五章 『神を恨む神官』
no,1
「こちらが今日の夜食になる」
「どうも。魚にパンって組み合わせがどうも慣れないんだよな」
「……なら食うな。魚を私の前で」
「睨むな客を」
「で、こちらがクズ材料で作ったクズ夜食になる」
「……」
「そこの保護者。今度からもう少し端に座れ。食堂のこんな場所でこんな物を置かれたら邪魔だ」
「勝手にやってるんだがな」
「……」
「おいそこの冷凍マグロ。邪魔だってさ」
ピーンっと頭から足先まで伸ばし、うつ伏せで床に寝ているサラがプルプルと震えていた。
ウェイトレスの仕事をしているキッシュがやれやれと肩を竦めて次の仕事へと向かう。
「……」
「で、どうしたいんだ?」
「お願いします。カッビィー退治ではもうどうにもなりません。その上の討伐依頼をしないと」
「カッビィーの上ね。確かゼリリンだっけ?」
「そうです」
「あれ見ると煮こごりを思い出して食べたくなるんだよな」
人魚二人が全身を激しく痙攣させた。
アオイとしてはお肉を使った物の方を指して言った言葉であったが……悪いことをしたかもしれない。
「行きたいというなら一緒に行ってやるか」
「本当ですか!」
「誰が頭を上げても良いと言った?」
ガバッと上がった頭が、叩きつけるように床に戻った。
やれやれと言った様子でアオイも肩を竦める。
どうやらこの馬鹿の相手をする者は、この癖が身についていくようだ。
今日も朝から日が沈むまで素材集めをして来たアオイだが、戻って来た食堂の入り口で土下座して待ち構えていた馬鹿を踏みつけてから会話が始まった。
『お願いがあります』『お願い? なら頭の位置が高くないか?』『これ以上低くですか!』
結果としてサラは床に身を伏してお願いするスタイルを取らざるを得なかった。
「まあ借金の額がこれだとな。そろそろ本格的に体でも売って来ないとダメな状況だろう?」
「あらあら? その子売るの? 見た目は良いんだけど……頭の方があれだから安いわよ?」
「湧くな商人」
すごすごとカウンターの中へとエスーナは戻って行った。
ただ他の人間とアオイの言葉では意味が違う。
普通体を売れと言われれば性的な物を想像するのだが、別の意味を知る二人……二匹は青い顔を彼に向けた。
「"どっち"が良い?」
「……最初から選択肢がありません! 嫌です! そっちは嫌です!」
ジタバタと暴れる馬鹿を見つめて今日のイジメ収めとする。
『煩い。飯が冷えるからさっさと起きて食え』と言って相手を席に着かせる。
所持金の都合、食材の端っこの部分のみで作られた料理を嬉しそうに食べ出すサラ。
そんな親友の様子を生暖かく見守るのは、エスーナに誘われてウェイトレス兼曲芸師兼冒険者のキッシュだ。
体調が戻るまでの手伝いのはずだったが、『朝と晩だけ手伝ってくれるなら後は自由にしてて良いから』と頼まれて彼女は食堂で働き続けている。
曲芸師の腕前もあるので、夜など芸を見せてチップを得ている姿を良く見る。
どこぞの馬鹿などは『一緒に冒険して稼ぎましょう!』と誘ってはいるが、『もう貴女の面倒を見たくない』と言って断っている。
たまに一緒に活動するのは芸の時だ。柱に縛り付けたサラの頭上にある果物を鞭で叩き落としたり、ナイフを刺したりして大人気の見世物となっている。
昔からの信頼関係が確りと成立しているから行われている。安全面は度外視だが。
「サラフィー」
「はひ?」
「あとで芸を披露するから手伝って」
「…………はい」
助けを求めアオイに視線を向けたが、あっさり無視され退路を断たれた彼女は渋々承諾する。
僅かだが手伝いしたと言うことで手間賃が手に入るのだ。
日々の生活費と武器である弓矢の矢代、それ以外の消耗品や服や下着など陸上では生きているだけで消費してしまう。
何より憧れもあった陸上生活を満喫している部分の強いサラの私生活は出費が多い。
それでもアオイとキッシュがカバーし、小さな仕事を押し付けることでどうにか維持しているのだ。
「ねえアオイ?」
「はい」
ふと湧いて来たエスーナが食事を終えてのんびりしている彼の背後から抱き付きしなだれかかる。
その様子にサラの額に青筋がプクッと浮かんだが気づいているのはエスーナだけだ。
「お願いがあるんだけど……」
「ヒールですか?」
「今日は大丈夫みたい。申し出は無かったから」
職業が神官であるアオイは、たまにヒールを使い小銭を稼いでいる。
その姿を心底羨ましそうに見つめて来る馬鹿の視線が疎ましいが。
ウリウリと豊満な胸を押し付け商人が耳元で囁く。
「実は……宿泊代金の値上げをしたいの」
「部屋代ですか?」
「そうよ」
「いくらですか?」
「今の倍」
「良いですよ。いつから?」
「アオイは先払いで貰ってるから先払い分は今までの金額で、次から倍で良いかしら?」
「了解です。えっと……これを預けておくんで食事代込みでよろしく」
「アオイのその気前の良い所って本当に好きよ」
チュッと耳元でキスの音だけ発して、商人は次なる宿泊客に視線を向けた。
青い顔でガタガタと震えているサラがその視線に気づいてヒィっと声を上げた。
「サラちゃんも値上げね」
「……いつからですか?」
「貴女は日払いだから今日からかな?」
「キッシュ!」
「私の部屋は従業員用の一人部屋だ。何より貴女と同部屋はもう嫌だ」
「そんな~」
退路を断たれた彼女はテーブルに突っ伏した。
それを悪戯心に溢れる視線でエスーナが見つめる。
「ならアオイの部屋で一緒に住めば良いのよ。あの部屋は他の部屋より湯船分狭いけど……二人なら十分でしょう?」
(C) 甲斐八雲
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