拠点炎上


  結局その日は疲れ果ててしまい、村の小屋で寝ることにした。しかしオーク肉を配った村がお祭りムードで、そこいらじゅうから肉を焼くいい匂いがする。空になった胃は悲鳴をあげ、結局オーク肉を食べることになった。

 

 正直、かなりうまかった。


 翌日はエマに乗り一度街へ向かった。薬草と魔石をギルドで売り、オークの素材と薬草以外の森の素材を薬屋へ卸す。

 その日は日帰りで村へ戻る予定だったのだが、受付嬢の一言で急遽宿を取ることになった。


「アジフさん、臭いです」


 そういえばここ数日着っぱなしで体を拭いた程度だった。

蒸し風呂へ行き、垢をこすり、宿にて洗濯と装備の手入れをする。使い古したロングソードの刃こぼれがひどくなっていた。

 鍛冶屋で砥ぎに出し、武器屋で弓と矢と矢の材料を買った。足場の上と馬上から攻撃するためだ。

 弓は苦手だが、そうも言ってられない。


 キジドレ村へ戻ってから、ナキに頼んだ。


「弓を教えてくれ」


「向いてないと思うがなぁ」


「知ってる」


 力強くうなずくと微妙な顔をされたが、弓の基本と矢の作り方を教えてくれた。森へ戻ると、拠点に緊急脱出用の木の棒を取り付けた。できるだけすべすべな木をさらにツルツルにした棒だ。

 そう、消防をイメージした男の子なら誰でもやりたくなるアレだ。


 薬草採取をしながら出会ったグラスヴァイパーを見張り台へ吊り下げておき、地面に火を大きく焚いて肉を焼き食べながら待ち構える。

 暗くなると、森の中から匂いに釣られたゴブリンやウルフがやってくる。暗い森の中から開けたスペースへ誘い出され、焚火に照らされた連中を見張り台の上から弓で狙い打つ。


 これがかなり当たる。

狩人は弓で20mも30mも離れた獲物を狙い打つ。だが、森の中に拓かれたスペースは半径5mほどしかない。この距離なら腕が悪くてもなんとか当たるのだ。

 しかし、5mを一気にかけ抜けたフォレストウルフに足場の下に潜られてしまい、手が出せない。足元でうまそうにエサを食べる音がする。みすみす餌を取られてしまった。悔しい。


 マキビへ相談すると、床に穴を開けてくれた。さらに周囲の森を更に切り拓き、半径8mほどのちょっとした広場になった。

 そこまでしなくてもいいと思うのだが、いまさら止められもしない。


 強化された拠点に圧倒的優位を確信し、再度夜の狩りに挑戦した。フォレストウルフを順調に撃退し、火鉢でスープを温めていると、森のなかからガサガサ音がする。

 森の暗闇に目を凝らしていると、声が聞こえてきた。


「グギャヤ」「ギギ」

「ギギャギ」「グギギャ」


ゴブリンか、数が多いな。森に対し弓を構え、広場に出てくるのを待っていると


ヒュン <カンッ>


音がして木に矢が当たった。

ゴブリン・アーチャーがいる!


 咄嗟に床に伏せる。マズイ。暗い森の中から明るいこちらを狙ってきている。圧倒的に不利だ。

 木上の床の上は地面の火から影になっているし、射角も取れないだろうから狙いは付けづらいだろうが、こちらも相手の位置がわからないし、立ち上がれない。


 床に伏せたまま盾を外し弓を横に構え、広場に出てきたゴブリンを狙い撃つが、いかんせん数が多い。

 5匹、6匹、まだ出てくる! 3匹を射た時に、森の中からひと際大きな個体が姿を現した。4、5匹を従えた姿は人間の大人ほどもある。

 ホブゴブリン、Eランクの魔物だ。


 やばい!!


