夜営


「あ゛ー、 あ゛!?」


 翌日目を覚ますと、のどがガラガラだった。そういえば昨日部屋を乾燥させて寝たっけ。思わぬ弊害があったものだ。だが、そのおかげもあってか洗濯物は無事に乾いていた。

 装備を整え、朝食を取って厩へ向かう。


「エマおはよう」


 なでながら挨拶すると「私のこと?」とでもいうようにキョトンとこっちを見ている。

 うん、君のことなんだ。昨日決まった。


 門の見張りにあいさつし、村を出てからエマに乗り街道を進む。馬の背に揺られるとのんびりしてしまうが、油断はできない。周囲に気を配りながら進むと、道の先に動く影が。む!? ホーンラビットか!


 目をあわせ睨みあうと、去って行った。しかし、ホーンラビットのおかげで重大な問題に気が付いた。魔物に襲われたらどうすればいいんだ? 手持ちの武器では馬上からは届かない。

 降りてエマが逃げてしまえば、積んだ荷物は全て失ってしまう。悩んだ末に、積んだ荷物をいったん解いて、馬にのったまま背負う事にした。


 魔物に出会いませんように…いつもより緊張しながら進むと、フォレストウルフの群れが現れた。やっぱり来たか、だいたい来てほしくない時に限って来るんだよなぁ。


 手綱を引き、エマから降りてフォレストウルフと対峙する。数は4匹、背負い袋を投げ捨て、エマを隠すように盾と剣を広げ威嚇した。


「ヴヴヴ……」


 奴らも唸りを上げるが、文句を言いたいのはこっちだ!


「間が悪いんだよ!」


 叫び返し、回り込まれる前に群れに突っ込んでいった。



 ……まぁ、ちょっとテンションにまかせて雑な立ち回りしてしまった。足に噛みつかれて血がダラダラ出ていたので、ポーションを飲み傷を治した。

 ただ、マーダーブル鎧の防御力は想像以上で、フォレストウルフの牙は表面に傷をつけるに終わっていた。


(ありがとう、そしてさすがです、おやっさん)


青空でおやっさんがサムズアップをしている気がした


 次の課題は下半身の防御力だな、イルラクでグリーブを探してみよう。何しろ今は脛に木と革を巻いているだけだ。


 ふり返ると、ちょっと離れたところでエマが草を食べていた。

心配してたのが馬鹿らしくなったが、待っててくれてよかったので、首に抱き着いて


「エマ! ありがとう!」


と、言っておいた。エマも


「ブルル!」


と言っていたので、多分伝わったはずだ。

フォレストウルフは魔石だけ取って、死体は森の中へ放置した。


 その後もゴブリン2匹の襲撃があったが、エマはちゃんと待っていてくれた。なんていい子だ。惚れそう。


 日が傾いてきたので、途中みつけた水場でエマに水を飲ませた後、街道から見えない小さな崖の下で火を焚いた。エマはロープを長めに縛り好きに草を食べてもらい、鍋に水を入れて置いておいた。


 着火の魔道具初使用だ。これは魔力を流さなくても、柄を押し込むと小さな火がつく。柄に魔石がついていて、使った分だけ魔石の魔力が減っていき、魔力が無くなれば魔石を交換しなければならない。しかし、火打石に比べれば圧倒的に便利だ。


(そういえばライトの魔道具もあったな)


 ライトの魔道具はレバーを左右に動かすと、点灯するようだ。試しに点けてみるとかなり明るい。いや、明るすぎる。近くの木の高い所へ吊るし、何かあったらすぐに点けれるようにレバーに紐をくくった。

 

 夜は見通しが悪く、夜中に活発に活動する魔物も多くて移動には向かない。だが、一人旅なので見張りもなく外で寝るわけにもいかない。仕方がないので朝まで起きているしかない。腹がいっぱいになると眠くなってしまうので、食事はパンと干し肉だけだ。

 魔力操作の練習をしながら周囲の気配を探る。闇を見つめていると


「ギャ」

「グギャ」


 ゴブリンが来た。こいつらは気配を消してこないので楽だが、血の匂いをまき散らされると他の魔物を呼び寄せてしまう。


 剣と盾を構え、近寄ってくるのを待ち構える。

――かすかな火の灯りで確認できた見える限りでは2匹。十分に近付いたところで魔道具につないだ紐を引いた。


 ゴブリンは夜目が利く。そこに突然ライトの魔道具の明かりが照らし、目をくらませた、隙を逃さず2匹を切り捨てる。ライトの明かりに照らされて見つけた、後方にいたもう1匹の首も素早く切り裂いた。

