襲撃


 

翌日も日の出前に起きた。もはや生活サイクルが身についてしまっている。けっして歳で朝が早くなった訳ではないはずだ。


 ステータスを確認すると36歳になっていた。うん、順調だ。前の世界で言えば歳取ったお兄さんくらいまで来たんじゃないだろうか?


 鎧を付け、マントを羽織り、背負い袋をしょってフル装備。MPも回復して準備万端だ。この部屋も5日しかいなかったが、不思議と名残惜しい気がする。

 鏡で顔を確認すると、確かにかなり若返った実感があった。42歳→36歳ならごまかせる範囲だとは思うが、念のためフードを目深に被って食堂へと降りた。

 食堂へ降りて、今日も朝食の仕込みをしている女将に外に出ると伝える。


「今日はパンは要らないのかい?」


 女将が声をかけてきた、いつも無愛想なのになぜ今日だけ!?

 顔の変化がばれないかドキドキする。


「今日、街を出るって聞いたよ。ほら餞別だ、持ってきな」


 いつものパンを2個くれた。ありがとう! だが、その優しさは今日以外にしてほしかった。


「ありがとうございます。開門で出発する予定です」


 極力平静を装って返事をした。


「旅は危険だからね、無事を祈っとくよ」


「女将も壮健に過ごしてください。では行ってきます」



……あー! びびった!

もう朝一から心臓バクバクの冷や汗だらだらだっての!


気を取り直して、パンをかじりながら乗り合い馬車の待合所へ向かった。本来なら前もって席を取るのだが、リバースエイジの発覚を恐れて来れなかったからだ。出発を準備する馬車や待機小屋の御者に声をかけて回り、席を探した。


「イルラクへ行く便はありませんかー?」


「エイレル行だ」

「王都行だ」

「イルラク方向は3日後だと思うぞ」


 残念ながら乗合い馬車の便はなかった。イルラクはポワルソから村を2つ挟んだ徒歩5日程の距離にある都市だ。しかしここまで来てはもう後には引けない。仕方がない、歩いて行くことにしよう。途中の村で薬草を採ってもいいかもしれないしな。


 馬車を探すために下していたフードを被りなおし、東門へと向かった。


「おい、そこの。フードをあげろ」


 東門の衛兵に注意された。あれー? 出る時も顔のチェックしてたかな?

見覚えのない衛兵だったので、フードを上げて冒険者プレートを見せる。


「ふうん? 紛らわしいから門ではフードを上げろよ」


「気を付けます」


 いままで出門でそんなチェックしてた記憶がないのだが…… 今日はなんだか流れが悪い気がする。


 行先をイルラクへ決めたのは、大した理由があるわけではない。故郷設定のチルトシアが東方向だったから、方角的に東にあるイルラクへ向かってみたってのが大きい。


 王都へ向かうって選択肢もあったけれど、王都は低ランク冒険者に厳しいと噂に聞いたのでやめておいた。

 東門を出てから2時間程歩くと、森が見えてきた。東方向は森までの距離が遠い気がする。平地を歩いて来たけれど、ポワルソの町はもう全く見えない。森に入れば魔物もいるだろう。剣を軽く鞘から抜いて再びしまう。気を張りなおして森の街道へ入っていった。


 ……森の中は平和そのものだ。一応フードは降ろし周囲の気配に気を配っているが、特に何も起こらない。まぁ何も起こらないほうがいいので順調に足を進めた。しばらくすると後方からトットットットッと音が聞こえてきた。馬がきたようだ。


 邪魔をしないように街道から外れて距離をとる。やってきたのは騎乗した男2人だ。武装しているな、顔に見覚えはないけど冒険者かな? 1人は槍、もう1人は弓と剣だ。ちらっと確認して通り過ぎるのを待つ。


 通りこされざまに顔をみると、にやけ顔をしているのが見えた。

 これは…… いやな予感がする。


 そのまま見えなくなるまで見送った後、街道を外れ森のギリギリ街道が見える奥まで入り、街道に平行してそろそろと移動する。

余計な心配で済めばそれに越した事はないけれど、残念ながらしばらく進むと森の中に馬がつないであるのが見えた。こんな所で依頼ではないだろう。何をしているんだか。


 様子を見ると、一人は街道脇の茂みに身を伏せ、もう一人は街道に向け弓をつがえている。はぁ~、待ち伏せか。もしかして、とは思っていたけど、殺る気たっぷりだな。


 待ち伏せがありえない程の万が一こちらの勘違いだったとしても、街道に武器を向け待ち構えているのに勘違いするなって言う方が悪い。弓で狙われているのに呑気に街道を歩ける訳がない。


