no,2

「で、人間よ」

「何だよこのチビ」

「対価を貰おうか?」

「まあ仕方ないな。持ってけ」


 封印を終えて戻って来た神の言葉にサラが反応して飛び出そうとした。

 それをアオイが許さず自分の方へと引き寄せた。

 余計なことをさせて面倒臭いことにしたくなかったのだ。


「待ってください。アオイを殺さないで下さい。するんだったらわたしを!」

「言いやがったよこの馬鹿」

「でもだって」


 だが彼の気持ちに気づかずサラはそう言ってしまった。

 それを彼が一番恐れていたのを知らずにだ。


 殴り合っている途中で氷夢の何たらが口走っている言葉を彼は聞き洩らさなかった。

 それだけに"その可能性"に気づき内心恐怖していたのだ。


「ふむ。そこの魚よ。勘違いするな。それは残念なことに我が眷属。殺すことは出来んのだよ」

「そうなんですか?」

「だから代わりに大切な物を奪う」

「……大切な物?」


 ニタっと笑って神はサラを見た。

 まるでアオイの心情を全て察しているかのようにだ。


「お前の命で手を打つとするか」

「わたしの?」

「そう。それの今一番大切な物は……どうやらお前らしいからな」


 ハッとしてサラは自分を抱きしめている相手を見る。

 が、絶妙なタイミングで目潰しを喰らった。


「のぉぉおおお! 目が! 目が~!」

「見るな馬鹿。いやもう遅いか」

「遅いな」


 パチンと神が指を鳴らすとサラの潰れた目が治った。

 気のせいか前よりも調子が良いくらいに感じる。


「読書をし過ぎるのは良くない。目が悪くなる」

「コイツは読書してても頭が悪いからな」

「ふむ。無駄な努力か」

「どうして二人して納得してるんですか! だからポンポン肩を叩かないで下さいアオイ!」


 プンスカ怒る相手を抱きしめて……アオイは深く息を吐いた。

 本当に性悪過ぎて困る相手だ。


「我を地上に降ろした代償にその魚の命で手を打とう」

「被せて来るなチビ。俺が何を言って何を求めるかぐらいは予測済みなんだろ?」

「神を見くびるなよ人間」

「アオイ? どういう事ですか?」

「……」


 説明するのも面倒臭いとばかりに深いため息が続いた。

 何となく相手が怒っていることに気づいてサラは自分の現状を慮る。


 アオイの替わりに死ぬことになりそうだ。


 それは……自分一人が死ぬことを意味している。

 悪くないけど寂しい。でも好きな人が死なないならそれはそれで良い。


「大丈夫です。わたしがアオイの替わりに死ねば良いんですよね?」

「煩い黙れ口を塞いで呼吸をするな」

「なっ! どうしてそこまで言われなきゃ」

「シュールストレミング」

「……はうっ」


 全身から力が抜けてサラは気絶した。

 結構な威力があるかと思っていたが……世界一臭いニシンの缶詰の破壊力は抜群だった。


「ククク。そんなに大切か?」

「うるせえよ」

「人間嫌いのお前がな。ククク」

「本当にお前は神なのか? 性格悪すぎるだろうが」

「天使と悪魔が紙一重のように、神とて気分次第では善にも悪にもなる」

「本当に始末に終えんよな」


 抱きかかえ直してアオイはそっとサラの額にキスをした。

 認めている。相手をどれほど大切に思っているかぐらい。


「失いたくない物を得たお前はこの神に対して何と言う?」

「特に多くの言葉は無いよ。『好きにしろ』だな」

「全面降伏か。悪くない」


 お腹を押さえて笑う神にアオイは頭を振った。

 完全にこっちの負けだ。勝てる見込みが何一つない。


「ならば改めて貰おうか? 正式な"対価"を」




 うっすらと開いた視線の先は、見慣れた天井だった。

 サラはベッドの上で体を起こして……傍に座り寝ている幼馴染に気づいた。

 いつもずっと傍に居てくれて、何かあれば助けてくれる大親友だ。


「キッシュ」

「……目覚めたかサラフィー」

「アオイは?」

「……」

「ねえアオイは?」


 掴み体を揺らして来る相手にキッシュは言うべき言葉を見つけられなかった。

 どう説明すれば良いのか……やはり言葉が見つからない。


 親友の様子にサラは必死に記憶が途切れるまでのことを思い出した。

 神と名乗る少女と話、そして自分がアオイの替わりに死ぬはずだった。


 そのはずなのに……自分が生きている。

 一瞬死ぬよりも恐ろしい言葉を聴いた気もしたが、きっと錯覚だと思い出すことを放棄した。

 全身から恐怖しか湧いてこないから思い出しちゃダメなのだ。


「アオイは……どこに居るの?」

「皆と一緒に食堂に居る」


 伏目がちなその声にサラはベッドから飛び起きドアを跳ね開け食堂に向かう。


 自分が居ない場所で全てを終わりにしないで欲しい。

 せめて一目でも……どんな形でも良いから彼を見たい。


 食堂へ駆け込んだサラが見たのは……床に倒せれエスーナに馬乗りされているアオイだった。


「さあアオイ。約束通りおねーさんの全力を見せてあげる番よ」

「ちょっ! 場所ぐらい選びましょうよ!」

「良いのよ。もう……出来さえすれば」

「公開エッチとか俺の辞書に載ってませんから!」

「大丈夫よ。最初は恥ずかしいけどそのうち慣れるわ」

「経験者か? 経験者なのか? 誰か~! この痴女を俺から引き剥がして下さい!」


 周りに居る冒険者たちは大いに笑いはやし立てるのみで誰も救おうとはしない。

 ほとほと困ったアオイはようやくサラに気づいた。


「馬鹿。良い所に来た。ちょっと助けて」

「……生きてる?」

「はぁ? なに言ってるんですか? 無敵のアオイさんが死ぬ訳無いでしょうに」

「そうそう。だからこっちの無敵っぷりを確認しましょうね」

「いや~。こんな場所で剝かないで~!」


 現状を把握できないサラは床に座り込んだ。

 後ろから追って来たキッシュは……そんな彼女の肩をポンポンと叩いた。


「お前のことを忘れて遊んでいるとは言えないだろう?」




(C) 甲斐八雲

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