no,4

「おねーさんとしては、本当はアオイを抱きしめて眠りたかったな」

「良し。そこを退け馬鹿よ」

「嫌です。アオイは少し神官として真面目に生きることを思い出した方が良いんです」

「馬鹿だな。俺は真面目だぞ?」

「どこがですか!」

「自分の欲望に対して超真面目」

「う~わ~! 否定を出来ないわたしが居ます!」

「失礼な奴だな? 頭に来たからお前の髪を勝手に三つ編みにしてやる」

「何するんですか! もうさっさと寝てください!」

「あらあら。本当に二人は仲良しさんね」


 三人は一つのベッドに横になっていた。エスーナ、サラ、アオイの並びでだ。

 真ん中に挟まれる格好のサラは左右からの言葉に翻弄されながら終始イジメられていた。

 まあエスーナもアオイもサラをからかう事には手を抜かないから仕方ないが。


「アオイ。何か本当に髪の毛で遊んでませんか?」

「いや……こう長いと結び甲斐があってつい楽しくなって来た」

「や~め~て~。大切にしてるんですから! 毎日手入れしてるんですから!」

「若いって良いわよね。おねーさんはもう髪の手入れとか最近忘れてたわ」

「ちょっと! なぜ愚痴を言いながら胸を揉むんですか!」

「これが若さよね。張りがあってプルンとして良い形よね」

「もう! 二人してわたしで遊ばないでください!」

「玩具は黙って遊ばれてろ」

「断言が来ましたよ~!」




 遊び疲れ燃え尽きたサラはベッドの上で憔悴しきった様子で寝ていた。

 アオイとエスーナはベッドの端に並んで座って居た。


「本当にこの子ってからかい甲斐のある子ね」

「だからって俺の玩具を燃え尽きるまで遊ばないで下さい」

「あら? 意外と独占欲が強いのね?」

「俺は自分の物は大切にする人間ですよ」

「あらあら……なら私のことを大切にしてくれるのはその独占欲からかしら?」


 しな垂れかかって来たエスーナを抱き止めてアオイは軽く相手を抱きしめた。

 まさかの行動に仕掛けた方の彼女が驚いたようにビクッと震えた。


「意外と臆病なんですね」

「……君のその神経の太いのが羨ましく思える時があるわ」

「臆さない性格を評価されてますんで」

「そうね。なら私はとても臆病よ。お金を稼ぐことに夢中になって……でも死なないようにするので必死で、抱かれていても一人で眠っていても気の休まる時なんて無かった」

「今もですか?」

「ええ。少し寝ては起きてを繰り返しているの。何か小さな音が聞こえるだけで不安になってベッドの中で震える。怖くなり過ぎるとベッドの下に隠れて寝る時もあるわ」

「病んでるんですね」

「はっきり言うのね。でもそうね。私は病んでるわ。心の奥底を……ね」


 クスクスと笑っているその表情から相手の心の闇の奥深い部分など感じられない。

 表にその闇を見せない努力を繰り返し続けて来た結果なのだろう。

 そっと抱きしめる力を強めると……エスーナは体を預けるように力を抜いた。


「エスーナさんは裏切られた経験ってどれぐらいありますか?」

「数えきれないくらいかしら。大なり小なりそれこそいっぱいあるわ」

「人を恨んで殺したいと思ったことは?」

「両手の指から溢れた時点で数えなくなった」

「……逆に人を許した経験は?」

「……一度も無いわ」

「俺と同じですね」

「そう。アオイも裏切られて人を憎んだのね」

「はい」


 顔をこちらに向けて来る相手にアオイは素直に返事を返した。


「人を裏切るのは簡単よ。騙すのもね。でもそれを受けた方は深い深い傷を負う。心に、そして体に負う時もあるわ」

「俺が馬鹿だったんだと今にして思う時もあるんです。でも受けた傷は決して拭えない。相手が生きていると思うだけで恐怖すら感じる時がある。どれほど『死んでくれ。消えてくれ』と願ったことか」

「ええ。そんな暗い感情を心の中で飼いならすうちに、その気持ちが自分に向くんでしょ? 『死にたい。消えたい』と外に向けていた言葉が内に向いて響き渡る」

「エスーナさんも?」

「私は二回かな。でも非力で……こんな傷跡を残しただけよ」


 突き出された左腕の手首には横に走る傷跡が二本あった。

 それ以外にもたくさんの傷があるが、なぜかその二本だけは浮かび上がる様にはっきりと理解出来た。


「痛い思いをして死ね無くて……そんな日々を抜け出したいと必死に足掻いて、また自分を絶望のどん底に突き落としていた。でも運良く私は幾ばくかのお金を手に入れることが出来た。それで自分を買い戻した」

「俺は絶望のどん底で血反吐を吐く思いで恐怖に震えて……何もかも嫌になって悪さをして、結果それで自分の首をより一層締め上げて生きているのが嫌になったんです」

「分かるわ。凄く良く分かる。私だって自分を買い戻した時はようやく自由だと喜んだもの。でも稼ぐ方法が無くて結局また体を売った。ボロボロになるまで売り続けた」


 フルフルと全身を震わせて彼女はアオイの胸にその顔を押し付けた。

 胸元が濡れて行く感触に気づいて……彼は何も言わず相手をより強く抱き締めた。


「俺は結局逃げたんです。何もかもが嫌になって……全ての問題を抱えることが正しいと思い込んで、誰にも打ち明けず相談もせず。結果として袋小路に迷い込んで自滅したんです」




(C) 甲斐八雲

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