ! どうしてくれんだよ!」


「いや、もちろん買い取らせてもらおうと思っとる。相場通り金貨2枚でどうじゃ」


「あ゛あ゛ぁん!?」


「い、いや、詫びと仔馬の分を入れて金貨3枚だそう。必要なら他の馬を売ってもいい」


「金はもらっておく。だが村長、なんでも金で解決すると思うな! 春のゴブリン狩りはナシだ。冒険者ギルドにでも頼むんだな!」


「いや、村長は悪くないんだ、俺が目を離したせいなんだ。アジフ、そんなこと言わねえで頼むよ! 俺のせいで村には迷惑かけられねぇ。冬の厩代も返すからさ、な」


 む、牧場主さんには世話になったからな…

エマを見ると、怒っているのが伝わったのか不安そうな目をしている。そうだよな、自然な事だからな、


「この村には世話になりました。私も恩を忘れたわけではありません。この春のゴブリンだけは片付けましょう」


 どっちにしてもまた旅に出なきゃならない。踵を返して森の中へ入っていった。


ぶつけどころのないやるせなさをゴブリンにぶつけよう。

冬の間にきっと数を増やしてるはずだ。

あいつらならきっとこの想いを受け止めてくれるはずだ。


残雪の残る森に新緑より暗い緑色…いた…

弓など使わない


「オラァ!」


白い雪にゴブリンの血が飛ぶ


「グギャ!?」

「ハアァー!!」


ゴブリンの体がナナメにずれる


「ギャギャー!」


逃げ出すゴブリンの背中に剣を突き立てる。

討伐証明の右耳を切り落とし魔石と共に袋に入れる。


4匹、3匹と見つけ次第片っ端から切り捨てていく。

もう駆除ではなく、なんの正義もない八つ当たりだった。


奥に進むにつれ、ゴブリンは数を増した。

剣に突き刺したゴブリンをかかげ、飛んでくる火球を受け止める。

森の中を動き続ければアーチャーの矢も狙えない。

ホブゴブリンの棍棒を受け流し、返した手首で切り下げる。

血の匂いを嗅ぎつけたフォレストウルフも混じって、静かだった森は戦場と化した。


「ガアアァァー!!」


 吠えたのは魔物なのか自分なのか。


 その時、続々と現れていたゴブリンの流れが変わった。


「グギャ!」「ギャギャギャ」

「グギャ」


 こちらに背を向け戻って行く。


「待てよ、付き合い悪いじゃねぇか」


 追い掛けて切り捨てていくと、森の奥で<ドンッ>と音がして火の手が上がった。離れたところで火の手が見える。


 何事かわからないが、とりあえず様子を見ておこうと火の上がる方向へ向かうと、行く手を阻んだのはフォレストウルフだった。


 行く手の邪魔をするフォレストウルフを左手の盾で殴り、右手の剣で切り払う。

その向こうで見たのは炎上するゴブリンの集落と、村を駆け回るフォレストウルフの群れだった。


「俺も混ぜやがれ!」


 襲い掛かるフォレストウルフ3匹の縦隊を切り上げ、盾で殴り、切り降ろし、突き刺した。


 逃げ惑うメスらしき子供を抱えたゴブリンを突き刺すと、太ももに矢が<トスッ>と突き刺さり、2匹のゴブリンが向かってくる。抜いているヒマはない。


「グギャー!」


 足を止め、振り下ろされる棍棒を弾き返し、空いた胴体を蹴りつけ、もう一匹にぶつける。重なった2匹を縫い刺し、飛んで来た矢を盾で弾くと、矢の刺さった足が灼けるように熱い。


「毒か!」


 物陰に隠れ矢を抜き、解毒ポーションとポーションを飲み干し、鞄からポーションをベルトに補給する。



「さて、第2ラウンドと行こうか」


 盾を構え、矢を弾きながらゴブリンアーチャーへ駆け寄って始末した。


アーチャーがいたのは戦場を俯瞰できる位置だった。いい位置取りだな。

身を潜め戦場を観察する。


集落の中央では、ひと際大きなゴブリンとホブゴブリン2匹と、見たこともない大きさの狼が戦っていた。


(よし、あれは放置だ)


 集落の外周を伝って、入り口付近へ戻るとゴブリンとフォレストウルフが乱戦となっている。フォレストウルフがやや優勢か。


 フォレストウルフの背後に回り、後方から切りかかる。

2匹を仕留めたところですぐさま離脱した。

虚をつかれ散開したフォレストウルフにゴブリンが襲い掛かり、勢いを増したゴブリンが押し込んできた。


 足を止めず、ゴブリンの横に回り後方のマジシャンへ駆け寄る。

乱戦に手を出せずにいたゴブリンマジシャンを片付けると、残っているのはゴブリンが5匹とフォレストウルフが3匹。

 ゴブリンが一斉にフォレストウルフに襲い掛かった背後から襲撃し、順番に始末した。

 

「さて、残るは…」


 最後のポーションを飲み干し集落の中央へ目を向けると、ひと際大きなゴブリンの、上半身を咥えた巨大な狼と目があった。


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