 周囲を見渡し素早く魔道具を消し、暗闇に目を慣らす。


 魔道具ってホント便利だわー


 3匹の魔石を抜き、焚火から離れた森の中へ死体を置き捨てた。ゴブリンの死体と夜を過ごす気はない。焚火へと戻り魔力操作の練習を再開しながら、闇の中の気配を探る。


 しばらくすると、ゴブリンを捨てた方向で物音がした。何かがこちらに来るようだ。足音が軽い、ウルフかな。


 微かに姿が見えたところで再びライトの魔道具を点灯する。見えた姿はフォレストウルフ3匹、怯んだ2匹にたて続けに切りつけ、逆光で目を細める1匹へ下から切り上げる。

 ウルフにとどめを刺そうとした時、背後のやや上方で<カサッ>と音がした。振り向くと今度はこちらが逆光になった。


「しまっ――」

 

 とっさに明かりを遮ろうと盾を掲げると、その盾に<カンッ>と鋭く軽い手応えがあり、黒い影が飛び退いた。

 明かりに照らされたのは黒くて足がたくさんあるバスケットボール大のクモ。初見だが、たしか“シャドウスパイダー”。牙に毒があって、討伐難易度はE。


 着地するなり再び跳び掛かってきたのを盾で受けると、足でそのまま盾を掴んできた。裏から見ると足がわしゃわしゃで大変気持ち悪い。


「おわっ」


 死角で見えないが、盾の表面に向けて剣を突き刺すと、<ズニュリ>と軽い手応えがしてクモがずり落ちた。


 ふ、と身体が軽くなる感じがあった。レベルアップかな。


 同時に<ブルッ>と息遣いがしたのでそちらへ剣を向けると、焚火の裏で崖に寄り添い身を潜めるエマだった。戦いの最中、大人しくしてくれていた。賢いやつだ。


 周囲と上方を確認して、わずかに息のあったフォレストウルフにトドメをさし、ライトの魔道具を消した。

 エマを撫でて落ち着かせたあと、魔石を抜いたフォレストウルフをゴブリンを捨てた場所へ持っていくと、すでにスライムがたかっていた。そこにフォレストウルフ4匹を追加で投げ込む。


 さて、シャドウスパイダー。初めて見る魔物だ。買取り部位は毒のある牙と腹の糸袋だったはず。ギルドで読んだ資料を思い出しながら、牙を抜き取り布で包み、腹を裂いて中の2種類の袋を慎重に取り出し布袋へ入れた。


 小さくくすぶる焚火へ戻り、闇に目をなじませた。


(気のせいでなければ…ステータスオープン)


「よしッ!!」


 思わず声が出てしまい、慌てて周囲を確認する……気配はない、よかった。

エマも驚いている。


「ごめんな」


 撫でてからもう一度ステータスを確認する。


  名前 : アジフ  

  種族 : ヒューマン

  年齢 : 36

  Lv : 9


  HP : 84/101(+5)

  MP : 12/22(+3)

  STR : 32(+1)

  VIT : 30(+2)

  INT : 13(+2)

  MND : 20(+1)

  AGI : 23(+1)

  DEX : 12(+0)

  LUK : 7(+0)


スキル

  エラルト語Lv2 リバースエイジLv3 農業Lv3 木工Lv1 解体Lv2 

  採取Lv2 盾術Lv2(+1)革細工Lv2 魔力操作Lv1 生活魔法(水/土)

  剣術Lv1


称号

  異世界よりの来訪者 農民


 自分史上最高の上げ幅だ。MPとINTがこれまでになく上がっているし、盾スキルが上がって、ついに念願の剣術Lv1が手に入った。3年槍を使ってスキルが手に入らなかったのに、1年ちょっとで剣のスキルが手に入ったのはうれしい誤算だ。


 今まで伸びの悪かった魔力系のステータスが伸びたのは、最近の魔法修業のおかげに違いない。


 確かな成長の手応えに、誰も見ていない闇の中に身をひそめながらにやけていると、空が白んでくるのが見えた。



 どうやら長かった夜が明けたようだ。



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