 ゴブリンアーチャーはFランク、ホブゴブリンはEランクだがそれは単体での話。群れを組まれれば難易度は跳ね上がる。

<ゴブリンを笑う者はゴブリンに笑われる>だったか。


 既に10匹を超えて森から出てきたゴブリン共に対し、狙いもろくに付けずひたすら連射する。アーチャーの矢がうっとうしい。5匹を射た頃には床の下に入られたが対策済みだ!

 穴から近距離でさらに2匹しとめる。


行ける! 一方的にやれている! 下でホブゴブリンがわめく。


「グガアァァァー!」


「うるせぇ!」


狙いを付けようとしたその時、<ドンッ>と衝撃が走って足場が揺れた。

床にしがみつきそちらを見ると、床の一部が崩れ燃えている。


「マジシャンか!!」


 さっきのはゴブリンマジシャンに向けた合図だったのか! もう一発は床が耐えられそうにない。


<バキッ>


 さらにホブゴブリンが緊急避難棒を棍棒でへし折りやがった。


「ええいッ」


 もう選択肢はない。ともかく数を減らさなくては。床の下は残り4匹――

穴に向け弓を放ち、2匹を仕留めるとさらに火球が飛んできた。


<ドンッ>

 二度目の衝撃がついに足場を崩した。2点を支えに床がバラケながら傾いていく、その途中で大きくジャンプし、ゴロゴロと地面を転がる。肩と足に鈍い痛みがあったが、かまってはいられない。立ち上がり剣を抜き、ホブゴブリンを確認する。


 奴は崩れた足場を避けて距離を取っていた。その隙にポーションをベルトから外し飲み干し、ゴブリンマジシャンのいた方角へ走った。

 森の端でこちらに杖を向け詠唱を開始したゴブリンを見つけ、直前で放たれた火球をサイドステップで躱し胴を切り払った。


「ギャッ」


 前衛のいない魔法使いなどこんなものだ。すぐに振り返るとホブゴブリンともう一匹ゴブリンがこちらに迫ってきている。その後ろからアーチャーも2匹姿を現した。距離を取ったらアーチャーに狙われる。

 ホブゴブリンの正面に突っ込み、直前で足を止める。チャンスとみた棍棒が振り降ろされる、その瞬間に後ろに跳びながら剣を両手で振り降ろした。


 ホブゴブリンの手首が切り落とされ、一瞬動きの止まった横のゴブリンを逆袈裟に切り捨てた。


「グッガッッ」

「グギャヤヤヤー」


 断末魔の悲鳴が響く。矢が飛んできて顔を手でかばうと肩に当たったが、矢尻もない矢で貫ける鎧じゃない! 矢に気を取られた一瞬に、手を押さえたまま蹴りかかってきたホブゴブリンの足をサイドステップで躱し切り落した。

 

 絶命したゴブリンを持ち上げ盾にしてアーチャーへ迫ると、背を向け逃げ出した。盾にしたゴブリンを捨てて追いかけ、2匹共背後から切り捨てる。


 まだ息のあるゴブリンにトドメを刺して回り、足を失って這いずるホブゴブリンの背後に立つ。


「グギャ」


 恐怖で目が濁っている。速やかに首を刎ね飛ばした。


 せっかく作った見張り台が炎上してしまった。荷物は回収したが、テントは燃えてしまった。


「はぁ~、がんばって作ったのに」


 ため息をつきながらゴブリンから魔石を抜いて並べていく。数えると17匹だった。最高記録更新だ。スライムが食べやすいように森のなかへ放り込んでおくとしよう。


 夜の闇の中、よく燃える足場で一人キャンプファイヤーしながらゴブリン運びをしていると、森からガサガサ音がした。



「フォゴッ、フォゴッ」


こちらを見て後ろ脚を蹴っているのは、凶悪な牙を持った巨大イノシシ、ファングボアだ。体高は1.5mほどもある。



「上等だ! 今夜はとことんやってやらぁ!」


 夜の闇と炎とゴブリンでおかしなテンションになっている。


ファングボアがスピードに乗る前にダッシュで接近し、横っ飛びしながら足に切りつけた。




 キジドレ村の森の夜はにぎやかに過ぎていった。



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