no,2
ベッドの上には先に戻っていたサラが居た。
お前の寝床は湯船だろうと思いながらも……たぶん"夢"のせいだと理解出来たから何も言わない。
何より眠いのは本当だ。
焚火の様子を見ながら時折寝落ちした時だけの睡眠。
今日ぐらいは邪魔されること無く寝てたい。
ベッドに上がり横になると……ちょんちょんと控えめに相手が手を伸ばし触れて来る。
もう眠いのだから中途半端なことをして欲しくない。
「寝るぞ馬鹿」
「……はい」
でも相手の手が止まらない。本当に面倒臭い。
背中を向けていた相手に対して寝返りを打って正面から見る。
彼に対して背を向けているサラを後ろから抱きしめた。
「アオイ?」
「ちょんちょん触るな。気になって寝られない」
「……でもこれは」
「良いから寝るぞ馬鹿。俺は眠いんだ」
「……分かりました。でもその手を退けてください! 最近迷うことなく胸を揉み過ぎです!」
「利息分で揉ませておけ」
「う~わ~! 反論できない卑怯な物言いです!」
わんわんと騒ぐ相手の声を聴きながらアオイは眠りに落ちた。
「どうかね? 自分の罪を再確認した感じは?」
「最悪過ぎて反吐が出る」
「そうだろう。君は命を奪ったのだから」
「……」
「いくらもう間もなく終わる命であっても奪ったことには変わらない」
「……何のことだ?」
「ん? ああ。そうか。君はあの時、全てを確認していなかったのだね」
いつの間にかにソファーに座った神は、その胸を大きく反らしてぞんざいに言葉を続ける。
「君は人を殺めたと……そう思っていた様だが、彼は気絶していただけで死んでない」
「嘘だ。ならあの血は?」
「だから言ったろう? 『命を奪った』と。あの時あの男の背中に押されガラスに挟まれて死んだ存在がある。17歳の老いた犬だ」
「……」
「野良犬として過ごし、最後の時をその場所で過ごしていた。そしてあれだ。君は残り三分弱生きられた命を奪ったのだよ。まあその犬が苦しみから解放してくれたことを感謝しているから罰など与えないが」
「なら俺は誰も殺していなかったと?」
「その通りだ。本当に人を殺していたのなら、君が死ぬまでの五日間……警察とやらが必死に捜索しているはずだろうに? 逃げ切れたのは運が良かったとでも思っていたのかね?」
「……」
「勘違いだ。ついでに教えてやろう。あの時君が救った少女は、後に勉強に勤しみ弁護士になった。家出少女を救う活動が広く伝わり与党から出馬、議員となっても活動を続けた。そして大臣となり、ある法案の素案をテレビで発表し……高い支持を集めて現実のものとした」
やれやれと言った様子で神は肩を竦める。
「マイナンバー制度とやらを使ったSNSなどの登録に本人確認をするシステムだ。何でも彼女を救った後に自死した"青年"が、SNSで学校に居れなくなった事実やそれで人生を絶望したことを知って……それはそれは心を痛めていたそうだよ。何度もそのことを涙ながらに訴え続けた彼女の人生を賭した活動に人々から賛同を得た」
「……馬鹿なことをする奴も居るんだな」
「そうだ。大馬鹿者さ。でも匿名ならどんな悪さが出来ても、申請し受理されれば"実名"を確認できるシステムが誕生してしまえば世界は一変する。誰もが無責任な発言が出来なくなった。ネットとやらを媒介した事件は激減した。批判があっても数字の上では彼女の行いの正しさは実証された」
「そうだろうな」
床に座り葵は深く息を吐いた。
そんなつもりなど微塵も無かったのだが……まあ自分が死んで救われた人が少しでもいるならそれで良い。でも頑張ったのはあの時の少女だ。自分は何をした訳でもない。
「その通りだよ。君はそれから全てに絶望し……まあ不幸が重なり続けて気が病んでいたこともあって、衝動的に飛び降り人生を終えた。何かを成したかと言えば何も成していない人生だ」
「でも人間なんて大半そんなもんだろう?」
「否定はしないよ。全員が何かを成していたら……世界はパニックになってしまう」
「なら俺もその他大勢の一人だ。それで良い……それが良い」
「惜しむべきはそのやる気の無さかな? 英雄になれる星の元に生まれた者でもその運命に気づかなければただの人だ」
「星の元って言うならこの世に生まれる者皆星の元に生まれているさ。地球の外には星だらけだ」
「夢の無い奴だ」
「現実的なんだよ」
もう疲れたと言った様子で彼は床に寝っ転がった。
自分のことなどほじくり返して欲しくもないし、その後の話など聞きたくもない。
知ったところで自分はもう死んでいるのだから。
「その通りだな。死人が出しゃばるのは良くない」
「だったら静かに眠らせろよドチビ」
「……生まれ変わりだよ。その順番が早くなって場所が地球では無いだけだ」
「また赤子から俺にやれと?」
「嫌か?」
「嫌だね」
「……そうか。君は両親の居る家庭に憧れがあると思っていたのだが」
「気のせいだ。そんな物は要らないよ」
背中がズキッと傷んだ気がした。
葵は上半身を起こして無意識に右手で左肩の肩甲骨に手を伸ばしていた。
「痛むかね」
「お前の仕業か?」
「何も。それは君が抱える業だろう? いや……母親の罪か」
反射的に飛び起きた葵は、神に向かって突進していた。
(C) 甲斐八雲
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