no,2
エスーナの店が繁盛し始めた。
口調の厳しさとスタイルに難はあるが、美人のウェイトレスは男性冒険者を呼び寄せる。
何より発見された遺跡の最深部で隠し階段が見つかったのだ。
未発掘の地下ダンジョン。その事実が広まるや冒険者たちがこぞって集まって来た。
食堂も大繁盛し、そして客室もボチボチ埋まり始めた。
結果として部屋が足らない日なども起きる様になり……そこで店主は考えたのだ。
『あの二人なら一緒の部屋で問題無いはず』
だから宿泊代金を倍にした。そうすればサラは絶対にアオイに泣き付く。
そこで相部屋を提案すれば良い。
今までの金額で部屋で過ごせるのだから。ただもう一人居るだけのことだ。
問題など何一つないはずだった。
「嫌です!」
「はい?」
だが予想が覆った。
全力で反対するサラにエスーナは面食らった。
「アオイと同じ部屋なんてきっと色々と悪さされます!」
「人聞きの悪い」
「どの面下げてそんなことを言うんですか!」
「失礼だな。お前にしたことをここで大きな声で言ってみろ?」
「はい。アオイはわたしの胸をこれでもかと揉みました!」
「ちゃんと代金は払ったぞ?」
「……全裸のわたしを抱きしめて眠りました!」
「あれはお前が抱き付いて眠ってたんだぞ? 人の寝込みを襲いやがって」
「…………わたしが湯船を使ってたら覗いたじゃないですか~!」
「『覗くな。絶対に覗くな』と念押しが凄かったから、てっきり覗いて欲しかったのかと」
「覗いて欲しいならちゃんと言いますから!」
「いやお前って頭の悪い馬鹿だからさ」
「どこがですか! わたしのどこが頭が悪いんですか!」
「自分の恥ずかしい出来事をこんな場所で大声で発表しちゃうところとか?」
興奮するあまり椅子を蹴って立ち上がったサラが、ピタッと動きを止めた。
ゆっくりと食堂内に視線を巡らして……自分に対する好奇の視線に気づいて一気に顔を青くした。
男性冒険者たちの視線が彼女の顔、胸、尻、足に向けられている。
飢えた肉食獣の前に生肉でも投げ込まれたかのような不穏な視線だ。
「で、金が無いなら頑張って野宿しろよ」
「………………アオイ様。どうか一緒の部屋に泊まらせてください」
全ての矜持を捨ててサラは土下座した。
こんな状態で野宿など危険すぎる。
「はぁ? 嫌だよ。俺が何かしたって文句言うんだろ?」
「いえアオイ様は何もしません。だからどうかお願いします」
「あれか? 『覗くな。覗くな』の仕返しするんだろ? 『しない。しない』と印象付けて一緒の部屋になったら『アオイに色々とされた~』とか言うんだろ?」
「決して言いません。むしろ触るぐらいなら我慢しますから……アオイ~! 意地悪しないで助けてくださいよ~!」
「お前本当に……良くそれで一人で生きて行こうとか思ったな」
呆れ果てて言葉が見つからない。
前保護者に視線を向けたら彼女は、サラに対してやらしい視線を向けている冒険者の顔を一人一人確認していた。
彼女の職業は曲芸師であって暗殺者の類では無かったはずだ。
「お願いしますよ~」
「分かった。分かったから……その位置で腰にしがみ付きながらそんな言葉を言うな。違うお願いにしか思えんわ」
「本当ですね? 約束ですからね?」
「あ~はいはい」
「良かった」
パッとその顔に笑顔の花を咲かして、サラは自分が使っている部屋に荷物を取りに行った。
整理してアオイの部屋へと運び込むのだろう。
そんな相手の背中を見送り、深いため息を吐くアオイにエスーナが背後から抱き付いた。
「流石ね。嫌がるあの子の説得とかもう神業ね」
「頭が悪いから簡単だよ」
「そうなんだ。でも『人と係わりたくない』って言ってたのに悪いことをしたわね」
「……唯一の問題はその部分だけだよ」
「あら? あの子には心を許していると思ったのだけど?」
「……さあ」
面倒臭そうに答える彼にエスーナはクスクス笑うと、改めて彼の頬にキスをして離れて行った。
良い様に手玉に取られている事実を痛感して、彼はもう一度ため息を吐いた。
「ここからはわたしの部屋ですからね!」
「構わんが……良いのか?」
「良いです。幸せです。もっと早くに気づくべきでした」
湯船が置かれている部分を占拠したサラが、キラキラと目を輝かせて浮かれている。
お湯は有料でそれなりの値段になるから一度として使っていないが、水なら井戸から汲んで来れば自由に使い放題だ。
水温は冷たくとも苦にならないサラからすれば水風呂でも至高の存在だ。
今にでも飛び込みそうな彼女は、ソワソワしたまま視線をアオイに向けている。
「頑張って水を運んで来い」
「お願いしますアオイ~。一回だけ! 一回だけで良いですから!」
「……最近のお前は馬鹿に拍車がかかって言葉がヤバいぞ?」
「お願いです! 一回だけ!」
「人の話を聞けよ馬鹿」
結局押し切られる形で、アオイは木桶を持って彼女と共に部屋を出た。
井戸は宿屋の建物の裏手に存在している。
食堂内は営業時間が過ぎているせいか誰も居なかった。
時間も時間だ。日が沈み切ってから水汲みをすること自体が変なのだ。
心底呆れつつ建物の裏手に来たアオイは、それに気づいて馬鹿の動きと口を封じた。
「む~!」
「黙ってろ」
「む~?」
てっきり違うことを想像してしまったサラは恥ずかしさから顔を赤くした。
そんなことには気づかずアオイは物陰からそれを見つめた。
エスーナが誰かと話している様子だった。
(C) 甲斐八雲
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