 このまま森を迂回するのもまず無理だろう、できたとしてもまた後方から追いかけられるだけだ。とりあえずこのままやり過ごすか。

 息を殺して木の陰にしゃがみ込むと、こちらの方向に歩いてくるゴブリンを見つけた。


 ゴブリンに見つかればアイツらにも見つかる。それは最悪だ。

 今日は本当に流れが悪い。


 幸い後ろを取っているし、まだ気づかれてもいない。先に仕掛けるか。背負い袋をそっと降ろし、剣を抜いて弓を構えている後ろから忍び寄った。


 20m…まだ大丈夫…、10m…む、何かを察したのか、弓を持ってキョロキョロしだした。マズイ

ゴブリンの方向へ石を投げると、地面に落ち微かな音をたてた。


 弓を構えた冒険者はハッとそちらを振り向くと、歩いてくるゴブリンを見つけて弓を放った。

 弓を放ち終えた無防備なその瞬間に駆け出す。すぐに気付いてこちらを見るが、その表情は何が起きたか理解できていない。


「ふっ!」


 その理解できない表情と目があったまま、一息に剣を振り抜いて首を切り裂いた。


「なっ!?」


 槍をもった冒険者(?)が立ち上がり身構える。

首の落ちた死体から血が噴き出すが、気にしては居られない。


 彼我の距離は7m程か。相手は槍、間合いはあちらが有利。


「てめぇ!!」


 速い! あっという間に踏み込まれ、距離を詰められた。


「ぐっ」


 1撃を盾で受けたが、手が痺れる威力だ。明らかに相手が格上――


 しかも剣では間合いが届かない。まともに戦っては勝負にならない、その直感に従って右手に持った剣を投げつけた。


「うぉ?」

「はっ」


 メインの武器を投げつけられたのは予想外だったのだろう、のけぞって躱した隙に、二歩踏み込む。その二歩で槍の穂先の間合いの内側に入った。


「だりゃッ」


 そのまま槍の柄を盾で殴りつけ、空の右手で顔をぶん殴った。


「ごっ」


 後ろへよろめいたところへ懐から取り出した布袋を投げつけると、ヤツの顔に白い粉が叩きつけられた。


「ぶほっ」


 こちらの視界も一瞬なくなったが、息を止めて後腰に付けた短剣を抜き、相手の頭辺りに見当をつけて振り払うと手応えがあった。


「ぐああーー!」


 視界がうっすらと晴れ、顔を押さえる相手が見えた。どうやら顔面を切り裂いたようだ。

 だが、致命傷にはほど遠い――


 足元には、顔を押さえる時に手落したのだろう、さっきまで持っていた槍が落ちていた。考える前に体が動き、槍を拾い上げる。


「せいッ!」


 その槍を、顔を両手で押さえる喉元へと突き刺した。


「ぎゃッ」


 そして相手が崩れ落ちる。



「はぁぁぁぁ~~」


 槍を手放してへたりこみ、息をはいた。


「とうとうやっちまった」


 まだ心臓がバクバクいっている。動いてる最中は夢中だったが、初めて人を殺してしまった。

 顔を殴った手は、まだジンジンしてる。


 実際に襲撃されたわけじゃなく、状況証拠しかない未遂犯だが、間違った事をしたとはこれっぽっちも思っていない。

 あのまま街道をすすめば、明らかに武器を向けられていた。命の軽いこの世界で相手に武器をむけるって事は、命を奪われるに値する事だから。


 だけど、グローブ越しとは言え、殴った手は痛いし、肉を切り突き刺した手応えはまだ残ってる。

 こんな事があれば手を汚す覚悟は、とっくの昔に出来ていてさえこの有様だ。


「はぁ~」


 こちらの世界にきてからいままで、たくさんのの命を奪ってきた。その中には人の形をした命ゴブリンもあった。スーパーに行けば肉が買える世界ではない。食べるためにも、生きる為にも命のやり取りは慣れたつもりでいた。


 それなのに、自分の手で同族を殺すというのはこうも違うものなのか。


 こちらに来て人の死体も何度も見ているし、さすがに今更吐いたりはしないが、人を殺した事実がズシリとのしかかる。


「ステータスオープン」


 気になって確認すると、レベルは上がっていなかった。

 今回は明らかに相手が格上だったにもかかわらず。


「神様も同族殺しは祝福しないか」


 さて、相手が何者だったか確認しないと。

遺体の装備を取り外し、めぼしいものはいただく。――あった、冒険者プレートだ。


シビレズ   Rank:D

性別:男  

パーティ:緑丘の爪

本拠地:ノマセン   所属:ポワルソ


ツレフォント・ローデル   Rank:D

性別:男  

パーティ:緑丘の爪

本拠地:レメリアン  所属:ポワルソ


 1人は家名持ちか…見なかった事にしよう。

二人ともポワルソのDランク冒険者か、手強いはずだ。


 さっきの戦闘を振り返ると震えがはしる。結果的には相手に手を出させず完封だったが、結果以上に紙一重以下だったと思う。レベルもあちらの方がだいぶ上だったはずだ。


 初見殺しの小麦粉爆弾が無ければ勝てたかどうかわからない。危ない橋を渡ったものだ。だが、確実に前より身体がイメージに近く動いた。たぶんこれは若返った効果だろう。


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