十一章 『不可能を可能にする存在』
no,1
ぼうっとする頭を抱え、サラはベッドの上で体を起こした。
気づけば寝間着替わりに使っている薄い上着を身に纏っていた。下着も身に付けている。
全裸で寝たはずなのにと思い……アオイがしてくれたのかと行きついた答えに、全身を真っ赤にさせてベッドを叩いた。
恥ずかしいどころの話ではない。
それ以上に恥ずかしいことをしたし、恥ずかしい言葉を言ったりもしたけど、それとこれとは別物だ。
余りの恥ずかしさに頭をマットレスに打ち付けてようやく落ち着いて来た。
と、落ち着いたらそれに気づく。アオイの不在を。
「あぁぁぁあああ~!」
声にならない悲鳴を上げてサラは部屋を飛び出そうとした。
でも自分の姿に気づいて急いで服を身に付ける。
見られたくなかった。アオイ以外の人に肌を見られるのが嫌だった。
武器も何も持たずに服だけ身に付けてサラは走った。
食堂にはエスーナやキッシュも居たが、言葉を掛けることなく通り過ぎる。
外に出れば異様だった現象が消えていることを知る。
寒かった空気は温まり、辺りを支配していた霧も晴れていた。
それが意味することは?
必死に足を動かした。地上では早く移動できないことがこんなにももどかしく感じる。
それでも足を動かし続けた。そうするしか出来無いからだ。
途中で地面に転がっている人たちが、頭を振りながら目覚めた様子で起き上がろうとしている姿を目撃した。
何が起きたかは分からない。でも"彼"が何かしたことぐらいは分かった。
あの夢が本当になるのなら……どんなに急いでも彼には会えないはずだった。
光の中で消える姿を何度も見たのだから。
「アオイ……」
零れる涙が止まらない。
震えが込み上げて来て動かす足が止まってしまいそうだ。
恐怖と悲しみに気持ちが折れてしまいそうになる。
走り続けて息も上がり呼吸すら上手く出来ない。
でもサラは走った。
もう歩いていると言って良い速度で……大好きな彼の元へと。
「アオイ……」
発する声が震えて止まらない。
呼吸の妨げになるから声など出さない方が良いはずなのに、それでも言わずに居られない。
不安に胸が押しつぶされそうになる。
どうして自分はあんなにぐっすりと寝ていたのだろうか?
アオイに求められたことが嬉しくて、求められるままに何度も抱き合った。
途中から数など数えてなかったけれど……アオイが悪い!
文句の一つも言いたいから居なくなって欲しくなかった。
どんな姿でもどんな状態でも良い。彼に会えればそれだけで良かった。
木々の間を抜けてサラの目の前に遺跡の姿が飛び込んで来た。
そして、
「このドチビが~!」
「にょぉ~! 敬意を払えよ人間!」
「知るかボケ! 死ね! 死んで消えろ!」
「おまっ! 服が脱げる~!」
「全裸に剥いて逆さに吊るしてやる!」
「天罰下すぞマジで!」
小さな女の子と取っ組み合いの喧嘩をしていた。
地面をゴロゴロと転がり、大人げなく少女の服を脱がそうとしているのはアオイだ。
そんな二人の様子をオロオロと困った様子で見ている老人は誰だろうか?
余りの光景にサラは目を点として凍り付いた。
非常識をサラリとやってのける相手だが、何がどうしたらこうなるのか?
取っ組み合いしていた二人が一度離れると、荒い呼吸を整えようと一旦休憩する。
と、アオイがサラに気づき目を向けて来た。
「おい馬鹿。ちょっと来い」
「……何ですか?」
「急げ」
「はい。って何するんですか! 服で汗を拭かないで下さい」
「セコンドならタオルの一つも持って来い」
「意味が分かりません!」
「大丈夫。次のラウンドでKOするから」
「本当に何を言ってるんですか!」
こっちの様子に気づいた少女も……老人に恐ろしい視線を向けてローブで汗を拭った。
アオイは袋を取り出して、水と布をサラに渡した。
「あのドチビを完膚なきまでに叩きのめすところを見ておけ!」
「女の子をイジメちゃダメですよ!」
「心配するな。胸の無い奴は女扱いしない」
「キッシュも敵に回す発言ですからね!」
その会話が聞こえたのか……少女が恐ろしい気配を身に纏って立ち上がった。
どうやら相手も次で決める気になった様子だ。
「神! お前を倒して色んな不満を一気に解消だ!」
「ぇえ? 神って?」
「この人間が! 我への冒涜と暴挙を後悔させてやる!」
「神よ? 眷属の者への攻撃は無効ではなかったか?」
頭に血を昇らせたアオイと少女は、セコンドの言葉など聞かずにまた飛び出すと取っ組み合った。
その後しばらく二人の争いが続き……勝負が着いた。
股間を押さえて蹲るアオイと全裸で泣きじゃくる少女。
それを見続けたサラは脱力してその場に座り込み、老人はもう付き合え切れんとばかりに遺跡の奥へと戻って行った。
神が地上に降臨した時点で、魔王の眷属である彼に勝機など無い。相手の悪い機嫌が向く前に逃げるのが正解だ。
神を戦うこと……それは、相手の気まぐれで消されるかもしれないリスクを背負うことに等しいからだ。
こうして氷夢の魔は、どさくさに紛れてアオイによって封印された。
封印したのは神だったが、アオイがそれをしたと云うことになったのだ。
(C) 甲斐八雲
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