no,5

「うんうん。良いよ。君のその臆さない精神力は美徳だね」

「お前みたいな毛も生えて無いガキにぞんざいに相手されればな」

「あはは。中々痛烈だ。さて……君に一つ質問をしよう」


 ピンと口の前で人差し指を立てて少女は嗤う。


「自殺の名所で知られている公団住宅の最上階から飛び降りた君がどうして今ここに居るのか?」

「……」

「これは死ぬ間際に見る走馬灯の一種とかでは無いよ。君は無事に地面に激突して肢体も臓物もバラバラにぶち撒けて亡くなっている。見事な即死だった。掃除する者に優しくない行為だね」

「……」


 何も答えない彼に対して少女は嗤う。


「そう君は確かに死んだんだ。つまらない人間を助けて、その結果周りから追い詰められて行き場を無くした君は悪さをして……八方ふさがりとなって耐えられなくなって衝動的に飛び降りた」

「止めろ」

「本当に馬鹿だね。君は"彼女"の言葉を信じていたのかい? 『好き』『貴方しか居ない』『助けて』などなど……本当に本心だと思い信じていたのかい?」

「止めろ」


 自然と足が動いていた。

 一歩踏み出したはずなのに……相手との距離は変わらない。


「彼女のSNSをちゃんと見ていただろうに? その内容から矛盾点なんてたくさん拾えた。彼女はこう言っていたはずだ『彼から告白されて、渋々付き合うようになった』と。でもSNSでは? 『バレンタインにハート型のチョコで彼のハートをついに射止めました。本当に嬉しい』って」

「止めてくれ」

「君は彼女を助けたかった。でも結果としてどうなった? 彼女はそんな君に何をした? 二人だけの秘密を全て晒されたのは君だけだ。君は律儀に何も言わなかったからね」

「もう止めてくれ」


 涙で視界がにじむ。

 それなのに相手の姿ははっきりと見える。

 クスクスと残忍に嗤う姿が。


「彼女は病気だった。元々ね。君には何て言ってたかな……人格障害? 多重人格? 違うよ。彼女が患っていたのはミュンヒハウゼン症候群。他人からの関心や愛情を得たいという心が、嘘や虚言をついてしまう虚偽性障害だよ。そんな彼女の言葉に君は躍らせれた」

「……」

「彼女は騒ぎが大きくなれば、そして自分に関心が向けば良かった。真剣に真面目に向き合う君など彼女からすれば最初は良くても後からは面倒臭い存在だ。だから斬り捨てられてあんなにも酷いことが出来る」


 クスクスと少女はまだ嗤う。


「SNSとは恐ろしい道具だね。人間は便利さを求めて自分たちに"毒"を撒く。便利だからと踊らされて身の破滅に向かい転げ落ちる。そろそろ滅ぼしても良い存在なのかもしれないな」

「好きにしろ。死んだ俺には関係ない」

「そうだね。君を育ててくれた叔母さん夫婦も死ぬんだろうね。敬虔なクリスチャンか……本当に人間は愚かな生き物だよ。どうして神などと言う偶像を作り出して支配されることを望むのだ?」

「……お前は神だろう?」

「その通り。でも君の叔母さんなどは私に向かい祈りを捧げている訳では無い。勝手に作った偶像に祈り、勝手に作った教えを守り、勝手に作ったルールに縛られ、勝手に作った世界で生きている。人間以外の動物たちは自由に生きているのに……一番知恵のある人間は縛られて生きる。何とも愚かしい生き方だ」


 お前が言うなと告げたかった。

 だが相手の言葉が正しいことぐらい"葵"にも解る。

 神など誰も見たことが無い。どれも全て偶像の産物でしかないのだから。


「俺に何の用だ?」

「ふむ。気まぐれだよ。『神は気まぐれで奇蹟を起こす』これぐらい君も知っていよう?」

「ああ」

「だから気まぐれさ。キリストでも無い。仏でも八百万の神でも無い。ただそれ以外の存在に気づき、恨み呪い続けた君に興味を覚えた。幸運にも君は自死してその肉体を失った」

「……」

「ならばご招待と言う訳だ。死んだ君の存在など誰も気になどしない。私が自らこの場所に呼び出し、もう一つの"世界"へ案内してやろうと思ったのさ」

「もう一つの世界?」


 パチッと指を鳴らすと少女の周りに不思議な絵が浮かび上がった。


「人間は神をも作る空想力を備えている。結果として本当に存在する異なる世界……"異世界"の存在まで言い当ておった。これが異世界。名前は無い」

「どこの猫だ?」

「仕方あるまい。名前など必要とする者が付ける物だ。作った私が必要と思う訳が無い」


 パッと見地球型の惑星に見えるその絵に……葵の視線は釘付けだった。

 興味が無いと言えば嘘になる。死ぬ前などは心の奥底から渇望した物だ。

『自分のことを誰も知らない場所へ行きたい』と。


「君をこの世界に送り込む」

「なぜ?」

「ん? 簡単なことさ。君が元居た世界は勝手に作った"神"ではあるが信者たちが祈りを捧げている。だがこっちの世界は……神官が居ても誰も神を崇めたりしない」

「何か問題でも?」

「ああ大問題だ」


 絵を消して少女は葵に近づく。

 手の届く距離まで来た相手は……その顔に可愛らしい笑みを浮かべた。


「下僕たちが私に対して祈りを捧げるのは当然のことだろう? その義務を放棄しているこの世界に、どんな状況でも臆することの無い君が行って神に対する祈りを捧げるように広く布教するのだ」


 聞き終えた葵は……迷うことなく相手の額にデコピンを食らわせた。




(C) 甲斐八雲

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