解体


 村長は渋い顔をしていたが、昼間に限っての入村を許可してくれた。木こりのマキビは「面白そうだからおれも混ぜろ」といい、釘も譲ってくれた。


 おかげでその日のうちに床と縄梯子と火鉢が完成し、男3人で夕日に向かって肩を組んだ。

 縄梯子はロープに等間隔で木の棒を挟み込んだ簡単な物だ。火鉢は木の箱の内側に粘土を敷き詰め、砂を敷いた。

 

 急遽発生した残業だったが、おかげで生活が昼シフトに戻った。床が平らになったのでテントを張れるようになり、夜に寝ることができた。2度ほど鳴子が鳴ったが、暗闇で下を覗くとゴブリンどもが登れずにウロウロして諦めて帰っていった。登り易い枝は切ったからな、これなら夜中も寝れそうだ。


 なんとか拠点ができたが、ここは森の中だ。油断はできないし、夜中でも装備は外せない。ベルトを緩めてはいるが、かなり辛い。


 そろそろ1度街に戻るかと決めて、翌日は薬草類の採取にあてたのだが、ソイツが来たのは、その日の夜だった。


<カンカン><ガサッ>

 そんな音で目を覚まし、身を暗闇に潜め、防具を締めながら目を凝らすと


「フガッ」


 暗闇の中に影が見えた。デカイ、2mはゆうに超える。しきりに周囲の匂いを嗅いでいる。

 暗くてよく見えないが、これは噂に聞くオークだろう。実際に遭うまではこの大きさ、想定してなかった。ピンチだ。

 この木上の足場は高さが3mほどしかないんだ。2m以上あるオークがもし棍棒なんて持っていたら余裕で届く。

 しかも、降りる手段がない。戦闘中に呑気に縄梯子なんて使えるわけがない。考えてなかった、どうしよう。


 ここは数少ない手持ちの刃物を投げつけて、隙を見て木に飛びつき一気に降りるしかないか。

 手探りで斧と予備の剣と剣鉈を準備する。


 ゆっくり近づいてくるオークの影との間合いをはかり……まだまだ……今だ!

ライトの魔道具のスイッチを入れた。


暗闇からその姿が浮かび上がる。

うぉっ! 思ったよりも近っ!


「グオァッ!?」


 いきなりの魔道具の明かりに目がくらんだオークに向けて、サイドスローで斧を投げた。距離にして3m程度、さすがに外さない。胸元に刺さったようだが、確認している間はない。


「グガァァー!」


苦悶の声を上げるが手を緩めない。スナップを利かせて剣鉈を投げつける。


「ガッッ」


剣鉈がオークの頭をかすめ、のけぞった。


「いけッ」


予備の剣をまっすぐにオークに投げつけ、今のうちに降り…ん?


剣はオークの胸を貫き、オークは倒れてしまった。


「あ、あれ? 倒した?」


上から眺めていても、血が流れるだけでびくともしない。


「オークはタフだって聞いてたんだがなぁ」


 縄梯子で普通に降り、慎重に近づいていく。一応人型生物だから、だます知恵があるかもしれない。仰向けに倒れている姿は正直どう見ても死んでいるようにしか見えないが。


 明かりの下で見るその姿は、口から出た牙、豚のような鼻、突き出た腹、短い足、隆々たる筋肉、腰布なんかは付けていないが、腹の下に奥まった急所を狙うのは難しそうだ。

 そろ~っと近づいて顔を剣でつついてみる。うん、死んでるな。なんだかあっけなかった。


「ふッ」

<ガキッ>


 とりあえず首を落としておこうと、剣を振り下ろすと、首の途中で硬い手応えがあり、中ほどで止まってしまった。


「硬っー!」


 なんて硬さだ! 骨も硬いが、皮が丈夫で弾力があり勢いがそがれてしまった。よく見れば斧もそれほど深くには刺さっていない。剣が余程上手く刺さったのだろうか。

 胸に刺さった剣を引き抜くと「ズルッ」と抜けた。


「ん!?」


 抜いた手応えに違和感があったので、その剣で首を切りつけると、ズバッと切れた。


「おお!? なんだコレ!?」


 他の箇所を切りつけてみても、切れ味が他の刃物と全く違う。剣身はそんな特別には見えないの…だ…が、よく見ると何か雰囲気があるように思える。まさかこれ、魔法剣か!?


「おいおい、Dランクってのはそんなにいい物が買えるのか?」


 なにしろGの上のFの上のEの上のDの話なのでよくわからないが、オークはEランクの魔物なので、その上のDランク冒険者の武器と考えれば、通用するのは不思議ではない。


 しかし、そうなると今回の勝因は、本来切り札になり得る最大の戦力を、不意打ちで投げ捨てるように放り投げた結果、たまたま上手く刺さったってことになるのか。恐ろしい。


 まぁ、ありがたく使わせてもらうが。これはメインウェポン交代だな。


 さて、オークは魔石を抜いて、ロープで両足を縛り木に吊るし血抜きをしておく。何しろ、オーク肉は美味いと評判なんだ。


 しかし、ここで大きな問題が発生した。

いままで多くの解体をしてきたが、人型生命体の解体はやった事がない。やり方も知らないし、やりたくもない。こんなの最初に食べたヤツこそが、この世界で勇者と呼ばれるべきだ。


 首を落としオークの頭がなくなり、肌色は豚に近く腹の出た大男に見えなくもない。よけいに抵抗がある。しかし、肉を悪くしてもいけない。覚悟を決めて首から真下に切り裂いた。息を止めて内臓を抜き出し、


 吐いてしまった。


 牙と睾丸は薬の素材なはずなので、意地で解体し、内臓と頭を埋めたところで精神的限界をむかえた。


 ちなみに、この世界のオークもゴブリンもちゃんとメスがいる。巣の中から出てこないので、目にする機会は少ないが普通に繁殖している。捕えた女性を凌辱するのは物語と同じだが、繁殖に使ったりはせずそのまま殺してしまうそうだ。(ゲイン談)


 ろくに眠れなかったが、森のなかでMPを使い切るわけにもいかず、まんじりとせぬまま朝を迎えた。朝を待って村へ行き、ナキに荷車を借りて村までオークを運んだ。首がないので荷車に惨殺死体を積んだような絵面になる。


 オークの革は色々な用途に使えるらしく、オークの解体を教えてくれるそうだ。高く売れるらしい。本来は正面をまっすぐに切らず、横から裂けば皮はより高値になるそうだ。


 しかし、人型生命体の皮剥ぎだ。うぷっ


ナキに教えてもらいつつ、涙目になりながらも完遂した。


「たいしたもんだ、ここまで解体できれば狩人でもやっていける」


「そうか、解体を教えてもらった礼だ。肉は村の皆で分けてくれ」


「いいのか? 美味いぞ?」


正直、今は肉を食べたくない。

オークを仕留めた話が村に伝わり、村長もやってきた。


「まさかオークがまだ残っていて、Gランクがしとめるとは思わなかったぞ。村に被害が出る前でよかったわい。村に入るななどと言って悪かった。物置小屋でよければ貸すし、夜も村にいていいぞ」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


よっしゃー! これで安眠できる!


「またオークが出たら頼むぞい」


「オークは当分見たくないです」


苦笑いを浮かべたが、ナキは言った。


「そうでもないだろうさ、解体を見ててわかった。後半の手つきは明らかに違ったからな。アジフ、お前は今回の解体で壁を1つ越えたはずだ」


まさか、そう思いステータスを確認すると


“解体Lv3”


解体のスキルレベルが上がっていて、少しだけオークに感謝した。



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