八章 『知らぬ間に蘇りし敵』

no,1

「……ぶあっ!」


 余りの息苦しさでアオイは目を覚まし空気を貪った。


 軽く憎たらしいあん畜生の顔を見た気がするが気のせいだろう。

 悪夢だとしても勝手に夢に出て来る行為を容認できない。

 今度会ったら泣きながら土下座させて命乞いさせてやる。


 息苦しさの原因は直ぐに判明した。

 寝ぼけているのか……サラが首に抱き付いて締め上げていた。


 ブルブルと震えている様子からマントの具合を確認し、弱くなっている焚火に薪を放った。

 ふと吐く息が白いことに気づく。もう一度吐いたら……やはり白い。

 一気に冬にでも季節が変化したとしか思えない状況だ。


「おい馬鹿起きろ」

「……」


 返事が無い。かなり深い眠りに落ちている様子だ。


「起きないと胸を揉むぞ?」

「……」


 抱き付かれている都合相手の胸を揉むのは難しい。だって自分の体に密着しているから。


「起きないと……尻行くぞ?」

「……」


 結構前から尻に手を伸ばしていた。

 触り心地は爬虫類とは違う鱗な感触。いつの間にか元の体になっていた。

 マントから尾びれなど出ていないか確認して……最終手段を使う。


「クサヤ」

「ひっ……」


 反応はあったが起きない。

 流石にここまでやって起きないのは変だ。


 心の中で"スキル"と念じて、アオイは自分のスキル一覧を確認する。

 基本生き残ることを前提にスキルを取得している彼は、誰もが取らない様なスキルから取る傾向があった。


"状態確認"など冒険する者でも取得することは余り無い。

 毒や呪い石化など、一目見ればある程度判断できるからだ。

 念の為を信条とする彼は迷うことなく取得していた。


『呪い・悪夢』


 使ってみたらサラの頭の上にその文字が見えた。なかなか楽しい状態だ。

 アオイは自身のスキル一覧からそれを選んだ。


"解呪"


「……」


 うっすらと開かれた目が彼を見て止まる。

 と、抱き付いていた腕に力が籠って全力で首を締め上げて来た。


「アオイ~!」

「あがっ!」

「アオイ~!」

「おがっ!」

「アオイ~!」

「……死ぬわボケ!」


 力任せに相手の腕を引き剥がして空気を貪る。

 冷たい空気が本当に美味しく感じられた。


「良かった……良かったよ」

「何だよ全く」


 軽くせき込みながら相手を見た瞬間、彼の中の怒りが静まった。

 ポロポロと涙を溢すサラは……本当に嬉しそうで安堵の表情を見せていたからだ。


 あっちの世界に居た頃では決して見れなかった物。

 それを見てズキンと胸の奥が疼いた気がした。


 ようやく気持ちが落ち着いたのか、サラは辺りの様子を窺い……自分の足に気づいたのか人のそれに変化させた。


「夢だったんですか?」

「たぶんな」

「良かった。あんな怖い夢はもう見たくないです」

「借金ばかりして遊んでるからそんな目に合うんだよ」

「……反論できない自分が辛いです!」


 いつも通りの相手のリアクションに内心ホッと息をつく。

 何であれ……女性の泣き顔は見たくないのがアオイの本音だった。


「そんなに怖い夢だったのか?」

「はい」

「どんな夢だよ」

「…………言えません!」

「実は恥ずかしい感じの夢か?」

「違います! でも言えないんです!」

「なら仕方ないな。つか周りの様子がおかし過ぎるし少し様子を見るか」


 立ち上がろうとする相手の動きに乗じてサラも一緒に立った。


「ここに居て焚火の火を見てろ。ちょっと見て来る」

「……」

「おい馬鹿よ? 俺の手を握るその手はなんだ?」

「……ダメです」

「はい?」

「別々はダメです!」


 らしくないほど声を荒げて叫ぶサラの様子に……流石のアオイも面食らった。


「一緒に行きます」

「分かったよ」

「支度しますね」

「分かったって」

「ちょっと待っててくださいね」

「……だから手を離せ」


 掴んだまま離して貰えない手をアオイは大きく振って引き剥がそうとしていた。

 ガッチリと掴んでいる彼女の手が剥がれそうな気配が全くない。

 必死て言う文字が見て取れるくらいに全力で掴んだままだ。


「分かった。そこを掴むな」

「ならこっちで」


 提案したアオイがビックリするほど無邪気にサラは手を握って来た。

 人魚とは言え相手は女の子な訳で……その小さな手にアオイは自身が緊張するのを感じていた。


 どうにか荷物をまとめた二人は、焚火の火を消して歩き出した。

 日の出が近いのか、月明かりが強いのか……足元までぼんやりと明るい。

 照明など要らなくても歩ける明るさだ。


 それなのにとにかく視界が悪い。原因は木々の間を埋め尽くさんばかりの霧だ。

 濃霧と呼ばれる類の物なのかもしれない。

 気温が低く濃霧のおかげでどんどん体の体温を奪われる気がして来る。

 寒さに弱いのかサラは自分の腕を擦る動作が増えていた。


「ほれ」

「……良いんですか?」

「何かあったらお前を餌にして逃げるけどな」

「折角の親切を残念な感じにしないで下さい!」


 それでもサラは後ろから抱きしめられマントに包まれることを選んだ。

 早く動けないし、何かあったら二人してアウトっぽいが……暖かいし、何より相手の温もりを終始感じられる。


 あんな夢を見た後なだけに、サラとしてはこっちの方が良かった。




(C) 甲斐八雲

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