no,3

 白く濃い霧の中を抜けて来たアオイは、遺跡の手前で人影を見た様な気がした。

 ここに来るまでにダメ元で突撃したのであろう冒険者の凍死体をいくつか見つけた。

 たぶん今見たのも座りながら死んだ者の遺体か何かだろう。

 気持ちは解るが……もう少し堪え性を学ぶべきだった。


 ただ自分が凍死しないのは何故だろうか? 悪夢が通じないからか?


 歩く度に眠くなって来るが、頬を一回叩けば眠気が飛んで行く。

 寝なければ凍死するようなことはない。マントは白く霜だらけだが。


「あれ?」

「……ほほう」

「こんちわ」

「生きた人間が来るとはな」

「つまり貴方は人間では無いと」

「そうなるな」


 遺跡の石に腰かけている老人男性はどうやら人では無いらしい。

 こんな場所でローブ姿の時点でだいぶ怪しいが、マント姿の自分を思いアオイはツッコまなかった。


「貴方が悪夢の魔王とやらですか?」

「ははは。あの御方ならもっと深い地中で眠っているよ」

「つまりお知り合いで?」

「眷属と言って分かるかね」

「何となくですが」

「我が魔王様にお仕えする眷属……氷夢の魔にございます」

「それはどうもご丁寧に」

「ははは。中々見所のある青年だね君は」

「ええ。神にも似た様なことを言われてますので」


 ビクッと皺だらけの相手の顔に緊張が走った。


「神官のアオイだ。俺もあのドチビの眷属になるのかね?」

「ほほう。神を知っているとは……声を聴いたのではなくて、会ったことがあるのだな」

「残念なことにな」

「つまり幻滅したと?」

「そうだよな。女だったら、ぼんきゅっぼんであるべきだよな」

「我が主は素晴らしい肉体の持ち主であった。それが原因で神の怒りに触れて地中深く封印されたが」

「……滅ぼすべきは、あのドチビじゃ無いのか?」

「我が魔王様の軍門に降ると言うなら優遇するぞ?」

「何をすれば良いの?」

「そうだな。供物として人間の命を集めて参れ」

「あっ無理だわ。色気が無くても神の味方をするわ」

「それは残念だな」


 老人は薄い笑みを浮かべて、その皺だらけの手をアオイに対して伸ばした。


「眠って行くが良い。それが我の慈悲だ」

「有り難くない慈悲だな」


 押し寄せる様に迫って来る白い霧と、一瞬で意識を持って行かれそうなほど強い眠気。

 アオイはその両方を受けて、全身を白くさせながらも立ち続けた。


「それで?」

「ほほう。あれを耐えるか人よ」

「意外と頑丈な自分にビックリだ」

「生きながらえてどうなる? 苦しい死が待っているだけだぞ?」

「確かにな。でもお前は何度か蘇っては封じられているはずだ」

「ほほう。それに気づくとはな」

「頭は悪くない」

「嫌、悪い。方法が分からないから我の口から聞き出そうとしているのだろう?」

「別の方法がある。使いたくないから聞こうと思った」


 顎を撫で眷属の老人は考え込んだ。


「……乗ってやるのもまた一興か。この地より人を遠ざければ我の力は衰える。そこで大きな魔法を使い我に痛手を負わして地中に封じる。過去に何度も使われた手法だ」

「それはダメだな。その方法だと村に人が住めなくなる」

「文句の多い人間よ」

「そうでも無いさ。望むのは平穏な日々だ」

「この争い多き時代に何とも贅沢な願いだろうか」

「……ささやかな贅沢だよ。ほんの少し人が頑張れば叶う物だ」


 心の中で"スキル"と念じて、アオイは神官スキルの一番上に存在している物を選ぶ。


「最後に一度だけ聞こう」

「何かね?」

「黙って戻ってくれないか? 出来たら封印までしてくれると助かる」

「我が儘が過ぎるぞ人間」

「そう言うなよ。こっちも命がけの交渉なんだからさ」

「ならば立ち去るが良い。その肝の太さに免じて逃がしてやろう」

「……出来たらそうしたいんだけどな」

「そうか」


 石に腰かけていた老人は立ち上がった。


「ならば死ね。人間よ」

「ああ。そうなるのかな?」


 アオイは黙ってスキルを使った。




 老人はその気配で身動きを止めた。

 黙って立っている相手から感じる気配が恐ろしい。

 それは昔……まだ地上に自分の主が居た頃に感じた物に似ている。


「お前は何者だ?」

「忘れたのか氷夢よ」

「……まさか?」


 アオイの背後からスルリと姿を現した者を見て……魔王の眷属はおののいた。


 身長は小さく凹凸の少ない体を白いワンピースに包んでいる。

 だが白い手足は長く清らかだ。

 神々しさすら感じさせるその少女は、見間違いも無く"神"だった。


「まさか"降臨"したのですか?」

「この男にだけ与えたスキルだよ」

「地上にはもう口出ししないと宣言していた貴女様が?」

「口は出さんよ。でもこうして降りて来て遊びもするさ。何より最近は地上での活動をしていなかった結果……我の威光が消え始めている。由々しき事態だ。まあその辺の話は後で良い」


 神官の傍から離れた神は、スッと腰を下ろして構えた。

 深く息を吐き出したアオイも顔を上げて……目の前の神を見つめた。


「忘れて無いだろうな人間!」

「こっちのセリフだ! このドチビ!」


 ほぼ同時に二人は走り出した。


「「今日がお前の命日だ!」」


 アオイの拳が、神の蹴りが同時にさく裂した。




(C) 甲斐八雲

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る