始まりの街


……あ、ゲイン忘れてきた。

街道で立ち止まっていると、ゲインが走ってやってきた。


「アジフ! てめぇなんでオレを置いてくんだ!」


「いや、なんとなく雰囲気で。ゲインこそなんで見送ってるんだよ」


「あぁ、なんとなく雰囲気でな」


「クッ」

「フフッ」

「「アハハハ」」


 顔を見合わせて笑いあった。


 隣街のポワルソまでは徒歩で1日程だ。


「チルトシアだっけか? ずいぶん遠いんだってな」


 チルトシア、故郷設定の国だ。もちろんまったく知らない。発端は行商人の発言だった。「黒目黒髪とは珍しいですね、チルトシアの方ですか?」なんでも、大陸の東端にある島国らしい。へぇーまったく知らないなー。とりあえず乗っかっておいた。


「ああ、いくつも国境を越えなきゃならない。2,3年はかかるだろう」


「そいつは確かに遠いな…「火よ、ファイア」」


 昼食の準備をしながらゲインが火を付ける。そう、ゲインは魔法が使えるのだ! ゲインのくせに!

 とは言っても生活魔法だけらしい。本格的な属性魔法を使うにはちゃんと魔術師としての勉強と修業をしなければならないが、生活魔法を使うために最低限必要な魔力操作スキルは魔術ギルドで教えてくれる。お金は金貨1枚かかるらしいが。

 そのうえで、自分の適性に合う属性の生活魔法を覚えられるらしい。


 手から魔力を流してみてくれってお願いしたのだが、ゲインにはそんな複雑な操作はできないそうだ。

 才能のある人は一人で習得してしまうらしいけど。ま、4年たっても農民の称号しかないくらいだ。いまさら才能には期待していない。


 だが、そんな自分でもお金を払えば生活魔法を覚えられるのだ! 最低保証バンザイ! ポワルソの町でさっそく魔術ギルドに行ってみるつもりだ。ようやく異世界魔法ライフが始まる!


 道中は特に魔物に遭うことなく過ぎていった。ホーンラビットが2回ほど遠目に見えたが、こちらをちらっと確認するとすぐ逃げていった。


「街道沿いなんてこんなもんだ」


 ゲインの話を聞いたり、しょうもない話をしながら進むと、陽が傾いてきた頃にポワルソの街が見えてきた。


 おお! 思っていたよりずっと立派だ! 1mほどの簡素な石垣が街を大きく囲っていて、その中に5mくらいの外壁に囲まれた街がある。城はないようだ。外壁の外にもちょっとした街ができている。


「村とくらべるとでっけぇなぁ」


「百年以上も歴史ある町と開拓村を比べるな。ほら、行くぞ」


 せかされて足を進める。周囲でも傾いた陽射しに追われるように門に人が集まって行列ができていた。帰宅ラッシュの渋滞みたいだ。


「入街税は銅貨5枚だ、用意しとけよ」


 ゲインの分とあわせ大銅貨1枚を用意する。護衛を依頼しているので、依頼者が払う。周囲を見ると、冒険者と思われる姿も多い。

 割とスムーズに列は流れていき、ゲインが衛兵に軽く手を上げて声をかける。


「よぉ」


「ゲインか、そっちは見ない顔だな」


「ああ、村のモンだ」


 街に入るにもルールがあって、フードは降ろさないといけない、御者以外は下馬しなければならない、武器に手をかけてはいけない、など。

 今は腰丈のフード付きマント…雨具にも寝具にもなる後ろ丈をやや長めにして使い勝手を向上させた自作の自慢の一品…をつけているが、フードを降ろし、入街税もおつりが出ないように準備し、予習は万全だ。


 やり取りの間に大銅貨を支払い軽く頭を下げて通過する。聞いてはいなかったが、アレはないのか。


「入門の時に犯罪者かどうか判別する水晶みたいな魔道具があったら便利なのにな」


「高価な魔道具を門に置くわけねぇだろ。噂では領主の館には称号のステータスを看破する魔道具があるらしい」


 称号はまずいな、” 異世界よりの来訪者”はやっかい事のにおいしかしない。


「各ギルドにも置いておけば犯罪者の登録を防げるんじゃないか?」


「普通に生きてりゃお目にかかるようなもんじゃねぇよ、だが登録した後はギルドに記録が残るからな」


 無いのか、よかった。

その日はゲイン行きつけの宿に案内してもらい、酒場に繰り出して村の話やいままでの話をして盛り上がった。飲み代はゲインがおごってくれた。餞別らしい。旅にお金は必要なのでありがたい。


 朝、ゆっくり目に起きると、ゲインはまだ寝ていた。今日は街を案内してもらう予定なので叩き起こした。


「まずは防具屋から行こう」


「冒険者ギルドが先じゃないのか?」


「朝のギルドは忙しい。手続きは昼間のほうがいい」


 そんなものなのか。わからないので、大人しく従う。ゲイン行きつけの防具屋は裏通りにある工房だった。


「おーい、おやっさーん」


「おまえにおやっさん呼ばわりされるほど、歳はくっとらんわ。今日はどうした」


 職人が手を止めて対応してくれた。同い年くらいかな?


