七章 『絶望と言う悪夢を見る転移者』

no,1

 未踏のダンジョン。


 それは冒険者を駆り立てるのに十分な存在だ。

 各々求める物は違えども……冒険者たちはダンジョンへと足を踏み込んでいく。

 運良くレア物の武器や防具、アイテムを手に入れられた者は僅か一握り。

 大半は敵を倒し経験値を得ることで終わってしまう。

 だがそれも繰り返せば終わりがやって来る。


 ダンジョンの最深部。

 そこに何があるか、何者が待ち受けているのか、それを知らず冒険者は訪れるのだ。

 ダンジョンと言う……人を寄せ付ける罠とも知らずに。




「何か混んでますね」

「そうなのよ」


 いつものテーブル席では無く、予約済みの札を置かれたカウンター席に座り、アオイはゆっくりと店内を見渡していた。


 朝夕の混雑は理解出来るが、今はその時間を外れている。

 普段なら閑散としている時間のはずなのに……今日はまだ人が多く居た。


「何かあったんですか?」

「ある冒険者のパーティーがダンジョンの最深部まで到達したそうよ」

「へ~」

「興味無さそうね」

「無いですね」


 あっさりとした口調でバッサリと斬り捨て、アオイはパンとサラダを頬張る。

 欲を感じさせない話し相手に商人たるエスーナは、つい笑顔を向けてしまう。


 相手がとんでもない強欲な人間だと知っているからだ。

 自分の物と定めれば……彼は命を投げ出すことになっても大切にし守ろうとする。


「ねえアオイ?」

「はい?」

「おねーさんはいつ相手して貰えるのかしら?」

「望むんでしたら今からでも?」

「ア~オ~イ~!」


 背後から掛けられる恐ろしいまでに怒気をはらんだ言葉に、彼は迷うことなくスルーした。


「何なら今から俺の部屋に行きます?」

「折角の誘いだけど……おねーさんは今から客室の掃除なの」

「だったら最後に俺の部屋で掃除しましょうよ」

「……掃除して汚すのはわたしの趣旨に反するわ」

「俺は綺麗なのを汚すのが好きなんですけど」

「ア~オ~イ~!」


 再度の声に、食べ終えて駄弁っていた客たちがすごすごと帰り出す。

 一組、二組と……客が立ち去り空いたテーブルをウェイトレスが掃除して行く。

 最近は冒険に出るより店に居る時間の方が多いキッシュだ。


 ただ腕が鈍ると大変だからと夜限定で見せている曲芸のトレーニングとかに多く時間を割いている。

 その時間で冒険に行けば良いのに……と目撃する皆が思っているが。


「それで今日のアオイは、のんびりさんなの?」

「俺はあくせく働かない主義なんで」

「後ろの子が親でも殺しそうな目で睨んでるわよ?」

「素材集めすれば生活に困らないですしね。命がけの狩りとか馬鹿のすることでしょう?」

「世の冒険者たちを敵に回し掛けない言葉よね」


 少々呆れながら、商人はお昼の営業を終わることにした。

 掃除やら夜の支度やらやることは多くて本当に大変なのだ。

 それを知っているアオイはさっさと切り上げることにする。


 椅子から立ち上がって……ようやく背後に居る人物に目を向けた。


「……本当に落ちたな」

「しんみりと言わないで下さい! ポンポン肩を叩かないで下さい! って何スカートを捲ろうとしてるんですか!」

「短いスカートとは捲られるためにあるんだぞ?」

「嫌です!」


 全力で拒絶して、サラは今にも泣きそうな目でアオイを睨んだ。


「おいおい。善意で利息を取らずにいる優しい俺に向ける目じゃ無いよな? 利息とろうか? どこかの商人ばりに」

「あら私は良心的よ? 10日で1割だもの」

「俺の世界だと、それって悪徳呼ばわりされるんですよね」


 場所が変われば悪徳も良心的になるから不思議だ。

 だが万年金欠の貧乏人は自分の立場を思い出したようだ。


「もうご主人様。わたしで良かったらいくらでも捲ってください」

「そう開き直られると捲る気が失せるのは何故だろうか?」

「……どうしたら良いんですか! 正解を教えてください!」


 滂沱の如く涙を流して吠えるサラの格好は……アオイ発注のメイド服だ。

 胸元は大きく広げ気味で、スカートは短い。

 その格好でエスーナの食堂でウエイトレスとして貸し出されているのだ。


 最近彼女のアオイに対する借金の額が、本格的に笑えない領域に達している。

 その総額は、娼館に売りに行っても補えないほどの物だ。


 本当に売られそうにでもなれば逃げるしかない状況だが、意外と律儀なサラにその選択肢は無い。そして借金をネタに相手をイジメてもアオイには売る気など微塵も無い。

 それを知らないサラだけが毎日せっせと働いている訳だが。


「ほら馬鹿、さっさと着替えて来い」

「……どの服ですか? あのスケスケなのとか絶対に無理ですからね!」

「何々? エッチな服を着てアオイを興奮させれば良いの?」

「掃除に行け商人。そしてそこの馬鹿はそんなの着て何をする気だ?」

「何って……そんな恥ずかしいこと……」


 顔を真っ赤にさせてモジモジと恥ずかしがる相手にデコピンを一発入れてアオイはため息を吐いた。


「少しは借金の返済の為に働け。討伐依頼をするから準備しろ」

「あっはい。そっちですよね。まだ明るいですしね」

「必要になれば、明るくても着せるけどな」

「この鬼畜が~!」


 泣きながら彼女は部屋へと走って行った。

 アオイは薄く笑うと……とりあえず今日の依頼を吟味し出した。




(C) 甲斐八雲

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