no,3
「ほらサラちゃん。そんな力んだ寝た振りなんかやめて起きて頂戴」
「……」
「もう。少しやり過ぎたかしら?」
「構って貰えないから拗ねてるだけでしょ?」
「ならご主人様。この拗ねた下僕を聞き分けの良い子にして頂戴」
「全く。クサヤ」
「ひぃっ!」
文字通り飛び起きてベッドの上を転がり床へと落ちた。
いい加減クサヤに対して罪悪感を覚えるアオイだ。
なら究極の禁じ手、あの缶詰の名を発したら……この魚類はどんな反応を示すのだろうか?
沸々とアオイの中で悪戯心が芽吹いてしまった。
ベッドの端に手を乗せこちらを窺うサラに対して、ベッドの上に座ったエスーナが手を差し伸べる。
「もう。二人が私のことを思ってくれていることぐらい気づいてるわよ。だからそろそろ別行動に出そうな相手に対して先手を打っただけよ」
「先手ですか?」
手を借りてベッドの上に戻ったサラは、そっと相手の腕に捕まり抱きしめられた。
「その前にありがとうね。サラちゃん。私のことを慮ってくれて」
「あっいえ。色々とお世話になってますから」
「それだけ?」
「……それにエスーナさんから笑顔が無くなったら、このお店に来る冒険者さん達も暗くなっちゃいますから」
「ありがとうね」
ギュッと抱きしめて……ふとエスーナは相手の体を引き剥がす。
確かめる様に彼女の胸を触り、確認する様に自分の胸を触る。
「アオイ」
「はい?」
「私の方が大きいわ」
「……良く解らないけど、ありがとうございます!」
「何に対する感謝ですか!」
掴んだ枕を深々と頭を下げている彼に投げつけ、サラは自分の胸を護るように抱きしめた。
クスクスと笑うエスーナは、警戒心剥き出しの相手にもう一度手を伸ばして抱き寄せる。
「アオイは自分の信念を曲げてまで協力してくれてるから……少しぐらいは役得が無いと悪いでしょ?」
「だからってわたしを物差しに使わないで下さい!」
「あらあら。なら私のを物差しに使う? こんなおねーさんに優しくしてくれているアオイの為なら、喜んで胸の一つや二つ差し出すわよ?」
「ゴチになります」
「あ~! も~! 演技だって言ったじゃないですか! やっぱりアオイはエスーナさんの体が目当てだったんですね!」
「人聞きの悪い。俺はおっぱいを弄べる機会があるのなら迷わないだけだ」
「迷って下さい! 潔い振りして自分の欲望を口にしてるんですか!」
「自分に正直なだけだ。おっぱいがあれば揉みたい。それは男の心理だ」
「そんな心理なんて村外れの小川にでも捨てて流して下さい!」
じゃれ合うように口喧嘩をしている二人を見て……エスーナはポロポロと涙をこぼしながら笑っていた。
本当にこの二人は仲が良い。自分が入り込む余地など無いほどにだ。
それでも自分は商人だ。
受けた恩に報いるくらいの精神は持ち合わせている。
「ねえアオイ?」
「はい」
「今回のことは……あの夜のあの話を聞いて私に何か起こると思っての行動で良いのかしら?」
「はい」
エスーナの腕から抜け出し殴りかかって来た少女を蹴倒し踏みつけている彼が、迷い無く素直に答える。
分かっていたことだが素直に答えられてしまうと、エスーナとしても言葉に詰まってしまう。
嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちに、感情がどうもうまく繋げない。
コホンと小さく咳をして一呼吸を入れる。
「なら私が今夜この部屋に来た理由は、さっきの囁きで理解済み?」
「はい。たぶん小銭を掴まされた冒険者風の数人が押し入って来るのを警戒しての行動ですよね」
「凄いなアオイは。もしかして本当に元犯罪者で、そう言った経験に富んでいるのかしら?」
「犯罪者では無いですよ。ただ少し悪さをしたことはあります」
「あらあら。優しい顔してやんちゃな面もあるのね」
グリグリと馬鹿の背中を踏みつつ……アオイは食堂の隅でチビチビと酒を飲んでいた冒険者たちが、たぶん小銭を掴まされて雇われた者たちだと推理していた。
「店の売り上げは?」
「基本私の"袋"の中よ。露骨に現金を腰にぶら下げて生活するような人は居ないでしょ?」
「ええ。流石にここの馬鹿ですら現金はしまいますからね」
彼は答えながら足を退けてサラを解放する。
一目散に逃げだした彼女は、ベッドの上に居る商人に抱き付き庇護を求めた。
「アオイがグリグリって踏むんです」
「大丈夫よ。彼の行動には愛情が満ちてるから」
「愛情に満ちた踏みつけって何ですか!」
「愛情に満ちてない踏みつけね……靴を履いたまま素肌に対してグリグリじゃ無くてガリガリとやるのよ。あれは傷跡が残るから本当に辛いの。見てみる?」
「……遠慮します」
とりあえず相手が想像以上に凄い経験をしていることを再確認し、サラは彼女の太ももに顔を預けてベッドの上で横になった。
クスクスと笑いながらエスーナは、自分を枕にしている少女の髪を撫でてやる。
「とりあえずこの部屋に居る限り、押し入って銭を奪うことは出来ないって訳ね?」
「出来なくは無いでしょうが、相手はまず俺を警戒するでしょうね。この村に居付いているパーティーも組まずに活動している風変わりな神官として結構有名らしいんで」
「神官ってだけでも目立つのに、アオイの場合はそれも一人だから目立ち過ぎるのよ。それに常にこんな可愛い女の子まで連れて歩いてるしね」
「俺からすればそれが一番の足かせでしかないんですが」
「もう。可愛がってるくせに」
「……えっ? アオイは毎日わたしをイジメて来ますよ? 絶対に可愛がってません!」
必死の形相で訴えて来る少女にエスーナはクスクスと笑って何も教えなかった。
彼女も、余りにも恵まれているサラに……少しぐらいやきもちを焼くことだってあるのだ。
(C) 甲斐八雲
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