その壁の向こうへ



「ゲイン、ズーキ、頼みがあるんだ」


 今日も飲んだくれる2人に声をかけた。

この2人とはすっかり仲良くなった。主に酒のせいで。

 ゲインは元Dランク冒険者で、村長が開拓村を作る時に引退して一緒にきたらしい。普段は森の魔物を駆除したり、街へ行く村人の護衛なんかもしている。

 ズーキは村一番の腕前の狩人だ。


「なんだよ、あらたまって」


「ゴブリンを狩りたい。力を貸してほしい」


「またゴブリンが出たのか? どこだ!」


 ゲインは真剣な顔で問い詰めて来るが、そうじゃないんだ。


「いや、ゴブリンはまだ出ていない。アイツらはオレにとって壁なんだ。乗り越えなくちゃならん」


 2人は顔を合わせた後、爆笑しやがった。


「ウヒャヒャヒャ! それで、ヒィ 俺たち2人に協力しろと? アヒャヒャヒャ」


 笑い死にしてしまえ。


 ゴブリンには何度か遭遇したことがあるが、アイツらはシャレにならない。背丈は子供くらいで緑色の肌、曲がった鼻にとがった耳。いわゆるゴブリンな見た目をしている。


 1対1なら子供でも勝てる….確かにそう言われてはいるが、考えてもみてほしい。人型生命体とお互いの命をかけた真剣勝負なんだ。これまでにも何度か遭遇しているが、ホーンラビットとはまた異質の明確な殺意と、真っ黒で純粋な悪意は恐怖以外の何物でもなく、逃げるしかできなかった。

 

「そうだ、オレはゴブリンが怖い。この気持ちを克服したいんだ。協力してほしい」


 ゲインはいくぶん真面目な顔になってきたようだ。


「べつに冒険者でもなけりゃ狩人でもないんだ。無理に戦う必要はないんじゃねえか?」


「これからも森には入らなくちゃならないんだ。いつもうまく逃げられるとは限らない。戦う必要はないかもしれないが、戦えるようになっておく必要はあると思う」


「まぁ、そりゃそうかもな。そこまで言うなら協力せんでもない。ゴブリンごときなら俺1人でも十分すぎるが…ズーキ、お前どうする?」


「いや、オレも行こう。面白いものが見れそうだからな」


 そしてまた爆笑しやがった。コイツらやっぱり笑い死にしてしまえ。


翌日、2人とともに森に入った。今の装備は左手に盾、右手に槍の片手盾片手槍装備。

 盾は木工スキルを駆使して縦と横にはり板を張りあわせ、丸みを持たせた円形の表面に丈夫なファングボアの革を2重に張った自作かつ自慢の一品だ。種類的には小さめのラウンドシールドになるのかな?


 槍はズーキにもらった物で、はじめは罠にかかった獲物を安全圏から攻撃できるように両手で持つ長い槍だったが、片手に盾を持つ様になってから片手で操作できるように長さを詰めて使っている。

 盾で守って遠い間合いから槍でチクチク攻撃する。コンセプトは“命を大事に”だ。


 欠点は両手が完全にふさがってしまうために移動しながらの採取がほぼできない。非常に不便だ。鞘に納められる剣がうらやましい。

 上着は革鎧は高いので、革で作った上着を着ている。ボタンではなく、ベルトで縛って固定するタイプの革ジャンっぽい何かだ。ズボンは普通の布製だが、脛にはサッカーで使うような木を丸く削ったプロテクターを内蔵している。


「戦争にでも行くのか?」


「そうだ、ゴブリンとのな」


 ゲインには笑われたが、これは負けられない戦いなのだ。

ただ、冒険者の様な応用を求められる職業には向かない装備なのは間違いないと思うが。


 ズーキの案内でゴブリンの出没情報の多いエリアへと向かった。


「この辺りは薬草や山菜がずいぶん多いな」


「村でもこっちに入らないように注意されてるだろ? どうも奥にゴブリンの巣があるんじゃねえかとにらんでるんだが、なかなか見つけられねえんだ」


 穴場には穴場の理由があるって事か。普段入らないような森の奥まで行くと、先頭を行くズーキから伏せるようにハンドサインで指示が出る。


「グギャ」「グギャギャ」


 しばらく身を潜めていると、まだ少し距離のある奥の方から 声が聞こえた。緑色の肌は森の中で見にくいが、ゴブリンだ! 複数いるようだ。ズーキが音もなく寄ってきて指示を出す。


「おあつらえ向きに3匹だ。棍棒2剣1。オレは後ろの棍棒をやる。2人は正面に回ってくれ」


 この距離でよく見えるな! 二手に分かれゲインと正面に向かうが、ゴブリンを注視した一瞬後にはズーキがどこにいるかわからなくなっていた。狩人ってすげぇ!


「オレはこん棒をやる。お前は剣に当たれ」


ゲインに言われるが、納得いかない。


「いや、待ってくれ。普通逆じゃないのか?」


「どうせゴブリンに刃なんて立てられんし、そもそもあんなぼろい剣じゃ切れやしねぇ。どっからでも打撃が入る棍棒の方が危険なんだ」


「なるほど、そんなもんか」


 話しすぎたのか、ゴブリンに気づかれたようだ。身体を起こして向かい合うと、一番後ろのゴブリンの頭に矢が刺さった。ヘッドショットだ。やっぱり狩人ってすげぇ


「グギャ?」


 仲間をやられて後ろを気にしたゴブリンの一瞬の隙にゲインが間合いを詰めて棍棒をもったゴブリンの腹を両断した。


「は?」

「グギャギャ?」


 この一瞬あっけにとられたのはオレとゴブリンだけだった。


 ゲインの武器はバスタードソードっていわれる部類の長めの剣だが、まさか真っ二つにぶった切ってしまうとは。


「ぼさっとしてねえで、ほら、やれよー」


 ゲインに言われあわてて盾を上げる。姿を現したズーキと3人に囲まれゴブリンは逃げようとするが、2人に進路をふさがれてしまう。


 結局一番弱そうなこちらに覚悟を決めて突撃してきた。右から振りかぶられた剣を盾で受ける。ホーンラビットのようにカウンターで槍を突こうとするが、盾が邪魔でできなかった。

 

 ゴブリンはガンガンと盾に剣を叩きつけてきて、こちらも必死で盾で受ける。だが、なんだろう、このうまくいかない感じ。防御もいつもより大きく動かされてるし、反撃も上手くいかない。


 ゴブリンの気迫にジリっと退がる。と、<パンッ>と音がしてゴブリンと俺がパッと間合いを離した。

 後ろでゲインが手を叩いたようだ。距離を取って再びゴブリンと対峙すると、“ハッ”と気づいた。


 このゴブリン、左手に剣を持ってる! そうか…左利き!


 ふたたびゴブリンが剣を振りかぶってくるが、今度はあらかじめ大きく構えた盾を、叩き付けられる剣に向かって左にふり払った。


<カンッ>

 剣と盾がぶつかりあい、お互いの距離が離れる。ゴブリンの勢いが殺され、邪魔になる盾もなく、剣も届かない絶好の間合い!

 右手の槍を突き出すとドッ、とゴブリンの喉元へ突き刺さった。


「ギャ」


 一声発してそのまま後ろに倒れていくゴブリン。そのまま動かなかったが、念のためもう一度胸に突き刺したが、ぴくりともしなかった。


「よっっっし!」


 グッとガッツポーズを決めると、ゲインとズーキがブフッと吹き出し、しばらく腹を抱えて笑っていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る