no,3
ほっと暖かな空気と雰囲気に息を吐き出したサラは、ようやくそれに気付いた。
マントの中でアオイの両腕に包まれる様にして抱かれている事実にだ。
一気に頬が、顔が、熱くなって……誤魔化すようにマントに顔を押し付けた。
「どうした?」
「ちょっとくしゃみが」
「そんなに寒いか?」
言って大後悔だ。相手がギュッとより強く抱きしめて来る。
あわわ~と内心慌てながら、必死に気持ちを落ち着かせる。
無理だった。
心臓がバクバクと激しく脈打ち、自分の顔が恥ずかしさと熱さで弾けてしまいそうだった。
「ああああアオイ」
「ん?」
「……」
恥ずかしいから離して下さいと言う言葉が喉に張り付いて出て行かない。
必死に絞り出そうとしても激しい抵抗を見せて……しばらくしてサラは、一度だけ深く息を吐き出した。
そっと相手の腕に身を預ける様にして全てをゆだねる。
色んな事をされて来たから恥ずかしがる方がおかしいのだし、何より相手はとにかく口は悪いが優しい。
周りから"馬鹿"だの言われていてもそれぐらいサラにだって理解することは出来ていた。
ただ認めることで相手に甘えられなくなるのが怖い。
そう……怖いのだ。
「アオイ」
「ん?」
「アオイの元居た世界って……平和な所だったんですか?」
口が自然と動いていた。
意識などせず勝手に……でもそれは知りたいことだった。
相手のことをあまりにも知らないからこその好奇心だ。
「モンスターなんて居ない世界だよ」
「そうなんですか? なら平和ですね」
「でも毎日人は死んでる。結構な数がね」
「えっ? モンスターが居ないのにですか?」
「ああ。モンスターより怖い生き物がたくさん居るんだ」
ゴクッと唾を飲み、サラは相手の腕の中で体を動かし向きを変えた。
相手の顔が目の前にある向かい合うような形……マントの中は結構恥ずかしい体勢だ。
「怖い生き物ですか?」
「ああ。"人間"って言う凶悪な生き物がね」
「……もうアオイ! またわたしをからかってますね!」
相手の言葉はいつもそうだ。
こう上手く恐怖心を煽って来て巧みに冗談で終わる。
それだからいつも自分はからかわれた気分になるのだとサラは理解していた。
理解してても何度も同じ手に合うのだから意味は無いが。
「本当だよ。人間ほど恐ろしい生き物は居ない。俺たちの世界は人間が支配する怖い場所なんだ」
「……本当に?」
「人が人を殺し、人が人を捕え、人が人を裁く……人によって支配された世界。全ての決まりは人が作り、それに応じられない者は爪弾きにされるんだ」
「アオイも?」
「俺は自分で勝手にミスを重ねてそこに居れなくなった愚か者だよ」
寒さからブルッと体を震わせてアオイは少し相手を自分の方へと寄せた。
相手を完全に覆う為には少々マントが小さかった。元々一人用なのだから文句は言えないが。
だから自分の背中の部分を覆わずにいる。
木の幹にでも背中を押し当ててればどうにかなるかと思ったが……企画に無理があったのは薄々感じていた。でも体の前面部が暖かいから我慢は出来るだろう。
「人が人を殺す嫌な世界だ。それも無意識に人を殺そうとするから始末に終えない」
「無意識に?」
「そう。無意識に、無自覚で……何となくで相手を自殺するまで追い詰めて、『こんなことになるとは思わなかった』だの『本当にするなんて思わなかった』とか言って周りの同情を買おうと必死に愛想を振りまく恐ろしくて怖い世界だよ」
「怖い場所ですね」
「……でも怖いばかりでも無いんだ。そんなことをするのは一部の人間だしな。大半は善良で良い人が多い」
「そうなんですか?」
「ま~な」
何となく相手が言いづらそうなのが伝わって来た。
きっとこれ以上質問をしても話を誤魔化すに違いない。最悪は全力で胸を揉まれかねない。
今の気持ちで、今の感情で……そんなことをされたら自分がどんな反応をしてしまうか解らないから、サラはそれ以上の追及をしないことにした。
ただどうしても気になることが一つだけある。厳密に言えば二つだが。
「アオイ」
「ん?」
「アオイの世界に人魚は居るんですか?」
「どうなんだろうな?」
「居ないんですか?」
その返事は意外だった。
てっきり居るから自分の一族の秘密を知っているのかと思っていたのだ。
「居るとか言われてるけど……見たことは無い。居た証拠だと言って見せられるのはミイラだしな」
「ミイラ?」
「からからに乾燥した人魚の
「ぅおお……この瞬間にそんな言葉を聴くとは思いませんでしたよ」
強めの精神ダメージを受けてサラは寒さ以外で身を震わせた。
「そんな物しかない割には"伝承"とかいっぱいあってな。それで人魚の秘密を知った」
「そうなんですか。ちなみに聖典はアオイの世界の物なのですか?」
「あの絵本か。間違いなくな。どこでどう間違ってこの世界に来たのかは知らんが……いつか詳しそうな奴に出会ったら泣きながら土下座させるついでに聴いておくよ」
「別にそこまでしなくても良いですけど……」
知ったところでサラにはどうにも出来ないのだから。
それよりももう一つの問題の方が重要だ。
「アオイ?」
「ん?」
「……どうしてずっとお尻を触ってるんですか?」
「反応無くて感じて無いのかと思ったよ」
「感じてます! ずっと撫でまわして!」
おかげでずっと変な気持ちが高まって止まらないのだ。
「離して下さい」
「嫌です」
「どうしてもですか?」
「この丸みは良い物だ」
遊んでる。それぐらいサラにだって理解出来る。
グッと気持ちを押さえて……サラは自分から腕を伸ばして相手の首に抱き付いた。
「お尻はダメです。そこは本来の体の関係もあって凄く敏感で……触るなら胸にしてください」
「……恥じらいを忘れるなよ」
「もう貴方って人は!」
(C) 甲斐八雲
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