no,2

「んふ。はいあ~んして」

「……」

「んふふ。アオイって本当に可愛いわね。もう食べちゃいたい。でもごめんね。おねーさんはお店があるからこれぐらいのことしかしてあげられないの」


 満面な笑みで彼の隣に座るエスーナはその体をすり寄せて甘えている。

 甘えられているアオイとしては悪い気はしない。


 でも昨日と打って変わってこの対応はどうしたのだろうか?

 彼の疑問に気づいたかのように彼女はその頭を相手の肩に預ける。


「こんなおねーさんにあんな大金を積んでくれるアオイだもの……本当なら好き勝手にしても良いくらいなのよ? でも本当にごめんなさいね。これくらいしか出来なくて」


 あたかも大金を持つアオイに対して媚びている様にも見える。


「ほらあ~んして」

「……」


 スプーンで料理を食べさせて貰えるのは悪い気はしない。

 病人でも無いのに……病気で寝ていてもここまでして貰った記憶など無い。


 相手の動きにつられアオイは恥ずかしさを誤魔化しつつ口を開いては食べさせて貰った。

 と、反対側に座って居るサラが親でも殺しそうな目を向けていた。


 今日はカウンターでは無くテーブル席だ。

 こちらにはアオイとエスーナが。反対側にはサラが座って居る。


 店の方はキッシュが回している。

 食事の方は本日のメニューがパンとスープなので作り置きだ。

 よってカウンターの中から解放された店主は、上客の隣で接待に勤しんでいるのだ。


 それを目の当たりにさせられるサラとしては良く解らないが面白くない。

 沸々と腹の底から熱い物が込み上がって来てイライラが止まらないのだ。


 面白くない。本当に面白くない。


 アオイの奢り……今回のことが落ち着くまで退治依頼の手伝いが出来ないお詫びと言うことで、食べさせて貰っているスープをガツガツと口の中に流し込み早く終われと念じる。


 分かっている。彼に協力すると約束したのは自分だ。

 エスーナの身に掛かるであろう火の粉を払うのが最優先なのだ。


 アオイは言う。『エスーナに話していた男はたぶん強請ろうとしていたから、これからろくなことをしないはずだ』と。

 何故か手に取る様にその手法を説明して来る相手に飲まれたサラは、良く解らないままキッシュに土下座からの腰にしがみ付きの連続攻撃で約束を取り付けた。


 ただお願いする時に色々と説明し過ぎた気もするが……相手は昔馴染みの親友だ。

 こっちの気持ちを察して上手いこと立ち回ってくれると心の奥底から信じている。


 結果サラの仕事は終わっていた。

 残りはアオイが交渉する様子を見つめているだけだった。

 それなのにだ!


『あ~! も~!』


 パンを口に収めてスープで流し込む。

 普段ならはしたないからやらないが今日は解禁だ。

『早く食堂の営業が終われ!』と念じて、だらしなく鼻の下を伸ばしている相手を睨む。


 たかが胸を押し付けられたぐらいであんなにも嬉しそうにしているのが腹立たしい。

 自分の胸だって……ちょっと、少しぐらい相手より小さいかもしれないが負けないぐらいの大きさだ。

 押し付けられて悦ぶのなら自分が変わっていくらでも押し付けてあげるのに。望むなら揉んだって良いのに。


 プリプリと怒り続けるサラは気付いていない。

 自分の中に存在するアオイの気持ちにだ。


 冒険者たちが一人また一人と食堂を出て行く。

 何人かが残り隅でチビチビお酒を飲んでいるが、それが帰れば今日の営業は終わりのはずだ。

 ならもう部屋に帰って湯船で寝ようとサラは席を立とうとした。


「ねえアオイ」

「はい?」

「ん~。ほら抱かれたりするのは明日に響いちゃうからダメだけど……おねーさんが添い寝してあげるとかどうかな?」

「……はい?」


 食堂に残っていた冒険者たちの視線が一気に集まった。

 だがそれを気にもせずにエスーナは言葉を続ける。


「私だって一人で眠るのが寂しい時があるの。あんなに熱心に誘ってくれたアオイにせめてものお礼がしたくてね……ダメ?」

「いやちょっと」


 流石のアオイもしどろもどろだ。

『バッサリと断ってください。胸が揉みたいならわたしのを揉んで良いですから』と念を込めたサラの視線にも気づかず、どうしようかと思案する彼の耳元にエスーナが口を寄せた。


「……分かりました。でもムラっとしたら分かりませんよ?」

「んふふ。それは同じよ? 私がムラっとしたら一番危ないのはアオイなんだから」


 クスクスと笑い軽い足取りで店じまいの準備を始めた彼女に、やれやれと肩を竦めてアオイは待つことにする。

 プルプルと全身を震わせてサラは自室へと駆けて向かった。




「あら ?普段は二人一緒に寝てたのね。ならエッチなことは経験済み?」

「俺は馬鹿に手を出すほど飢えてませんから」


 自室へと戻って来たアオイと彼の腕に抱き付いて一緒に来たエスーナは、ベッドの上を見るなり呆れてため息とクスクス笑う声が同時に発せられた。

 先に戻っていたサラがベッドの真ん中で横になって寝ているのだ。


 全力で閉じている瞼がブルブルと震えている様子から寝ていないのは分かる。

 ただ強い意志で二人の眠りの邪魔をしたいという態度が伺えた。




(C) 甲斐八雲

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