「コイツの鎧を見繕ってやってほしいんだがどうだ? 旅と冒険者だ」


「革か?」


「革でお願いします」


「ふぅん、お前さんその盾を見せてみろ」


 盾を渡すと、一通り確認から


「これは村で作ったのか?」


「自分で作りました」


「造りは甘ぇが革の処理は悪くねぇ、手を加えれば良くなりそうだ」


おお! 苦労して作ったかいがあった!


「鎧はマーダーブルなら金貨2枚、オークなら銀貨70枚、キラーアントなら金貨5枚だ。盾の加工は銀貨30枚でいいだろう」


 高いの、安いのを並べて真ん中がお買い得に見える。やるな。

全財産は金貨5枚、どうするか…


「鎧が出来たらその革の上着は着れなくなるぞ?どうするんだ?」


「古着屋にでも行こうかと思いますが」


「ちょっと見せてみろ…見ねぇ造りだが、面白い。銀貨30で引き取ってやろう。どうだ?」


 な、なんだってー! お買い得じゃないか!


「マーダーブル鎧、盾加工、上着引き取りでお願いします!」


「おう、じゃあ寸法あわせるからこの採寸鎧を着てくれ」


簡易な造りの鎧を着ると、パーツ間をベルトで調整し、寸法を型革に描いていく。なるほど、こうやってパーツを組み合わせるのか。


「4日で出来上がる。合計金貨2枚、手付と現物渡しで半分ずつだ」


 金貨1枚を払い店を出た。


「面白いくらいおやっさんのてのひらの上だったな」


ゲインが笑っている。


「どういう事だ?」


「下取りやサービスにお得感を出して買う気にさせるのさ。普通は金貨2枚から値引き交渉に入る。おやっさんのマーダーブル鎧なら金貨1枚に銀貨70枚ってとこだな」


「何!? それなら言ってくれてもいいじゃないか!」


「でも損した気はしないだろ? あそこまで面倒みてくれる人はなかなかいないぞ」


「まぁ…確かに」


「親切にしつつ儲けも取る。おやっさんの上手いとこだな」


どっかの通販商法みたいじゃないか!? ……異世界も油断ならない。



「次はどうするよ?」


「手持ちがさみしくなったから、補充したい。メフィカさんの言ってた調薬師のところへ頼む」


 案内されたのはこぢんまりとした薬屋だった。扉を開けると、中は整然と薬品や素材が並べられていた。


「おや、いらっしゃい。何か入用かい?」


店にいたのはお婆さんだった。


「薬草の買い取りをお願いしたいのですが」


背負い袋にいれた瓶を出していく。これだけでずいぶん軽くなった。


「粉末かい、ずいぶんあるね。見せてもらうよ」


 薬草、毒消し草、麻痺けし草に分けた瓶の中身を秤に乗せ計量してもらう。店のポーションを見ていると声をかけられた。


「あんた調薬士かい?」


「いえ、違います」


「それにしちゃ丁寧に処理してあるね」


「ルヤナ村のメフィカさんに教わりました」


「へぇあの子にねぇ」


あの子? メフィカさんもそんな歳でもないんだが……


「全部で金貨1枚と銀貨80枚でどうだい?」


「HPポーション2つと解毒ポーション、止血ポーションも下さい」


「麻痺ポーションは買わねえのか?」


「必要なのか?」


「山沿いの森だと痺れネズミや、夜の森にパラライズバットがでる地方もあるぞ。南の方の昆虫系の魔物も麻痺を使ってくるらしい。あとは砂漠のパラライズヴァイパーか」


「買っとくか、麻痺ポーション追加で」


「差し引きでおまけして金貨1枚と銀貨55枚だよ。メフィカによろしく言っといておくれ」


「ああ、それはオレが引き受けよう」


ゲインが答えた。



 薬草が2年分で金貨に化けた。ホクホクだ。HPポーションは銀貨5枚他のポーションは銀貨6枚大切に使わねば。


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