no,2

「どうも見てると腹が減って来るな」

「何がですか?」

「ゼリリンの色合いが」

「……」

「煮こごりが食べたい」

「いや~。もう許して~」


 両耳を押さえて蹲る馬鹿に、アオイは怠そうな視線を向けた。

 ガタガタと震えている様子からしてそれ程怖いのだろう。


 言葉だけでこれほど反応するのは……細胞レベルで恐怖が染み込んでいるのか?

 人魚のDNAなど確認のしようも無いからアオイはさっさと忘れることにした。


「ほら次行くぞ」

「う~」

「あの辺にゼリリンが居るから適当に矢を撃て」

「分かりましたよ、もう!」


 立ち上がり適当に放った矢は、ブスッと刺さった。

 放物線を描いて四角いゼリリンの頭頂部(?)に見事だ。

 ゴルフだったらホールインワンかと思うほどのコントロールだ。


 刺さった矢をそのままにプルンと身を震わせながら敵がこっちに向かって来る。

 サラが次の矢を番えて放つのを見ながら、アオイは敵の進路上に立ち塞がる様に移動する。

 来るまでに倒せれば問題無いが、無理ならターゲットを引き受ける。それが彼らの狩りだ。


 ステータスの"体力"は、数値が高いほど防御力も高まるしHP的な物も増える。更にヒール持ちのアオイは低級なモンスター相手ではほぼ無敵だ。


 サラが一生懸命に矢を放っている間に、近くに来た別のゼリリンに石を投げて勝手にお替り追加する。


「ちょっとアオイ! 早いです!」

「男に早いとか言うなよ~。傷つくだろ?」

「何の話ですか! なに次のゼリリンを探してるんですか!」

「ただ立ってるのも暇なんで」

「黙って立っててください! 全部わたしがやるんですから! もう動かないで!」

「人を甲斐性無しのマグロみたいに言うなよ~」

「もう! マグロはすっごい頑張り屋さんなんです! ずっと泳いでるんですから!」

「騒ぐの良いから早く撃てよ。追加を呼ぶぞ?」

「あ~も~! 動かないで下さい! わたしばっかり動かせて!」

「……少し興奮して来たんだけど?」


 3体となったゼリリンに向かい、サラは泣きながら矢を放ち続けた。




「ぜぇ……はぁ……」

「もう完全燃焼だな」

「誰のせいですか!」

「楽しくて良いだろ?」

「楽しくなんて無いです! ゼリリンには"体当たり"ってスキルがあるんです! いくらアオイでもそれを受けたら」

「ああ何発か食らったのそれか。ちこっと痛くてイラッとしたな」


 しゃがみ込んでいたサラが蒼い顔して彼を見る。

 まるで幽霊にでも出会ったようなそんな色合いの顔色だ。


「体当たりを受けても平気なんですか?」

「自分ヒールがありますから」

「一撃で亡くなる人も居るって聞きますよ?」

「自分ヒールがありますから」

「ヒールってそんなに凄いんですか?」

「お前馬鹿だろう? ヒールはそんなに万能じゃ無いぞ」

「……もうアオイは! 心配してるんですから!」

「はいはい。お前に心配されるほど弱くないよ」


 怒りながら両手を振り回している相手の頭を軽く叩いて、矢の補充を急がせる。

 今日はゼリリンを追ってだいぶ奥まで来ている。

 正直どっちの方角に向かい帰れば良いのか分からないくらいだ。


「なあ馬鹿よ」

「何ですかもう!」

「実を言うと結構前から迷子なんだけど……方向感覚に自信あるか?」

「こう見えてもわたしは広い海原で育ったんですよ。海の中なら決して迷いません!」

「ここは地上ですが?」

「……地上のわたしは無力なんです」

「無力だし無能だし……海に還れ!」

「いや~。見捨てないで下さい」


 言葉の様子から何かを感じたのかサラはアオイの腰にしがみ付いた。

 このまま近くの小川に叩き込んでしまいたくなる時が多々あるだけだ。


「つまり二人揃って迷子な訳だ」

「そうなりますね」

「お前……食料とか持って歩くタイプじゃ無いよな」

「酷いです。少しはあります。……半分のパンとか」

「それは食料じゃ無くて、食べ残しだ」


 自分の"袋"を取り出しアオイは中を確認した。

 念の為に買っておいた保存食がある。

 ただし売ってくれたエスーナ曰く『美味しくは無いから』との評価済みだ。


「最悪は小川に出ればどうにかなるな」

「ですね。この辺はわたしも来たことが無いので」

「俺なんか間違いなく初めてだ」

「……余裕ですね」

「まあどうにかなるさ」


 あまり深く考えずアオイはとりあえず日の高さを確認した。

 だいぶ傾き沈み始めている。


「良し。まず薪になる物を集めよう」

「はい」

「それと水だよな」

「水ですね」

「水ぐらい探せないのか?」

「……その中で暮らして居るのに探す必要なんて無いですから」

「本気で使えんな。まあ仕方ない。薪を集めつつ水を探すか」




 日が沈む前にちょっとした湧き水を発見することが出来た。

 二人はその近くで火を起こし一夜を過ごすことした。


 保存食を求めるサラとアオイの攻防などあったが、概ね平和に時間を過ごす。




「問題はこれが一枚だけなんだよな」

「マントとか持ってるだけでも凄いですよ」

「非常時の時に備えて普通持つだろ?」

「……わたし、水に入ればどうにかなるので」

「ならあの湧き水に入れ。頭からすっぽりと」

「許してくださいアオイ様~」


 わんわんと泣きわめくサラをそのままに、アオイは焚火に薪を放り込んで火を強めた。

 夜間のモンスターは火を焚いていれば襲って来たりしないそうだ。

 それだけに火を途切れないようにするか、襲われないように木の上のような高い場所で寝るしかない。


「う~寒いです」

「そうだな。何か最近冷えて来たな」

「この辺りは暖かいって聞いてたのに」

「俺もだ。つか寒いからこっち来い」


 マントを羽織ったアオイはサラを呼ぶ。


「良いんですか?」

「凍えるよりマシだろ」

「……胸を揉んだりしないで下さいね」

「時と場所ぐらい考えるわ」




(C) 甲斐八雲

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