九章 『うっかりさんな予言者』

no,1

「強さ自慢をしていても何も変わらない。今必要なのは相手の情報と倒し方だ」


 目立つことは良しとしないアオイだが、リーダーシップを取れない訳ではない。

 性に合わないからしないだけだ。


 座って居た椅子から立った彼は、自身に向けられている視線に向かい問う。


「相手が使うのは冷気と悪夢の呪いだ。で、強さはとんでもないレベル。誰か何か知らないか?」


 皆が悩み囁き合う様な声だけが響く。


 感じとしては絶望的か……そう思っていると、ポンと誰かが手を叩いた。

 サラを抱きしめていたキッシュだ。


「物語の話で良ければ」

「今は情報の出所は気にしている場合じゃない」

「……それは神代の時代の物語を綴った本だ。その時代は神も気楽に地上へ来ていたとか。そんな時代に、悪夢の魔王と呼ばれる存在が居たらしい。最後は神に逆らい地中深くに封じられた」

「中途半端なことをしやがった神には後日落とし前を付けるとするが……倒し方とかは書いて無いよな」

「無いな」

「絶望的だ」


 結果が出たら一件落着と言う訳にもいかない。

 絶望的な結論だったら尚更だ。


 キッシュの言葉を信じる者も居れば信じられない者も居る。

 冒険者たちは各々何やら話し合いを始め……食堂を出て行く者や残る者など別れた。


 出て行く者は遠くへと逃げるのだろう。少しでも長く生き残るために。

 だがその判断を下すこと自体悪いことではない。どれが正解など解らないのだから。


 テーブル席へと移動したアオイたちは、座席にもたれ掛かり天井を見上げているアオイ以外はちょっとしたつまみに手を伸ばしている。


「アオイ?」

「ん?」

「どうしたんですか?」

「ん~。腑に落ちないんだよな」

「何がですか?」

「あのドチビが封じたと言うなら、遺跡があんなにボロボロな理由が分からんのよ」

「……そうですね」


"ドチビ"が何を指す言葉か解らないが、言われてみればのことだった。

 神代の時代の話だと言うならそもそも建物が建っているのも変なのだ。


「つまりアオイは魔王が復活したと思って無いの?」

「そうじゃ無くて……実は何回か復活してるんじゃないのかって思ってます」

「何回も?」

「エスーナさんが言ってたじゃないですか? この村は過去何度か作っては壊れてるって」

「そうね」


 自分の言った言葉を忘れていたエスーナは、彼の腕に抱き付きながら自分が過去話した言葉の内容を思い返した。

 近隣の街で聞いた話ではそう言う噂だった。


「何度か出て来ているなら封印とか出来そうな気もするんですよね」

「本当に?」

「ええ。だってそうしないと辻褄が合いませんからね」


 気怠そうに答えたアオイはつまみに手を伸ばす。

 ナッツの様な物を口にしながら軽く欠伸を噛み殺した。


「何だかんだで寝不足だから寝たいんだよな」

「あら? 昨夜……大人の階段を昇ったから?」

「あんなくそ寒い中でそんな自殺行為するほど飢えて無いですよ」


 腕にしがみ付いて『今度は私の番でしょ?』と言いたげな視線でエスーナが誘って来たが、本気で眠たいアオイは応じる気が無かった。

 何より事実……そんな階段を昇っていないのだから。


「だったらどうしてサラちゃんが甘えて帰って来たのかしら?」

「さあ? 悪夢を見てからコバンザメのように」

「……」


 黙秘しますと言いたげにサラは何も答えずナッツをリスのようにカリカリと口に放り込み続けていた。

 その様子をキッシュだけが冷めた視線で見つめていたが。




 客が居る以上店主のエスーナは食堂を離れられない。

『水浴びです』とスキップしながら部屋に向かったサラを見送り、アオイは使った分の非常食などを補充してから部屋に向かう。

 と、キッシュが道を塞ぎ顎で裏口を指し示す。やれやれと言った様子で彼は従った。


「アオイ」

「ん?」

「サラフィーのことだ」

「あの馬鹿がどうした?」


 宿屋の裏に回ってから彼女は、何度も辺りの様子を確認してから改めて口を開いた。


「あの子がなぜ地位が高いか知っているか?」

「知らんな。血筋か何かじゃ無いのか?」

「人と違って人魚にそんな考え方は無い」

「ならお手上げだ」


 両手を頭上へと掲げる。

 その様子にキッシュは声量を押さえた。


「一族にとってどれほど役に立つかだ」

「あれが? サンゴ細工だけの馬鹿だろ?」

「その腕前も凄いが……あの子は特別な力がある。夢で未来を見るんだ」

「予知夢かよ」


 面倒臭そうに自分の顔を軽く押さえてアオイは首を振った。


「あの子は自分の力を自覚していない。きっと嫌な夢を見たと思ってお前に抱き付いているんだ」

「教えておけよ」

「なら自分で教えてやれば良い」

「……夢を抱えておかしくなるか」

「あの子は優しいから」

「悪夢の呪いだから悪い夢を見ただけか、それとも予知夢か……全く面倒だな」

「怖くないのか?」

「何が?」

「あの子がお前の死ぬ夢を見ていたら」

「馬鹿だな。人は誰しもいつか死ぬんだ。気にしてたら今日も生きられんよ」


 へらへらと気の抜けた笑みを見せ、欠伸を噛み殺したアオイは部屋に向かった。

 そんな彼の様子をキッシュはやれやれと呆れつつ見送った。




(C) 甲斐八雲

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